第4話 ワニ

 次の日起きると、ぴんくがはんぺん肉にかみついているところに出くわした。

 一心不乱に肉をはむはむしているが、全然食えてないぞ……。

 俺が起きたことに気が付くと、ちょっと気まずそうに、そっと口を離した。


「おはよう。ぴんく……」


 暫くごまかすようにきょろきょろした後、こそこそと鞄に入っていった。

 自由な奴だな…………。



 岩壁ベッドから少し離れた場所に移動する。

 とりあえず火をおこしてみるか。

 果たしてうまく着火できるのやら…………。


 空気も乾燥しているし、適当に木くず作って、木の棒をぐりぐりしていれば何とかなるだろ。

 と思ったのだが、実際はなかなかつかない。

 手のひらと顔を真っ赤にしながら、木の棒をくるくるやっているとやや煙はもやもや出る。

 煙は出るし、いまにも火が付きそうなのだが、そこから一向に火が起こらない。


「んぬぅぅぁぁああああああああああああ」


 気合を入れてみたものの、むしろ棒の回転速度は徐々に落ちている。

 いいかげん、手が痛くなってきた。

 別の方法にするか…………と思っていたら、いつの間にか横で見ていたぴんくが近づいてきた。

 こちらを一瞥すると、薪に向かって口を開けた。

 

 すると、ピンクの口から白いキラキラした細い糸のようなものがまっすぐに出て、次の瞬間薪から火が噴出した。


「まじかよ! なんだそれ…………ぴんく…………おまえそんな特技あったのか。…………俺のこと見てちょっと面白がってただろ…………」


 結局別の方法を模索するまでもなく、よくわからんぴんくの謎技で、着火は簡単に成功した。

 ぴんくの鼻が若干膨らんでいる気がする。

 さらには胸をそらして上を向いているようにも見える。

 こいつがどや顔をしているように見えるのは、俺の心の問題なのか、それとも…………。


「まぁ実際凄いけどね。どうもありがとうさん」


 それにしてもこいつは一体何なんだろうなぁ。

 あの細い蜘蛛の糸のようなものも謎だ。

 可燃性の粘液かなにかを飛ばしたのかな。

 

 「そういえば…………初めて会った時もこっち見て口開けてたな…………」

 

 もし、あの時対応を間違えていたら、俺は燃やされてたのかもしれない。

 あのとき、口を半開きにしたぴんくの顔を見て、ちょっと間抜けな顔だなと思ったが、どうやら間抜けは俺の方だったようだ。

 

 「結構危なかったのかも…………」

 

 他にも同じようなことができる仲間たちはいるのだろうか。

 う~ん、わからん。

 肉を焼こう。


 薪を追加し、石の窯を組む。

 火に薪を追加しながら、肉をひとくちサイズに切り分ける。

 しばらくして一番上に乗せた平たい石の上に手をかざしてみると、火傷しそうなほど熱くなっていた。

 石の上に一口サイズのはんぺん肉を乗せる。

 すぐに大量の脂がじゅわっと溶け出し、一気にうまそうな肉の香りがあたりに広がる。


「これは…………あたりだな! …………たまらん」


 ぴんくもじっと肉をみつめている。


 元々白っぽい肉なので、ちゃんと焼けているのか、いまいちわからんなあ。

 まぁ食べてみるか。

 木の棒を削った自作箸で食べてみる。


「ん~なるほど! なるほどね~こういう味なのね~」


 ホルモンだな。

 それもかなり上質な。

 塩すら無いので味気ない感じはするが、十分うまい。

 なんてうまい脂なんだ。

 ああ……レモンと塩が欲しい。

 米が食いたくなる…………。


 ぴんくが肉と俺と交互に見ながら片手でぺしぺし叩いてくる。


「ああ、はいはい…………さぁどうぞ召し上がれ。熱いから注意しろよ」


 ぴんく用に切った小さい肉片を取り分ける。

 すぐにぱくっとかぶりついた。熱いのは大丈夫らしい。

 どんどん焼くか。


 かばの羽を3割程度食べたところで、さすがに胸焼けしてきた。

 年甲斐もなく馬鹿食いしすぎたな。

 そういや毒性のチェックとか何もしてない……やばいな。

 あの旨そうな匂いで、警戒心は全て吹っ飛んでいた。

 ぴんくも気に入ったようで、体の割に結構な量を食べていた。

 今はあおむけで寝ている…………野生を忘れているぞ。

 しばらく動く気力がわかない。

 昼寝だな。

 起きたらまた探索するか。





 目が覚めたら次の日だった。

 さすがに寝すぎた。

 体がガッチガチに固くなっている。

 やっぱり疲れがたまっていたのだろう。

 だが、おかげで体力はだいぶ回復した気がする。

 なんだかやたら活力が漲っているような…………。

 あの肉のせいかな。

 ちなみに肉の残りは、ある程度の大きさに切り分けて、岩の窪みに置いてある。

 この場所は、日中でも意外なほどひんやりする。

 場所によっては一日中陽が差さないので、夜の冷気を溜め込むのだろう。

 この岩壁の亀裂内は、全体的に日中でもひんやりして過ごしやすい。


 さて、今日こそ探索するかな。

 ジャケットを着て鞄を持つ。


「おーい、ぴんくー!行ってくるぞー!」


 一応声をかけてみるが、見当たらない。

 出かけているのかな。

 まぁ賢いやつだし、そのうち会えるだろう。

 元気いっぱい、漲っているうちにさっさと行くか。



 活力はもりもり沸いているのだが、相変わらず筋肉痛は酷い。

 一歩前へ足を動かすたびにビキビキくる。

 何か考えごとに没頭して気を紛らわせよう。


 

 今日は野菜を手に入れたい。

 果物、肉と続いたので、食物繊維か炭水化物を見つけたいところだ。

 しかし野菜は食えるのかどうかの判断がかなり難しいな。

 その辺に生えている草でも結構食べられるものも多いらしいが、逆に食べたら死ぬ葉っぱなんかも普通にあるらしいもんな。

 当然病院や薬局は無いのだから、あまり挑戦的なことはしたくない。

 どうするかな…………。

 とりあえず、今まで使ったことのある野菜と似た植物を探すか。

 料理は元々好きなほうだし、庭で家庭菜園もしていた。

 おかげで野菜の種類については知っているほうだ。

 芋とか見つかると助かるのだけどなぁ。


 色々考えごとをしながら歩いていると、植物が密集していて通れない場所に出くわした。

 竹のような節がある背の高い植物で、高さが3メートルくらいある。

 群生しているせいか圧迫感がある。

 竹ならかなり色々使えるな。

 一本試しに持っているナイフで切ってみる。

 …………あれ?

 これサトウキビじゃね?

 切断面に歯を立ててみる。


「あ~んまい」


 おお…………やはりこれはサトウキビだな。

 最高じゃないか。

 これなら商品作物にも使える。

 まぁ俺以外に人類が存在しない可能性もあるが…………。

 ぴんくほど賢い生き物が社会を作っていれば、普通に物々交換位やりそうな気がする。

 とりあえずいくつか持って帰るか。

 こうなると鍋が欲しいな。

 サトウキビでパンパンの鞄も重いし、湖に寄って岩壁ベッドがある場所に一度戻るか。




 ということで湖に到着した。

 運よく今は大型生物もいないようだ。

 水を汲んで…………ついでに顔も洗ってしまおう。


「んあああ…………生き返る」


 多少水で顔を洗った程度で、実際は全く綺麗とは言えない状態だ。

 ただそれでも、久しぶりに肌で感じる水の感覚に、全身に爽快感が駆け巡る。

 一気にさっぱりした気分になった。


 

 

 ――――だから油断したのだろう。

 もうすぐ目の前という所に、20メートル超えのワニもどきが静かにこちらに近寄ってきていた。

 

「ヒッ……………………」

 

 ワニもどきはこちらをじっと見ている。

 何の根拠もないが、それが餌を見る目だとわかる。

 本能的に恐怖が沸き上がる。

 ここに来てから、明日は死ぬかもしれないと常に覚悟していたつもりだったが、全然だめだった。

 捕食される、まさに食われるという絶望感は、とても耐えられるものではなかった。

 何の抵抗感もなく失禁してしまう。

 脳が恐怖に痺れて、うまく機能しない。


「あぁ………………」

 

 それでも、何かできることは…………。

 水に潜れば可能性は…………ワニ相手に何を考えているんだ。

 むしろ少しでも陸に逃げるべきだ。

 それなのに、一歩も足が動いてくれない。


「うっ、うわぁぁぁぁあああああああああああああああっ」


 むりやり声を振り絞ることで、やっと足が動きだす。

 全力で走っているつもりだが、足が思うように動いてくれない。

 それでも不格好に足を進める。

 

 何とか数歩走ったところで、激しい地響きとともに、後ろから何かに体が持ち上げられ、吹き飛ばされた。

 一瞬の気持ち悪い浮遊感の後、地面に激しく打ち付けられ、そのままゴロゴロ地面を転がる。


「痛ってぇ……」


 何が起きたのかわからない。

 見失ったワニもどきの姿を必死で探す。

 すでに湖から出てきており、大きく口を開き、喉を震わせている。

 

「吠えた……のか…………?」

 

 どうやら20メートル級の巨体だと、ただ吠えただけで、このありさまらしい。

 俺はその衝撃で、軽々と吹き飛ばされてしまったようだ。

 そしてワニもどきだと思っていたものは、水から上がると、2足歩行で歩いていた。

 ほぼ恐竜だな……。

 再び口を閉じて、俺に向かってのしのしと歩いてくる。

 そういやこういう恐竜、映画で見たことがあるな…………。

 映画に出てきたときは、主人公たちがキャーキャー言いながらも、巧妙に逃げていた。

 まあしかし、実際こんなもの目の前にすると、足は動かないし、まともに声すら出せないわ。

 

 「ああ…………終わりか」

 

 ワニもどきが口を開き近寄ってくる。

 凄い歯だな、この歯で俺の肉は切り裂かれて骨は砕かれるのか。

 そうか、…………俺は死ぬのか。


 俺がこれから通るであろう、恐竜もどきの喉の粘膜を呆然と見ていると、ふと昔の記憶を思い出した。

 子供が生まれたばかりの記憶だ。

 育児に疲れ切り、いびきをかいて寝ている妻を起こさないよう、夜泣きする息子を抱いて、家の狭い廊下をうろうろ歩き回った記憶。

 あの時息子の顔を見ていると、自分の人生が別の意味を持つように更新されていくような、不思議な気持ちになったことを思い出す。

 それなのに、やはりその顔は思い出せないままか。

 

 何でこんなこと思い出したのかな。

 未練か?それともこれが走馬灯というやつか?

 

 まぁ、それでもなんだか覚悟は決まった。

 バクっとこいや!




 その時、ぴんくが胸ポケットからひょっこり顔をだした。


「…………お前、そんなところにいたのか」


 ぴんくはこちらを一瞥すると、ワニもどきに向けてゆっくりと口を開く――――。

 

 次の瞬間、ぴんくの半開きの口からワニもどきに向かって細い光線が走る。

 最初は細い安定しない赤い光だったと思うが、一瞬で強烈な青白い光となった。

 熱とともに異様なエネルギーの上昇を感じる。

 神秘的にも見えるその光に本能的に恐怖を感じる。

 光はまっすぐにワニの口内に吸い込まれ、そのまま貫通しているように見える。

 そして、ぴんくが顔を左右に振ると、ワニもどきが上下にずれ、爆散した。

 目が明けていられない。全身に熱風と砂や小石、ワニもどきだったものの一部がバチバチ当たり痛い。

 耳がキーンとする。

 そして焦げ臭い匂いに交じって、何か独特の甘い匂いが漂っている。


「ぴんく…………薪の時も思ったけど…………もっと早く出てきてくれよおおお!」


 俺の覚悟を返せ。

 流石にもっと早い段階で何とかできただろうよ……。

 「ただのトカゲです」みたいな顔しやがって。

 


 しかし凄まじい破壊力だったな。

 何気にこいつがこの辺で一番やばい生物なんじゃないのか…………。


「あぁ…………よかったぁ…………」

 

 安心感からか、今頃思い出したかのうように心臓がバクバクする。

 しばらく頭と体が痺れたように感じていたが、深く呼吸をするたびに、徐々に目の前の状況を飲み込めるようになってきた。

 


 

「あっ!ワニもどき改め恐竜もどき……体残ってんな…………どうしようこれ」


 上半分は完全に吹き飛んでいるけど、下半身は残っている。

 何かに使えそうな気はするが、どう手を付けていいのか思考が追い付かない。

 巨大すぎて、腰が引ける。

 外皮はナイフの歯が立たなさそうだが、肉は焼けた部分からほじくっていけば、なんとかなる気はする。

 ただ……あまりにデカいしグロい、そして何より臭い。

 近くにいるだけで吐きそうだ。

 

 とはいえ、タンパク質は貴重だ。

 こんな機会も早々無いだろう。


「とりあえず、解体する……………………前にパンツ洗うか」



 結局夜中までかかって、30キロ位の肉を切り出した。

 我ながら、よくこんな小さいナイフで出来たものだ。

 とにかく心に蓋をして、無心で作業した。

 それでも、何度もえずきながら涙を流すことになった。

 とはいえ作業も中盤以降は、すっかりただの労働になり、恐竜もどきの死体もただの食材の一部にしか見えなくなった。

 人間の慣れるという機能は凄いな。





 ちなみにぴんくは、レーザーみたいなのを出してからポケットに引っ込んで、ずっと寝ている。

 流石にあれは疲れるのだろう。

 発射直後の様子を見ていると、結構ぐったりしていた気がする。

 少なくとも、気軽に何度も出せそうな感じはしない。

 それなりに何かの代償は必要なのだろう。

 食事だけでまかなえてりゃいいが……わからないな。



 あと、作業中ずっと警戒していたが、湖の近くで作業していても、他の生き物の姿は全く感じなかった。

 ぴんくのレーザーにびびって逃げていったのかな。

 だとするとあいつらも、狂っているように見えて、ちゃんと生物らしい性質は備えているのかもしれない。

 それにしてもあのレーザーの後から、この近辺にはずっとあの甘い匂いが漂ったままだ。

 徐々に薄れてはいるけど、この匂い何なのだろう。


 

 まあ何にしろ、今日はもう疲れた。

 毎日命懸けだな。

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