第5話 探索

 恐竜もどきに襲われてから半年ほどたった。


 あれからも毎日、身をひそめ食料を集めつつ、この直径2キロのクレーターとその周辺を調べつくした。

 その結果、この世界のことが、少しだけわかってきた。

 

 なによりもまず、最初にこのクレーターを見つけられたのは、この上ない幸運だった。

 クレーターの外を軽く探索した結果、周囲10キロ程度はひたすら荒地が広がっている。

 とても食料を得られるような環境ではない。

 さらには、狂った巨大な獣が闊歩するという、まさに地獄のような土地である。

 今回の探索でも、ぴんくがいなければ、あっさり死んでいただろう。

 本当にこの場所とぴんくには感謝だ。



 そういえば、恐竜もどきを焼いた後、ずっと寝ていたぴんくだが、次の日にはすっかり元気になった。

 そして、あの後もたまに襲ってくる巨大な獣を焼き払ってくれている。

 けれどあのレーザーは1日1発が限界らしい。

 だとしても、あの威力はあまりにも凶悪すぎる…………。

 ただし、火力は狂っているが、ぴんく自体には見た目通りの強さしかないらしい。

 つまり7センチのピンク色のトカゲの強さだ。

 そのことが分かったのはある朝のことだった。

 いつも通り目を覚ますと、そこには小さな蛇に体の半分を飲み込まれたぴんくがいた。

 両手をバタバタさせて、涙目でこちらを見ている。


「うわああああああぴんく――――!」


 その時は、無我夢中で蛇の尻尾を掴み振り回していると、ぴんくがすっぽ抜けて事なきを得た。

 ぴんくは相当怖かったようで、しばらくポケットに潜り込んで頭を抱え込んで震えていた。

 あんな巨大な生物をたやすく焼き払うというのに、こんな小さな蛇にも勝てないのか。

 不思議に感じるが、……まあ生き物なんてそんなもんか。

 どんなに強く見える生き物も、次の瞬間には簡単に死ぬ。

 

 後気が付いたのは、恐竜もどきを倒したとき感じたあの甘い匂いについてだ。

 あの匂いは、ぴんくがレーザーブレスを出すと暫く漂うようだ。

 あれから薪に火をつけてもらう機会があったのだが、その時にも薄っすらと甘い匂いがしたのだ。

 そしてあの匂いが出ている間は、今のところ生き物は一切寄り付かない。

 個人的には甘くていい匂いだと思うのだけども……不思議だ。



 収穫については期待以上の成果を得られた。


 一番ありがたかったのは、芋を見つけたことだ。

 里芋のような芋で、ぬるぬるもちもちほくほくして滋味深くうまい。

 群生地を適当に掘ると無限に出てくるので、ほぼ毎日焼き芋にして食べている。

 後はカボチャ、トマト、ニンジン、豆類、バナナ等々少量だが発見した。

 バナナは実も助かるが、葉っぱが便利だ。

 植物については、まだまだ食べられそうなものもあるが、あまり見慣れないものには手を出していない。

 キノコ類も見かけはするが、流石に怖くて食べていない。

 このたった直径2キロという狭い範囲の植生としては、異様なほどの多様性である。

 そしてそんな植物の中でも驚いたのがカカオとコーヒーの実の発見だ。

 まるで原始人のような暮らしをしているせいか、嗜好品になりそうなものを見つけると、とてもうれしい。

 カカオの実っぽいものはバナナの葉っぱにくるみ、発酵させた後乾燥させ、とりあえず保管してある。

 いずれサトウキビから砂糖を精製して、チョコレート作りたいなぁ。

 不格好な石の鍋は作ってみたものの、色々道具が足りなさ過ぎて、手の込んだ調理は何もできない。

 コーヒーっぽいものは、石の鍋を駆使してなんとか作ってみた。

 道具も知識も無い状況で作ったので、あまり期待していなかったがが、とんでもなくうまかった。

 とにかくフルーティーで香りが素晴らしい。

 苦みは弱めで酸味がやや強い。

 豆自体がいいのか、鮮度が高いのか、それとも暇に任せて丁寧に作業しているからなのかわからないが、気のせいとは言えないレベルでうまかった。

 昔愛飲していたそこそこ高いコーヒーチェーン店のものよりずっとうまい。

 まさかこんな環境でコーヒーを楽しめるなんて思わなかったな…………。

 こういう雄大な自然に囲まれてコーヒーを飲むと、何とも言えない満たされた気持ちになる。

 そしてぴんくもコーヒーが気に入ったようで、作ると大体ペロペロしにくる。

 ただし飲みすぎると若干酔っ払った感じになるようで、たまに千鳥足になっている。

 大丈夫なのかこいつ…………。




 そういうわけで、ぴんく頼みだが、身の安全を守る技術や力は手に入れたし、食生活も充実してきた。


 

 

 しかし、ここでの生活は、ちょっと何かをしようと思っても、膨大な手間と時間がかかる。

 道具が無いので、原材料から、すべてを手作りすることになる。

 コーヒー一杯入れるのでさえ中々大変なことである。

 実を収穫し、種子を取り出し、焙煎し、細かく砕き、火をおこし、水を汲み、湯を沸かし、自分のシャツ生地を駆使してドリップする。

 けれどそんな手間も、慣れると徐々に楽しくなってくるものだ。

 目的と手段を無理に分けないことで、過程そのものにも色々な価値を発見できる。

 それはまるで、ひとつひとつの所作や道具の細部に、無限の意味を再構築する茶道のような営みだ。

 だから今のこの暮らし、明確な目標も無く、ただただ漫然と生きているこの暮らしは、とても性に合っているし、本当に充実している。


 

 ――――とはいえだ。

 やはり限度というものはある。

 そしてそれが例え矮小で愚かであっても、中々人間の価値観は変えられないものなのだ。

 要するに、いい加減いろいろ面倒になってきたということだ。

 毎回たかがコーヒー1杯飲むのにどんだけ苦労せにゃならんのだと。

 便利な道具が欲しい。

 切実に。

 鉄の鍋や、フライパン、包丁や皿、コップ、そのくらいはあってもいいだろう。

 誰も電子レンジをくれと言っているわけじゃない。

 原始人みたいな暮らしも確かにいい。

 かつてないくらい体調もいいし、現代的なストレスも無いせいか頭もスッキリしている。

 だが、たまに心の底からうんざりするのだ。

 もう少しだけ文化的に暮らしたい……。


 そういうわけで、今一番俺が欲しているのは、外の世界だ。

 この直径2キロのそこそこ快適な世界には間違いなく外の世界が広がっている。

 そこにはまだ見たことのない何かがあるはずだ。

 そしてできることならば、人の世界に触れたい…………。


 ということで、クレーターの外を、地図を作りながら、探索することにした。

 まずはこの探索を始めるにあたって、スタート地点であるこのクレーターに名前をつける。

 特に迷うことも無く、アジトと呼ぶことに決めた。

 秘密基地っていくつになっても憧れるものだよね。


「よーし頑張るぞ! そしてぴんく! 結局お前頼みだっ、よろしくおねがいします!」





 そしてそれから3ヶ月かけて、アジトを中心に1泊2日で行ける範囲、おおよそ半径40㎞以内を探索しつくした。


 その結果、4つの傾向が見つかった。

 大まかに東西南北に対応させるとその特徴をとらえやすい。


 まずは東。

 東には大きな山脈が連なる。

 アジトから東に40㎞時点で、はっきりと稜線が確認できた。

 山には緑もあるようだ。

 人も住んでいるのかもしれない。

 もしかしたら、アジトの湖はあの山から地下水として流れ込んできたものかもしれない。

 標高は3000m以上ありそうで、今の装備ではとても超えられる気がしない。


 次に西。

 西には何もない。

 アジトから西は40㎞時点で、周りの様子に何も変化がなかった。

 ただ一つだけ面白い植物が見つかった。

 興味深いのは、正確にはその植物の樹脂である。

 ぴんくが珍しくポケットから自発的に出てきて、植物をくんくんしていたので何かと思ったが、どうも樹脂の匂いをかいでいたようだ。

 気になったので自分でも確認してみると、乳香のような香りがした。

 いくつか採集して持ち帰り、アジトで火にかけてみると素晴らしい香りだった。

 半分原始人みたいな暮らしをしているが、香りを立てるだけで、一気に文化レベルが上がった気がする。

 ぴんくもうっとりしていた。


 そして南。

 南はやばい。

 南は一番変化に富んでおり、一番危険が多かった。

 安全面を考えると、日帰りできる25㎞地点までしか進めなかった。

 基本的にはこのクレーターの周囲は西と同様の荒地で、ごく一握りの限られた植物しか見られない。

 南へ20㎞程度いった場所からさらに南を眺めると、うっすらと森のようなものが見える。

 そして南へ行くほど、生き物が大きく凶暴になる。

 そういえば、最初に見たあの大蛇も南で見かけたものだ。

 さらに南で火をおこすと、必ず大型生物が寄ってきて襲われた。

 そうなるとぴんくに対応してもらう他ない。

 結果的に探索を続行できなくなり、直ぐに引き返す。

 そうして南方面については、短い距離を何度も行ったり来たりすることになり、なかなか探索を進められなかった。


 最後に北。

 北では大きな発見があった。

 北側の探索を始めた当初は、西と同じくほぼ景色は変わらないので、それほど期待はしていなかった。

 変化といえば、ある程度北に来ると、全く大型生物に遭遇しなくなったことくらいだろうか。

 だが3回目の探索で、ついに見つけたくて仕方なかったものが見つかった。

 北北東へ40㎞程度進んだ位置に、特徴的な三角形の大岩が転がっている場所があった。

 そこで何者かが野宿をした痕跡を見つけたのだ。

 火を使用した痕跡も見られ、しかもまだ微妙に地面に熱が残っていた。

 さらには人と蹄のある動物により踏み荒らされた痕跡が東西へと続いていた。

 明らかに知性のある何者かがここで野営したはずだ。

 この発見にはかなり興奮した。

 今まで探索していて、何ひとつ人の存在を示す痕跡は見られなかったからだ。

 正直ここまでは、人間は存在しない世界である可能性を考え不安になったりもしていた。

 しかし人の痕跡を見つけてうれしい反面、それと同時にとても怖くなった。

 敵対的な相手だったらどうしよう。

 もし対応を間違えれば、アジトを奪われたり、殺される危険性も十あるだろう。

 ここは慎重に動かなければ。




 以上がこの3ヶ月の成果である。

 さて、当面考えるべきことは、やはり北の三角岩のことだろう。

 あの場所の痕跡を見る限り、たまたま使用されたものでないことはわかる。

 人が何度も往来し、中継ポイントとして利用している場所だと思われる。

 あの岩の形も、いい目印になる。

 ということは、また必ずあの場所に誰かが、戻ってくるということだ。

 ただ、それほど多くの人があの場所を往来しているとは思えない。

 少なくとも交易上一般的なルートとはなっていないはずだ。

 周りには真新しい足跡以外の痕跡は無く、しばらく滞在した際も人の通りかかる気配はなかった。

 とても活発な往来があるような場所とは思えない。


 ではそんな場所を利用しているのはどんな人物なのだろう。

 流石に情報が無さ過ぎて何にもわからんな…………。

 そもそも俺が想像するような人間かどうかも分からない。

 とはいえその目的は、大体限られてくるだろう。

 何かを輸送するため、もしくは何かから隠れるためではないだろうか。

 

 どちらにしても、相手にリスクとリターンを適切なバランスで提示することが重要だ。

 最低限、こちらに危害を加えるにはリスクが高くて、リターンは低い相手と認識してもらわねば。

 そして出来ればいい関係を築くと十分なリターンが見込める相手としても認識してもらいたい。

 であれば、…………アジトでの収穫物を見せるのはまずい気がする。

 この3ヶ月ほぼ毎日探索したが、アジトのような場所は存在しなかった。

 アジトの価値自体は相当高いものだと思う。

 リターンとしては大きすぎる価値だろう。

 なにより今の段階で、俺の生命線はアジトとぴんくだ。

 その存在を気取られるようなことはしたくない。


 ぴんくが倒したやつらの採集物を見せるのはどうだろうか。

 角や骨、肉の燻製、毛……くらいか。

 あの巨大な獣たちを狩れる人間は少ないだろう。

 その採取品を見せることで、こちらにそれらを倒しうるほどの何かがあるかもしれない、というリスクも同時に提示できるのではないだろうか。

 そもそもあいつらは数が少ない。

 例え簡単に狩れる手段があったとしても、大量には手に入れるのは難しいだろう。

 それゆえ、一定の希少性は見込めそうだ。

 

 後は乳香も持って行ってもいいのかもしれない。

 乳香はアジトの西側で普通に採取できたし、貴重だとしても驚くほどのものではないだろう。

 つまり大きすぎないリターンを提示できる。

 少なくとも殺して奪い取るほどの価値は無いだろう。


 まぁ色々無駄に考えすぎかもしれないし、まったくの筋違いかもしれない。

 とはいえ、情報ゼロで相手のニーズを探るのには限界がある。

 今考えられるのはこんなところだろう。



 次に考えるべきは出自をどう説明するかだろう。

 こういうのは適当に嘘をつくと大体失敗する。

 何でここいるのか自分にもわからないとしておくのが良いだろう。

 実際よくわからないし。

 この辺をうろつきながら、適当に狩猟採集して食いついないでいると言おう。

 実際その通りだし。

 大型種をどう倒しているか聞かれたら、それは秘密の技で何とかしていると言うか。

 実際に秘密の技イコールぴんくだしな。

 

 うーん……。

 我ながら怪しすぎる気もする。

 まぁ多少怪しいことは仕方ない。

 下手に嘘をついて、それがばれるほうが遥かに悪い結果になるだろう。

 とりあえず大まかにはこんなもんかな。

 後は荷造りして、よく休み体調を整え、出たとこ勝負だな。

 最悪ぴんくにすべてを消し飛ばしてもらうか。

 出かける前から無駄に緊張してきたぞ。

 ところで…………言葉は通じるのかしら。




 

 それから3度の探索を経て、ついに俺はメナスキャラバンの面々と出会うことになった。

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