第10話 街へ

 それから暫くすると、メナス達がやってきた。

 クロが当たり前のように料理しているのを見て、メナス達はぎょっとしていた。

 通常小鬼たちは、もっと簡単な労働しかしないらしい。

 それが、肉や野菜を切ったり、煮炊きしているのは、まるでペットの犬や猫が器用に料理を始めたような驚きがあるとのことだ。

 そう言われると、ちょっと変わった小鬼だとかいう次元の問題ですらないと思うが……流石に大げさなのではないだろうか。

 一応人と同じような手足もあるし、道具も使える。

 とはいえメナス達の反応を見るに、やはりクロは間違いなく珍しいタイプではあるのだろう。


 その後いつも通り商品の売買も無事終わり、少し時間に余裕があったので、何となくメナスに話しを振ってみた。


「そういえば前から気になっていたのだけど、ここから一番近い町ってどんな感じなのかな?」


 実は最近ずっとそのことが頭にあった。

 これまでは生き残ることに必死で、中々現実的にそこまでは考えられなかった。

 なにより、あまりにも常識にも疎く、言葉もほぼ片言だった。

 そんな状況で街に行くのは、いくらなんでも危険すぎるだろう。

 特に、その辺の奴が剣をもってうろうろしているような社会では、簡単に殺される可能性もある。

 けれど今は何とか言葉も分かるし、メナスのキャラバンとの交流する中で、ある程度の常識も身に着けたはず。

 今なら、街に行っても何とかやっていけるのではないだろうか。


「そうですねぇ。単純な距離で言えば、ここは東のタミル帝国の果ての町と西のレナス王国にある辺境の町のちょうど中間に位置します」


 帝国に王国か…………。

 分かってはいたが、少なくとも産業革命は起こって無いだろうな。

 場合によっては古代的な世界なのかもしれない。


「そしてもし行かれるのであれば、西の王国のほうがいいでしょう。以前も少しお話したかもしれませんが、東の帝国はある程度帝国の常識が無ければ、やっていくのは難しいでしょう」


 帝国は社会制度等しっかりしてそうだが、そこから逸脱する振る舞いは、厳しい制裁を受けそうだな。

 場合によっては宗教なども絡み、厄介そうだな。

 もしくは、メナスにとっては、俺にタミル帝国へ向かわれると迷惑なことがあるのかもしれない。

 どちらにしろ、タミル帝国はやめておくべきか。


「たしかに、常識に疎い自分は避けたほうが無難なのだろうね……」

「一方、西のレナス王国は強大な軍事国家です。非常に好戦的な国で、常に戦争のネタを探しているような国です。結果、ほぼどの周辺国からも警戒され、嫌われています。非常に中央集権的である一方、ここのように中央から最も離れた辺境は中々管理が及ばず、比較的自由です」


 どの国からも嫌われているって……レナス王国やばいな。

 しかし、要するに西の街は無法地帯ということなのかな。

 それはそれでやばそうな……。


「ちなみにこの地獄の鍋と呼ばれる地域は、名目上西の王国の領地ということになっており、サヴォイア領ということになっています。サヴォイア領には小さな農村漁村は点在していますが、街と呼べるのは唯一領主の住む街だけで、一般的にサヴォイアというと、その街のことを意味します」

「そうすると俺はサヴォイア領内に定住していることになるのか…………税金とかかかるんだろうか」


 税金のことを考えると、一気に憂鬱になってきたな。

 できることならば考えたくもないが……。

 

「税金はボナスさんには掛からないでしょうねぇ。その辺のことはサヴォイア領の特徴と併せて説明するとわかりやすいかもしれません」

「ふむふむ」

「このサヴォイア領は辺境であること以外にも実は大きな特徴がひとつあります。それはサヴォイアが通称傭兵の街と呼ばれる街だということです。」


 新しい情報が多すぎて混乱してくる。

 メナスは少し俺が情報を咀嚼するのを待っているようだ。

 少し首を傾げ、にっこり笑って待っている。

 妙に色っぽくて余計混乱するわ。

 

 それにしても、こんな中央から無視されるような辺境で、どうして傭兵がでてくるんだろう。

 なにがしかの戦線があるか、意外と治安維持の必要性があるのか。


「この地域は基本的には中央から無視されています。東のタミル帝国とも国境は接していますが、地獄の鍋とミラルド山脈が邪魔で、今のところ戦争に発展しようもありません。ただ、この地域は非常にモンスターの多い地域でもあります。それこそ、売るほど小鬼もいるくらいです」

「ぎゃうぎゃう!?」

「そのため、ある程度の戦力を確保し、常にモンスターを間引いておく必要があります。でなければ、直ぐに街にも被害がでるでしょう。そうなると今以上に人口は減り、すぐに領地の維持は行き詰まります」

「モンスターということはキダナケモ達も?」

「いえ、あれらは基本地獄の鍋から出てはきませんし、生半可な攻撃が通る相手でもありません。ですので、基本全ての国が意図的に放置しています。一般的なモンスターとキダナケモは全くの別物という扱いになります」

「なるほど…………」


 キダナケモは確かに怖いが、一般的には俺が感じている以上に脅威のようだ。

 俺はぴんくのせいでその辺の感覚がマヒしているようだな。

 

「そして、その大量のモンスターを倒し、領地を維持するために、中央から多くの資金が供給されています。レナス王国は精強な国軍を持ちますが、戦争の無い辺境に送るのはもったいないですからね。そしてその資金で領主が傭兵を多く雇い、モンスター討伐や防衛を依頼しています」

「なるほど、傭兵は税金を納めなくていいし、傭兵であるかどうかの確認を逐一するのも難しいのか」


 メナスが正解と言うようににっこり頷く。

 教師とか向いてそうだな。

 メナス先生!

 これはだめだっ、変な方向に思考がずれていく。

 

「おおよそボナスさんの予想した通りだと思います。実際のところ、私もそこまで詳しくはないのですが、街に住居や店をかまえない限り、税は発生しないと思いますよ。ただし、街に入る際には関所で徴税はされますね。入る際の目的で変わりますが、傭兵は5000レイ、商人は1万レイですね。うちのキャラバンは10人なので10万レイ毎回支払っています。」

「街に入る際は他の地域でも同じくらいとられるものなのかな?」

「サヴォイアはかなり良心的ですね。ある程度のキャラバンの場合、徴税以外に心付けを要求されることも珍しくありませんし、衛兵の気分で入れてくれないことさえあります」


 賄賂か。

 やはりどうしても抵抗感を感じる。

 とはいえ、そんな感覚では生きていけないだろう。

 早めに感覚を補正したほうがいいな。

 でなければ長生きできなさそうだ。

 もっと狡猾になろう。


「ボナスさんどうして突然ニヤニヤしているのでしょうか?」

「い、いやちょっと思い出し笑いを……」


 俺には向いてないのかもしれない。

 ちょっと顔を赤らめつつ、メナスの説明を聞く。

 

「……そうですか。まぁ、サヴォイアはかなり雑多な街ですし、他の都市に比べれば色々と寛容です。ボナスさんであれば、初めて訪れたとしても、すぐに馴染めるかと思いますよ」

「そう言ってもらえるのはありがたいことだけど、メナスは俺のことを買いかぶっているところがあるからなあ……今のは話半分に聞いておくよ。それにしても色々教えてくれてほんとに助かるよ。メナスには頭が上がらないわ」

「いえいえ、…………良ければ明日一緒に行ってみますか?」

「うおえっ! あ、明日かぁ…………」


 いきなりのお誘いだな。

 そりゃメナス達にとっては、街に行くのはいつものことで、大した話でもないか。

 まぁでもいい機会なのかな。

 今から戻って準備したところでどうせ同じことだろう。

 今のところ新しくアジトで出来ることがあるわけでもないし。

 そろそろこの生活にも飽きてきたところだ。

 丁度いい機会だし、こういう場合は流れに乗ってみるのもありか。


「それじゃあメナスさん。お願いしちゃっていいかな?」

「ええ是非。でも街へ行くようになっても、たまには私と商売を続けてくださいね」

「もちろんだよ。メナスとは最優先で取引させてもらうよ」


 実際メナスからすると、俺の持ってくる商売の利益なんて大したことないだろう。

 まぁ三角岩でのちょっとした暇つぶしにはなっていたのかな。

 それにしても、なんだかんだメナスには世話になりっぱなしだな。

 どうしてこんなに世話してくれるのだろうな。

 俺には見えていない利用価値が、メナスには見えているのかもしれない。

 それはそれで怖いが、今さらだな。

 単純に旅の余興として楽しんでいるだけかもしれないし。


「それじゃ、明日もお世話になります。よろしく!」

「ええ、よろしくお願いします」







 次の朝、いつもより早くに目が覚めた。

 起き抜けから超緊張しているな、俺。


「ぐぎゃぐぎゃあぎゃあぎゃあ?」

「クロ、今日は街に行くぞ! 俺も初めていくからどうなるかわからんが、あんまり騒ぐんじゃないぞ」

「ぐぎゃっ!」


 とりあえずキャラバンの出発準備が終わるまではまだ時間がありそうだ。

 クロに服着せてみるか。

 街に行くなら、おめかししなくちゃね。


「ぐっぎゃあああああ!」


 えらい喜んでいるね~。

 おおっ、新しいバージョンの踊りだな。


「あはははっ~なにそれ? なにしてんの? 小鬼に服着せて踊らせるなんて変な趣味してるね~」

「エッダか。なかなかキュートだろ?」

「ほんと変わった小鬼だねぇ。商品として結構いろんな小鬼見てきたけど、こんな奴見たことないよ」


 やっぱこいつ変なのか。

 変になったのか?

 いや最初から変だったな。


「へぇ、どの辺が珍しいんだ?」

「普通の小鬼は踊ったりしないよ。もちろん料理もね」

「らしいな……」

「そういや今日は一緒に行くんだよね。サヴォイアは初めて?」

「うんよろしく。初サヴォイアだよ。正直めちゃドキドキしてる」

「ラクダに乗れるの?」

「あっ、そういえば…………どうしよ」


 当然ながらラクダに乗ったことがない。

 どうすりゃいいんだこれ。

 歩いてついていくか。


「儂が載せていってやるぞ!」

「ジェダ! 相乗りできるのか…………助かるよ。そしておはよう」

「あ~あ、私が乗せてあげようかと思ったのに~」

「お前さんは見張り役じゃろ。しっかり働け」

「あーはいはい、せっかく退屈せずに済むかと思ったのになー」

「まぁエッダ、気持ちだけ受け取っておくよ」

「ちぇっ」


 そうか、二人乗りできんのか。

 しかしクロどうすればいいんだろう。

 こいつこそ走れるかな。


「クロどうすればいいと思う?」

「うん? クロというのはその小鬼か?」

「ぎゃっぎゃっ!」

「そう……こいつ」

「まぁ歩かせればよかろ。そもそもその小鬼はそうやってここまで来たしな」


 そうか、クロはサヴォイアに行くのは初めてじゃないのか。

 

「お前サヴォイアから来たんだな。歩くのは大丈夫か?」

「ぐぎゃぐぎゃ!」


 まぁ出会った当初より明らかに元気になってるし、大丈夫そうか。


「じゃあジェダ。悪いけどよろしく頼むよ。できれば移動中サヴォイアのことを色々教えてもらえるとありがたい」

「まかせておけ!」

「クロも疲れたら言うんだぞー」

「ぎゃうぎゃう!」



 ということで、予定外にサヴォイアの街へ行くことになった。



 ジェダの後ろで尻を痛めつつも、有益な情報をいくつか得られた。

 色々な相場や、おすすめの宿泊場所。

 近づいてはいけない場所や、気を付けるべき相手。

 そして傭兵というものについて色々教えてもらえた。


 まずサヴォイアの街は、普通に暮らしている分には治安は悪くないらしい。

 しかしその一方で、街の顔役たちに喧嘩を売るようなことをすると、次の日には消えていることもあるらしい。

 

 ちなみに顔役は何種類かに分かれる。

 

 そのうちのひとつが、有力な傭兵団の団長達である。

 基本的には全ての傭兵は傭兵斡旋所に登録して、そこで仕事を貰うような仕組みになっている。

 傭兵斡旋所は領主や商人、街の人からの依頼を受託し、それらを傭兵たちの実力に応じて適切に割り振る。

 そして、傭兵斡旋所とは別に、傭兵団と呼ばれる組織があるらしい。

 傭兵団は基本的には任意団体らしく、元々は効率よく依頼をこなせるように、何名かの傭兵でチームを組んだものをそう呼んでいたらしい。

 そのうちいくつかの傭兵団が、長く活動するうちに組織として名を売り、力を付け、街では一目置かれるようになっていった。

 そのため、そういった傭兵団の団長達は、知名度も高く、街の無視できない存在として顔役になっていったわけだ。

 

 他には力の強い商人も顔役に相当する。

 サヴォイアはそれほど目立つ名産品も無く、生産力も低い土地柄、商売はそれほど盛んではない。

 しかしそれゆえ、別領の大規模な商会に地域の商売を荒らされてしまわないよう、地元の商人たちで商人組合を作っており、意外と結びつきは強い。

 そのため、この街において各組合長はそれなりの発言力を持つ。

 メナスもこの組合長たちには、それなりに顔色をうかがい、献金もしているらしい。

 

 最後に領主一族。

 現在の領主は辺境にもかかわらず、貴族としての地位は高く、領主としてもかなりまっとうな人物らしい。

 とはいえ他国から嫌われるくらいの戦争大好き国家、レナス王国の領主である。

 やるときは相当激しくやるらしい。

 昔調子に乗った傭兵団が領主に舐めた態度をとったことがあったらしい。

 本人たちはちょっとした冗談のつもりだったらしいが、その次の日には、一人残らず中央広場に吊るされたらしい。

 領主が一番暴力的かつ怖いわ。

 むしろそうじゃなければ辺境の領主は務まらないのかな……。


「メナスは結構大丈夫っぽいこといってたけど、ジェダの話を聞いていたら…………なんか心配になってきたよ」

「まぁ別に観光する分には大したこともなかろ。意外とボナスは小心者じゃの~」

「小心者だから地獄の鍋で生きていけてんの」

「とりあえず、顔役以外でなんぞ気に入らんことを言ってくる奴がいたら、見せしめに一人くらいぶっ殺しゃええんじゃよ。そしたら絡まれることも減るでな」


 とんでもないじいさんだな…………。

 それにしてもやはりメナス達は俺のことを買いかぶっている面があると思う。

 まぁそれは俺が意図的にそう仕向けた面もあるが、地獄の鍋で単独生活できていることを高く見積もりすぎていると思う。

 実際は完全にぴんくとアジトのおかげなんだがな…………。

 まぁ街へついたら調子に乗らず、慎重に振舞おう。


「ぐぎゃあああー!」

「クロ! お前だけ走らせて悪いね。もうちょいらしいから頑張ってくれ!」


 ちなみにクロはキャラバンの周りを走り回っている。

 相変わらず無限のスタミナだな。

 なんだか一人で怖がってる俺が馬鹿みたいじゃないか。

 

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