第7話 キャラバン②
メナス達と出会ってから半年たった。
その間、毎週欠かさずメナスキャラバンへ会いに行っている。
今日もこれから三角岩に向かう所だ。
メナスの面々とも大分打ち解けてきたし、こちらの言葉もある程度話せるようになってきた。
予想に反して、言葉がわかるようになっても、メナス達にはあまり詮索されなかった。
一般的な礼儀としてそういうものなのか、それともメナス達にも、あまり詮索されたくないことがあるのかは分からない。
あれから何度も探索を続けてはいるが、未だにメナスのキャラバン以外に人の姿は見ていない。
多分だが、この辺境はよっぽどの事情が無ければ人が近寄るような場所ではないのだろう。
三角岩周辺では出会わないが、その周辺では大型の生物とたまに遭遇することもある。
そんな時、もしぴんくがいなければ、生き残るのは難しいだろう。
メナス達が命懸けで商売する理由は何だろうか?
彼女らにも特殊な事情があるのかもしれない。
ちなみにアジトとぴんくについては今でも秘密にしている。
俺はこの荒野でうろうろしながら暮らしており、大型生物に対抗しうる秘密の武器を隠し持っていることにしている。
一応嘘ではない。
流石に俺が何か隠し事をしていることは、とっくにバレていると思う。
であれば、秘密にしていることは秘密にしている、と先に伝えてしまった方が、まだ信用できるだろう。
メナス達は基本的にいい人だと思うし、なるべくならずっといい関係を築いていきたい。
言葉が全く喋れないところから、半年間に及ぶ付き合いで、俺は彼らのことが好きになった。
とはいえ、人は大きな利益を前にすると、簡単に人を裏切ることもある。
もちろん彼らはそう簡単には極端なことはしないとは思う。
それでも今はまだ、俺の生命線であるアジトとぴんくについては、秘密のままにしておきたい。
三角岩に向けて、いつも通り荒野をぽつぽつ歩いていると、ついに鞄の持ち手が壊れた。
今回は張り切って荷物をパンパンに詰めすぎたか。
あるいは、シカもどきの大きな角をくくりつけて持ってきたのがまずかったのかもしれない。
この角は非常に硬いのだが軽くて靭性がある。
軽いのでいけるかと思い、つい持ってきてしまった。
しかし鞄どうするかな…………。
とりあえずいったん休憩するか。
荒れた地面にキリムのような厚手の布を敷き、その上に座る。
メナスから買ったお気に入りのものだ。
水筒のコップにコーヒーを注ぐと、俺が口を付ける前に、ぴんくが這い出してきてコップを抱え込む。
「…………俺にもくれよ」
とりあえず、コーヒーはぴんくに譲り、鞄から木箱をだす。
実はこの木箱、桐のような素材でできており、意外と保温性がある。
鞄の底に入れておけば、荒野を一日中徘徊しても、中身はそれほど熱くならない。
その箱から不格好なチョコレートのかけらを取り出す。
ぴんくは目の色変えて、今度はそちらに飛びつく。
「…………そっちも先食うのかよ」
そう、俺はチョコレートを作ることに何とか成功したのだ。
鉄の鍋や器、調理器具等を手に入れてから、砂糖も作れるようになり。
そしてチョコレートも作れるようになった。
カカオペーストを作るのに1日かかったりと、とにかく手間はかかるが、それなり物は出来るようになった。
市販品と違い、カカオと砂糖だけなので、苦みがかなりきつい。
だが、香りや風味が素晴らしく豊かだ。
今まで食べてきたチョコレートとは別次元でフルーティーだ。
わずかな量を食べるだけで、なんだか疲れが取れたような気までする。
ちなみにチョコはぴんくの一番のお気に入りになった。
至福の表情でコーヒー飲みながらチョコをペロペロしている。
この謎生物は本当に呆れるくらいなんでも食べる。
しばらくコーヒーとチョコレートを楽しみつつ、鞄を何とかできないか考える。
麻ひもがあるので、何とか運ぶことはできるのだが、中々持ちやすい形にならない。
最終的に角を背負子のように麻ひもで背負い、その上に鞄を固定するようにした。
多少麻ひもが食い込むが、適当に布を挟んだりして調整する。
これは意外と悪くない。
それにしても、やっぱり一人じゃ積載量に限界を感じる。
今以上に商品も運びつつ宿泊用意もするのは厳しい。
肉も結構な量腐らせている。
今後を考えると、何か荷物をたくさん運ぶ方法を考えた方が良いだろうな。
メナス達が乗っているようなラクダって高いのかな。
相談してみるか。
三角岩では既にメナス達が野営の準備をしていた。
「メナス! こんにちは!」
「あらあらこんにちは。今日はまた大物を持ってきましたねぇ」
「ああ、かなり大きい生き物だったよ。立派な角だけど意外と軽いんだ。後でじっくり見てみてよ」
「それはそれは…………楽しみですね。ちょうど今、食事の準備をしているのですが、よろしければボナスさんもいかがかしら?」
「助かるよ。あまり量は無いけれど、今回も燻製肉を提供させてもらうよ」
「うちの隊員の中には、ボナスさんの持ってくる肉を密かな楽しみにしている人が多いんですよ…………もちろん、私もそのうちの一人です」
「そう言ってもらえると、持ってきたかいがあるよ」
メナス達とは言語でもコミュニケーションできるようになってきた。
まだ何となく雰囲気でしゃべっている部分もあるが、自然な会話ができるようになってきた。
いずれはきちんと敬語も使えるようになりたいところだ。
今日の調理担当はジェダのようだ。
燻製肉を持って行くと、大いに喜んでくれた。
「これじゃこれじゃ! これをまってたんじゃ!」
「久しぶり、ジェダ」
「おおボナス。げんきそうじゃね。………………ところで、この肉は一番初めに持ってきてくれた肉かね?」
ジェダは燻製肉の塊をうっとり見ながら、器用にナイフで肉をスライスし、鍋に投入していく。
「ああ、そうだよ。ずっと前に絵を描いて見せたろ? そいつだよ」
「そうか! これを食いたかったんじゃよー!」
「結構いい歳だろうに、よくそんな肉食うねぇ」
「誰だって肉は好きじゃろ? 生きる喜びじゃよ。………………しかしこの肉もっと手にはいらんもんかのぉ?」
鍋の灰汁を小まめにすくいながら、顔を湯気に近づけ香りを楽しんでいる。
髭は入れてくれるなよ爺さん。
「まぁ肉の安定供給は難しいね~。それなりに命懸けだし、狙って取れるもんでもないしね。ちなみにさ、こないだ取れたてのレバー食べてみたんだけど…………凄まじくうまかった」
「な、なんてことを教えるんじゃ…………想像するだけでたまらん。わしもうキャラバン抜けてボナスについていこうかな…………」
愉快な爺さんではあるが、養っていける自信が無いし、何より相手が爺さんじゃそのモチベーションがわかない。
「俺と一緒に暮らしていると死ぬ可能性がだいぶ高いからお勧めしないよ。……でも、もっと輸送力を上げる方法があれば、もうちょい何とかなりそうなんだけどな。実際俺一人だと肉を腐らせているんだ」
「なんともったいない………………」
ちょうど聞きたかった話になったな。
この話はメナスにしようと思っていたが、ジェダに教えてもらうのも悪くない。
「実は今輸送力に悩んでいて、ラクダでも買おうか考えていたところなんだ。いくらくらいするのかな?」
「ああー、ラクダか。今ならそうじゃのぉ…………60万レイくらいあれば買えるかとおもうぞ。」
「やっぱり結構高い…………いやそうでもないのかな。まぁ払えない額じゃないし、あと数回取引を続けてもらえれば、普通に買えるな」
ちなみにこちらの通貨単位はレイと言うらしい。
数字は10進法なので、特に難しくことはない。
表記がアラビア数字ではなく、ローマ数字スタイルなのは勘弁してほしいが。
「う~ん、しかしなぁ…………どうだろうか。正直ボナスにはラクダはあんまり進められんかなー」
鍋をかき混ぜつつ、悩まし気にそんなことを言い出した。
動きがちょっと妖怪っぽいんだよなこの爺さんは。
「それはどうして?」
「ラクダはキダナケモが近くにいると、逃げようとして興奮するんじゃ。いうこと聞かんようになる」
「うわぁ…………それは結構まずいなぁ。それじゃあ、なんともならんね」
俺の生活環境だと致命的にまずいな。
それによく考えると、ラクダをどうやってクレーターまで下ろしたらいいのかもわからんしなぁ。
我ながらなんも考えてない。
ちなみにキダナケモとは、この辺だけに現れる巨大な獣の総称らしい。
タミル帝国の言葉で、異界の獣という意味らしい。
「まあ……そのうちいい考えも思いつくじゃろ~」
鍋からうまそうな香りがしてきた。
ジェダがホクホク顔で適当なことを言う。
いそいそと鞄から何重にも布に包まれた壺を出してくきて、木蓋を開けて中を覗き込む。
ペースト状の調味料を木べらでほじくりだし、ぺいっと鍋に投入する。
すると途端に懐かしい香りが鍋から漂ってくる。
「味噌あるのかよ!」
思わず叫んでしまった。
「お前さん…………これ何か知っとるのかね?」
「うーん多分? 豆を発酵させたものじゃない?」
「ほう。帝国でもかなり珍しい地域の調味料なんじゃが……よく知っておるの」
「俺が知っているのとは少し違いそうだけどね。豆の種類や微妙な製法は違うんじゃないかな」
「そうか…………。まぁ何にしろ間違いなくうまいぞ!」
確かに久しぶりに感じるこの独特の香りはたまらない。
唾液が止まらなくなる。
香りにつられてか他の面子も集まってきた。
「ボナスひさしぶり~」
「こんにちは、エッダ。持ってきた燻製肉入れてもらったからうまいと思うよ」
「ああ、匂いでわかるよ。わたし、ボナスの持ってきてくれるお肉食べるの、毎回楽しみでさー」
「そいつはなによりだ。せっかくだから楽しんでくれよ」
エッダはメナスの娘だ。
ほかの面子と違って肌が白い。
メナス達とは違う国の血が混ざってそうだ。
整った顔立ちに紫の目、キャラメル色の髪に白い肌を持ち、ふわふわしたしゃべり方をする。
そのせいで、何処か現実味のない妖精っぽい雰囲気を感じる。
つかみどころがなく、正直何を考えているのかもあまりよくわからない。
だが、最初に出会ったときから色々話しかけてくれるので助かっている。
「こんな肉タダでくれるなんて、ボナスっていい奴だよね~」
「俺もそう思うよ」
「ほれ、しゃべっとらんで食え」
ジェダが器を押し付けてくる。
結構な量の肉と、ゴボウやニンジンぽい野菜が見える。
豚汁っぽい見た目で…………これはうまそうだ。
「ああー…………しみるなぁ」
結構豆感がしっかり残った味噌だな。
懐かしい味に涙が出そうになる。
これはぜひ欲しい。
「なぁジェダ。この調味料って売ってもらえないかな?」
「いいぞ! 次に来るとき、わしが個人的に用意しておいてやる」
「それはうれしい! いくら?」
「覚えとらんが安いと思うぞ。重いし売れんから運ばんだけじゃ。次回もってくる分については、別に金は要らんぞ。いつもうまい肉もらっとるからな。あまり大量には運べんが」
あまり普及していないのか……意外とこの手の味は人気ないのかな。
日本の味噌に比べると味は落ちるが、結構うまいと思う。
それとも別に競合する調味料でもあるのかな。
「まぁボナス持ってくる肉のほうが遥かに価値あるしね」
「エッダもほんと肉好きだよねぇ」
あまり表情が読めないエッダだが、肉を食べている時は年相応の顔をしていて、可愛げがある。
「ボナスが持ってくる肉はね。これやばすぎるんだよ。普段食べてるのと全然違うから。大体にしてキダナケモの肉なんて普通はまず手にはいんないしね」
「そんなに出回らないもんなんだ」
「少なくとも私はボナスに会うまで食べたことはなかったよ。骨や角、毛皮はたまに出回ってるけど、肉は見たことないなぁ」
「わしも初めてじゃな。貴族の食卓には極稀にだされたこともあるようじゃが…………」
もしかして、持ち込んでいるものの中で、燻製肉が一番価値あるんじゃないか……。
「ボナスさん。食事が終わったら今回の取引の相談をしたいので、天幕まで来てくださる?」
いつのまにかメナスも近くに来ていたようだ。
「わかったよ。もうすっかり食べ終わったから、今から行くよ」
「それでは一緒に行きましょうか」
メナスの後ろ姿を見ながらついていく。
結構な年なのに娘よりも色気あるな。
しょうもないことを考えつつ、一番大きい天幕にお邪魔する。
「さて、それではこれが今回の商品の買い取り額と、レイ硬貨になります」
「おおお…………今回はいつもより多いね。ありがとう」
レイ硬貨が入った袋はずっしり重い。
一応目録を渡してくれるので簡単に目を通す。
角にかなりいい値段をつけてくれたようだ。
「角、持ってきてよかったよ」
「ええ、こんなきれいな状態のまま手にはいることはあまり無いですからね」
「それなら頑張った甲斐があったな。で、実は相談なんだけど――――」
改めてメナスに荷物を運ぶ手段について相談してみる。
ラクダはダメだったが、他に何か方法がないものか……。
「実は今、もう少し多くの荷物を運ぶ方法が無いか悩んでいるんだ。さっき、ジェダにラクダはどうかと相談したんだけど…………。どうも自分のように、地獄の鍋暮らしだと難しいようだね」
「なるほど。そうですねぇ…………」
そう言うとメナスは、珍しく何か考え込むように黙ってしまった。
やはり現状いい解決方法は無いのだろうか。
ちなみに地獄の鍋というのは、この辺の巨大な獣、キダナケモが出る地域のことをそう呼ぶらしい。
思ったより酷い呼ばれようだった。
「ちょっとお見せしたいものがあるので、少し待っていてくださる?」
「うん? うん、わかったよ」
中々メナスでも簡単に解決策は提示できないか。
うーん、今できるのは道具のアップデートくらいかもしれない。
機能的な鞄を自分で作成するしかないかな。
今日の背負子は意外と楽に運べた気がする。
もう少しちゃんと設計した背負子ならば、今の2倍くらい運べるかもしれない。
まぁ地味だが一番堅実か。
何か天幕の外が騒がしいな。
おお…………なんだろうこれは………………。
「ぎゃあ!ぐぎゃぐぎゃあああ…………ぐぎゃあ?」
小鬼が連れてこられた。
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