第9話 クロ
クロがアジトに来てから、ちょうど12日経った。
アジトに戻った当初、クロについては予想通り苦労した。
まずはとにかく色々騒がしい。
何か少しでも変わったものを見るたびにグギャグギャ騒ぐわ、歌うわ、踊るわ。
ぴんくなどはすっかりうんざりしているようで、最近はポケットに引きこもりがちだ。
そして何でも真似しようとして、その結果色々な惨事を次々に引き起こす。
料理をしようとして火傷をしたうえ、鍋をひとつダメにする。
木から収穫物を無理やり採って、枝ごとダメにする。
せっかく作った砂糖をぶちまける。
砂まみれのチョコレートを作ったり、粉まみれのコーヒーを作ったり。
洗濯しようとして服をビリビリに破く等々。
ちょっと目を離すと無限に仕事が増えていく。
まるで子育てのような大変さだが、残念ながらこいつは子供のようにかわいくはないのだ。
しかも失敗しても、ぐぎゃぐぎゃ叫びながら楽しそうに踊ったりと、まるで反省した感じも無い。
もういっそのことメナスに返してしまおうかと何度も考えた。
しかし、それも数日すると状況が変わってきた。
実はクロはおそろしく物覚えが良かったのだ。
こいつは何でもやろうとしたがって、そのたびに大体失敗する。
だがその際、丁寧に教えておくと、二度と失敗しなくなるのだ。
そして、一度やり方を覚えだすと加速度的に上達する。
料理も、チョコレートづくりも、コーヒーをいれることも、洗濯も、すでに俺と同じくらい上手くこなせるようになっている。
さらに中々器用でもある。
料理の際、小さなナイフを使わせているのだが、刃物の扱いが意外と上手く、俺よりうまいかもしれない。
野菜や果物の皮をむくのも、正確で手早い。
そして何よりよかったのは、こいつが意外ときれい好きだということだ。
水汲みへ行くたびに水浴びをする。
しかも適当な端切れを与えておくと、せっせと体をこすっている。
俺が木の枝で作った歯磨きもどきで歯を磨いていると、しっかりそれも真似するようになった。
結果的にクロは全く臭くなくなった。
本当によかった……。
ただ相変わらず寝ていると、大体くっついてきて一緒に寝ようとする。
正直それだけはやめてほしい。
生殖しないらしいので、性的に襲われはしないと思うが、とにかく顔が怖いんだよ。
ちなみに足枷と手枷は2日目の朝には外した。
なんだか見ていて気持ちいいものではなかったからだ。
こいつは基本的になんでも無邪気な感じでこなす。
そのせいで一瞬小さな子供に見えることがあり、とにかく心が痛む。
それが嫌になって外してしまった。
結果的に特に反抗もしないし、逃げようともしなかった。
若干騒がしさが増した面はあるが、もはやそれは諦めた。
こいつの個性だろう。
そういうわけで、クロについてはこの2週間弱、色々濃密な時間をともに過ごす中で、何とか一緒にやっていける目途は立った。
結局、こいつはメナスの言った通り、色々な意味であたりだったわけだ。
今ではすっかりクロはアジトの暮らしに馴染んでしまっている。
しかもやたら家事性能が高いせいで、すっかり依存している。
「おおっ! もう晩飯できたのか……お前最高だな!」
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
そしてあっという間に、三角岩へ向かう予定の日が来た。
今回はクロと自分で荷物を背負う。
木と麻ひもで作った不格好な背負子に色々と括り付けて運ぶ予定だ。
ちょっと無理して今までの倍以上の荷物を持って行くことにする。
どうしても途中重すぎると感じたら捨てればいいだろう。
上手くすれば帰り拾えるかもしれんしね。
しかしここに来た当初と比べると、ずいぶん体力がついたと思う。
健康に気を使ってジムに通ったりはしていたが、基本的には年相応、一般的な中年男性並みの体力しかなかったと思う。
だが最近は、一日歩いても次の日に影響が出なくなったし、速度も上がっている気がする。
まわりに中毒性のある娯楽コンテンツも無いので、頭も冴えてる気がする。
まぁ頭の冴えは気のせいかもしれないが、とにかくやたら体の調子がいい。
「ぐぎゃぐぎゃ、ぎゃっぎゃっぎゃ!」
「よし!行くかクロ!」
こいつは筋力は子供位しかないが、意外とスタミナがある。
というか疲れている様子を見たことがない。
「そういえば、こいつ靴とかいらんのかな?」
「ぐぎゃあ?」
ちなみに今は腰に布を巻いているだけの蛮族スタイルだ。
最近布を体にいろいろな形で巻き付けて遊んでいたので、服を与えると喜ぶのかもしれない。
今回の取引で手に入れてやろう。
ちなみに俺はメナスに売ってもらった、この世界の服に着替えている。
こちらの気候に合わせて作られているせいか、意外と快適ではある。
ワンピースっぽい感じの服で、腰帯でキュッと縛るようになっている。
無染色の麻っぽいもので作られている。
足元は革のサンダルを履いている。
コンセプトは、いかにも金がなさそうで貧弱な村人だ。
そしてアジトにいるときは割とノーパンで過ごしている。
何事も慣れるもので、当初頼りなさを感じていたが、むしろ最近は涼しくて快適に感じる。
何より一枚限りのパンツだし、大事にしないとね。
遠出する際は、さらに大きな布を適当に被って巻き付けたりして、日除けにしている。
まぁ原始的でしゃれっ気はまるで無いが、着ていて楽でいい。
メナスキャラバンの連中は、ちゃんと袖のついたローブを着たりしている。
よく見ると幾何学的な模様も描かれたりしており、意匠的に意外と手が込んでいる。
少なくとも俺が着ているものと比べると明らかに高級感がある。
さらにメナスやガザット、エッダ等は銀ぽい指輪や腕輪をいくつかを付けていた。
俺ももう少し金が溜まったら、洒落た格好もしてみたいもんだ。
こんな世界だからこそ、見た目が重要だ。
同じ村や町の顔なじみでもない限り、事前に個人情報を手に入れるのは難しい。
一歩間違えばすぐに殺し合いになることだってあるだろう。
外見から瞬時に社会性や人となりを判断するしかない。
そういう意味でも服装や見た目に気をつかうのは生死を分けることもある。
ただし、布製品の値段はかなり高く、中々手が出ない。
古着であっても全体的に相当高いので、今は必要最低限のものにしている。
それにしてもメナスのキャラバンとはいつ会っても衣類の品揃えが良い。
結構凝った意匠のものも色々あるので、買えなくても見ているだけで楽しい。
多分布製品はメナスのキャラバンの主要な取扱商品のひとつなのだろう。
ちなみにここに来た当初の服は岩棚に大切にしまってある。
クロとアジトを出た当初は、荷物が重すぎないか心配していたが、実際はかなり余裕だった。
途中キダナケモに襲われることもなく、昼過ぎには到着してしまった。
まだメナス達は来ていないようだ。
クロがいそいそと食事の支度をしてくれている間、ぴんくとコーヒーを飲みながらぼんやりする。
なんだかクロが使えすぎて、直ぐにだらけてしまうな。
しかも楽しそうにやってくれるので、ついつい甘えてしまう。
ダメ人間になりそうだ。
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