第72話 アジールと昼食を

 アジトに着くころには、すっかり昼時を過ぎていた。

 戦闘や解体で皆汚れていたので、全員で水場へ向かう。

 ミルやギゼラ、ザムザは簡単に汚れを落とすと早々に食事の支度に向かう。

 戦闘に参加していたクロとシロは入念に汚れを落とし、そのままエリザベスを洗い始める。

 アジールは湖に着くなり服を脱ぎ捨て、湖に飛び込んだかと思うと、水に体を預け脱力し、ぼんやりしている。


 

「なぁアジール、クロに髭剃ってもらえよ」

「え? まじで?」

「ぎゃう~ぐぎゃう!」

「なんか怖いんだが……」

「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ」


 エリザベスを一通り洗い終えたクロが目を光らせ、ナイフ片手にじりじりとアジールに近寄る。


「いや絶対安全だから。あとクロもあんまりアジールで遊ぶんじゃありません」

「ぎゃう」


 クロはつまらなさそうにアジールへすたすた近寄ると、ナイフをくるくると動かしながら10秒程度で髭を綺麗にそり落とす。

 ……あれ? そんな早くできるの?

 いつも俺のときもっと時間かかっているような気が……。


「うっわ、すげぇなクロ! こいつ、ほんと器用な小鬼だなぁ…………小鬼だよな?」

「んで、どうして1人できたんだ? マリーは?」

「ああ、マリーはなぁ、ってうわぁああ」

 

 アジールとともに湖から上がり、体を拭きつつ話を聞いていると、突然エリザベスが体を震わせる。

 

「エリザベス……」

「メェェ……」


 全身びちゃびちゃになった俺とアジールを見て、エリザベスは申し訳なさそうな顔をして舌をペロンペロンだす。

 見ようによっては馬鹿にされているのかと勘違いされかねない顔だ。

 ……馬鹿にされてないよな?


「とりあえずみんな集まってから、話聞くわ……」

「わかった……これ俺馬鹿にされてんのかな?」

「エリザベス的には、ごめんね~の顔だ。多分な……」

 


 

 いつの間にか全員窯の前に揃っていたので、話を進める。

 皆はミルを中心に料理をしながら聞くようだ。

 アジールは着替えも無いのでパンツ一枚だ。

 濡れた衣類などを窯の熱で何とか乾かそうと苦心しながら話し出す。


「マリーは領主様の護衛で、王都に行った」

「それはまた、急な話だな」

「まぁ俺もあまりよくわからんが、今回の報復と資金調達に行くらしい」

「なんか……、大変そうだな」

「ああ、最後に会った時のマリーの顔はやばかったな。怖すぎて頼まれごとを何も断れなかったわ。んで、これが――――報酬だ」


 必死に窯の中へ向かおうとするぴんくを膝に押しとどめつつ話を聞いていると、アジールは小さな袋をゴソゴソと取り出す。


「お前それ今どこから取り出した?」

「まぁ細かいことは気にするな。内容の確認をよろしく」

 

 袋の中身をだしてみると、細かい意匠の金色の硬貨50枚と、いくつかの青い宝石、何か文字の書かれた木札だった。

 なるほど、全然価値が分からん。


「へぇ~、思ったより多いかも」

「マリーの分の報酬を丸々上乗せしているからな。そしてそれを命懸けで運んできた俺をねぎらってくれ」


 ギゼラが意外そうな顔でこちらを覗き込みながら、肉に塩や香草を揉みこんでいる。

 まぁサヴォイアで暮らしていたこいつが多いということは、報酬としては十分なのだろう。


「だが……うーん、俺にはいまいち価値が分からないなぁ」

「硬貨は一枚50万レイだ。青石は時価だな。まぁ分かりにくいだろうが、それだけあれば数百万にはなるんじゃないか」


 アジールは窯の中へと視線を移しながらを言う。

 ミル特製のたれに漬けた肉が焼きあがってきたのだろう。

 暴力的に食欲を刺激する匂いが窯から漂ってくる。


 それにしても、硬貨だけでも2500万レイか。

 確かに中々の金額だが、あの戦いを振り返るとこれが多いのか、正直判断できんな。


「まぁボナスの気持ちもわからんでも無いが、傭兵の報酬としては破格だからな。満足しておいてくれ」

「ああ、別に不満と言うわけじゃないんだ。あんまりぴんと来てないだけで……」


「――さぁ! できたよ!」


 ミルが窯から鉄皿を取り出すと、まだ油が踊り、湯気を上げる出来立ての肉が目の前に運ばれてくる。

 今日のメインは巨大イノシシの肉か。

 ミルがナイフで切り分けると、中から肉汁がこぼれだす。

 心臓やレバーなどは既に切ったものを焼いたようだ。


「んああ~生き返る! うまい……なんてうまいんだ、クソイノシシめ!」


 アジールが誰よりもはやく肉へと噛り付く。

 しみじみとその味を堪能しているようだ。


「喰う方にまわれてよかったな」

「……うまい、うまい」

「おいしいね」


 あいかわらずシロとザムザは淡々と貪り食っている。


「心臓は食感が面白いなぁ~」

「これでお酒があればなぁ」

「言うな、余計ほしくなるだろ」


 ミルはやっぱり種族的に酒が好きなのだろうか。

 だがそう言われると、俺も飲みたくなってくる。

 ちなみに心臓の肉はギゼラの言う通り食感が独特だ。

 歯ごたえはかなりしっかりしているが、薄切りにしているのでちょうどいい。

 レバーは若干臭みがあるものの、それ以上にタレが良い仕事しており十分うまい。

 その他の部位も同様にタレのおかげか、臭みも感じることなく美味しく食べられた。

 米が欲しくなる味だな……。


 アジールは出会った時とは比べ物にならないくらい明るい顔で、ひたすら肉を頬張っている。

 だいぶ若返ったな……。

 髭も剃られ、爽やかなイケメン成分を少しは取り戻せたようだ。


「じゃあアジール。これで俺達の仕事はとりあえず終了ということだな」

「ああ、そうだな。羨ましい……」

「みんなこれは個人で自由に使ってくれ」


 何となくアジールの愚痴が始まりそうな気配を感じるので、先に報酬を分配してしまうことにする。


「とりあえず共同で買うものもたくさんあるから、それは取っておくとしても、硬貨5枚づつは5人で分けて好きに使うようにするか?」

「いらない」

「いや多すぎだよ~。これからアジトで暮らすための物をたくさん買わないとダメだし、とりあえず日常生活で個人的に使う分なんて、1枚50万レアで十分すぎるよ。なんか欲しいものあれば、どうせボナスに強請るし」

「俺はボナスに任せる」

「私は貰うわけにはいかないよ」

「ぎゃう~?」


 確かにギゼラの言う通りか。

 とりあえずいざという時の保険として皆に1枚だけ押し付けておく。

 だが、ミルだけはどうしても受け取ってくれない。

 

「ボナス、私はもともと依頼を受けていないし、助けてもらった側だからやっぱり貰えないよ」

「いや、しかしなぁ……そういえばサヴォイアへ避難した村のみんなは無事だったか?」


 もちろんヴァインツ村のみんなのことを忘れていたわけでは無い。

 だが、村人たちの安否については、ある程度覚悟してから聞きたかった。

 とはいえ、ミルの今後のこともある。

 これ以上先延ばしにもできないだろう。

 

「ああ、全員無事だぞ」

「良かった……」

「今皆はどこに?」

「サヴォイアの関所付近で野営しているな」


 ザムザは素直に喜んでいる。

 ミルは何も言わないが、座り込んで目を閉じ深く息を吐きだす。

 さっきまで明るく料理していたが、内心穏やかでは無かったのだろう。

 今は少し気の抜けた、ぼんやりとした顔をしている。

 アジトに来てからのミルは、ずっと楽しそうで、元気に動き回っていた。

 もちろん実際に楽しんでもいたのだろうが、どこか無理して気を張っていたのかもしれない。


「これから復興していく感じか……」

「ああ、今その仕事をやっているんだが、人手も物資も足りなくてなぁ」

「それであんな老け込んでったのか」

「なあボナス…………助けて!」

「お前もうなりふり構わん感じだな!?」

「もう無理なんだよ! 俺は傭兵だぞ!? 復興とか言われてもわかんねーよ! くっそ~なんだよこれ、めちゃくちゃうまいじゃないか!?」


 今度はギゼラが仕込んだイノシシ肉のステーキが来る。

 その肉にナイフを突き刺し、食らいつきながら、訳の分からないキレ方をしている。

 飲んでも無いのにこの有様とは、相当溜まっているものがあるのだろう。

 とは言え、まずはミルのことをはっきりさせなきゃな。

 

「なぁミル、これからどうするんだ?」

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