第134話 試飲②

 ちなみにこのラウラ酒、当然のことながらアジトの面々はすでに何度も試飲している。

 もちろん酒として飲む以外にも、乾燥させた果物を漬け込んだり、肉や魚の臭みを抑え風味を付けたりと、お菓子や料理にも大活躍している。


 元々強い酒が好きな鬼達も大変気に入っており、ギゼラを中心に飲み方自体も色々と工夫を凝らしていた。

 ラウラ酒はサトウキビジュースをそのまま発酵させており、そのままだとやや癖が強い。

 さらに樽で熟成させていないせいもあり、そのままだと少々癖が強く、人によって好き嫌いはありそうな風味ではある。

 だが、カクテルにすると一気に飲みやすくなる。

 とりわけアジトの果物やハーブと併せて飲むと、抜群にうまい。

 昼間から湖の畔で、木陰に寝っ転がり、ラウラ酒のカクテルを傾けていると、まるで高級リゾートにでもいるような贅沢な気分を味わえる。

 たまに木琴で奏でられる謎の音楽が聞こえてきたり、目の前を大きなカワウソがヨタヨタとうろつきはするが、まぁそれはそれで味わい深いものだ……。

 ちなみにオスカーはラム酒とコーヒーに少しオレンジの香りを付けた変わり種がいたくお気に入りだ。

 一度飲ませてもらったが意外に悪くなかったし、何とも言えない洒落っ気を感じた。

 あいつはこういうことに関しては、意外と渋い趣味をしている。

 さらに漬け込んだ果物をどっさりと使ったパウンドケーキも尋常じゃ無くうまい。

 ラウラ曰く悪魔のケーキらしい。

 そもそもラウラ酒漬けの果物は、それだけで食べても大人びた芳醇な味わいがあり、ちょっと味見をしようとすると、なかなか手が止まらなくなるほどうまい。

 それに加えてアジトの砂糖やエリザベスの乳を利用し、工夫を重ねて焼き上げたパウンドケーキだって、それだけでも露店では半年先まで予約が必要なほどの人気商品だ。

 その組み合わせとなると、ラウラが悪魔のと形容したくなるのも納得の、実に背徳的な味がするのだ。

 ラウラ以外にも実はザムザもこのケーキはかなりお気に入りで、パウンドケーキから露出した果実部が少しカラメル化したところを齧るのが好きらしく、その部分を狙って取り分けてやると子供のように喜ぶ。

 それでもミルとしては果物のラウラ酒漬けも、それを使用したパウンドケーキも、まだまだ改善点が多く、完成形には程遠いらしい。

 確かに、この世界ではレシピなんて都合の良いものがそう簡単に手に入るわけもない。

 まったくの手探りで、この未知のお菓子を作り上げなくてはならないのだ。

 はやくラウラ酒を一定量確保して、いろいろと試してみたいという気持ちもよくわかる。

 そうしてラウラから悪魔として崇拝されるようになったミルだが、この会合ために今のところ一番出来のいいレシピで作ったパウンドケーキをしっかりと持ってきている。


「さて、それじゃあ配っていくからね。まだまだ未完成だけど、参考くらいにはなるだろうさ」

「ミル、皿は……あぁ、いらないようだな」


 ミルは持ってきたケーキを手早く切り分け、近くの人から直接手渡していく。

 皆喜んで席を立ちケーキへと手を伸ばす。


「みーるー、ぎゃぁう~!」

「ありがと」

「うわぁ、なにこれー! チョコレートもヤバかったけど、これもすっごいね~。ボナス商会やっばーい」


 クロとシロもこのケーキは特別お気に入りだ。

 それまで静かにしていたエッダもその味に興奮したようで、急に騒がしくなってくる。

 いつも控えめなヴァインツ傭兵団のサラが、とんでもない目つきでケーキを食べる俺達を凝視している。


「ほらっ、まだまだあるからサラ達も食べな」

「あっ! ミル姉さん……す、すいません……うわっ、おいしそ」

「なるほど、これはミルが菓子にこそ使うべきだというのも分からんでもない……素晴らしいな」

「ん~っ、これはまた……おいしいですね! ねー、コハクちゃん」

「うぉっ、こりゃ甘いな……だが酒の風味が良い」


 ハジムラドは何度も鼻を近づけ香りを確認したり、含まれる果物を凝視したりしつつ、一口で食べられるであろう小さなケーキを少しずつ齧ってはじっくりと探るように味わっている。

 こいつは料理評論家か何かなのだろうか。

 そういえば、チョコレートの時もいろいろ細かいことを言っていたような気もする。

 メナスは……少し酔っているのかもしれない。

 一口ケーキを食べるたびに目をつむってコハクを抱きしめ、ビロードのような毛皮に顔を埋めて実に幸せそうだ。

 ラウラ酒に続き、ケーキのほうもたいへん気に入ってくれたようだ。

 ピリは単純にケーキの甘さに面食らっている。

 確かにこいつはうちの露店でチョコレート食ったことも無さそうだし、単純に甘味に慣れていないのだろう。

 先に食べ終えたクロが厨房から湯を貰ってきて、ミルと一緒に手早くコーヒーを淹れてくれる。

 俺はというと、延々ケーキから果物をほじくりだし、ポケットへ向かってせっせと投げ入れている。

 ぴんくは果物のラウラ酒漬けの大の愛好家なのだ。

 よく調理場でミルと謎の攻防を繰り返している。


「みんな気に入ってくれたようで良かった。次の酒を出す前にひとまずコーヒーで口直しをしてくれ。しかし、これでミルがお菓子用の酒として使いたいと主張するのもある程度納得できるだろ? 他にもチョコレートやナッツ類何かとも相性が良いんだ。それに樽で寝かせて香りを付ければ、酒と同様にもっとうまくなるだろう」

「確かに、素晴らしいな。だがこれほど上等な果物や大量の砂糖を使っている時点で反則だ。領主様でさえこれほどの菓子を食べたことがあるのかは……。悪魔的な食い物だな」

「あぁっ……このケーキは正に絶品でした。コーヒーが一層美味しく感じますね。幸せです、ウフフフッ」

「お前らこんなやばい食い物まで取り扱ってたんだな。まったく、恐ろしい奴らだな……だがまぁ、いよいよこの話からは降りられんようになった。自分の手元にこの酒が来るのは少々怖くもあるが、それ以上に他の奴らに持たれるのはもっと恐ろしい。何よりそんなことになったら……想像するだけで気に食わん!」


 ハジムラドやメナスはコーヒーを傾けつつ実に満足げな表情だ。

 メナスなどはコーヒーを傾けつつ、じっくりとケーキの余韻を楽しんでいるようだ。

 ピリはケーキの甘さには若干ひいていたが、文句は無いようだ。

 むしろオーナーとして、意欲を増したようにも見える。


「それじゃ、次はこれ飲んでみておくれよ。今日はとりあえず二種類作ってみたけど、まずはこっちかな?」

「ああ、それがいいと思うよ、ミル。そっちのほうがさっぱりしているし。ラウラの氷があればもう一段うまいんだけどなぁ……」

「ボナスさん……これは、果汁を混ぜたものですか?」

「そうだよ、メナス。さっきのも結局一気に三杯ほど飲んでいたみたいだけど、大丈夫? 割と強い酒なんだが……」

「ごめんなさいね。あまりに美味しくって、つい……でも大丈夫ですよ。私、まだまだ飲めますから~」

「うん、やっぱりそのまま飲むより、こっちの方があたしは好きだなぁ」

「ミルは自分で味を調整したのもあるだろうが、確かにこっちのほうが飲みやすいよな。まぁ樽で寝かせるとまた違いそうだが……」

「なるほど、邪道な気もしたが、これはこれで良い飲み方だな。今の段階ではこちらのほうが飲みやすくうまい。樽で寝かせるとどうなるのかが余計楽しみだ。ただまぁ……やはりさっきのケーキと同じで、これほど鮮度が高く香りの良い果物は、普通そう手に入るものでも無いがな」

「大体俺もハジムラドと同意見だ。いや~、ほんとうまいな」

「ちなみにコーヒーとも合うんだよ、この酒」

「ああ! 確かにそれはそうかもしれんな……う~ん、さっき試してみればよかった」

「まぁ、いずれまたな」

「ボナスさん、私はもうダメです、降参ですね。このお酒のこと気に入りすぎてしまって、あまり参考になることを言えそうにありません。どうやって飲んでもあまりにも美味しくって……ミルさんもう一杯いただけます?」

「メナスが……珍しいな」

「わかったよ、じゃあもう一種類の方も比べてみてね」

「ああっ、こっちのも甘くって……おいしい……ウフフフッ」

「んなぅ~?」


 メナスは相当気に入ったのか、結構なペースでカクテルの方もパカパカと杯を空ける。

 それほど顔に赤みが差しているわけでは無いが、明らかに言動がいつもとは違う。

 何となく表情が幼げで、笑顔が止まらないようだ。

 なんとなくコハクを抱っこしているのが影響している気もする。

 なぜかあいつを抱っこしていると、幸福感と共に不思議な安心感があるのだ。

 ラウラが不安になったりストレスを感じると、コハクを探して夢遊病者のようにうろつきまわるのもわかる気がする。

 ハジムラドは酒の品評をしつつも、メナスのそんな様子をちゃっかり横目で楽しんでいるようだ。

 普段の不機嫌面を残しつつも、少し楽しそうな何とも言えない表情を浮かべている。


「酒、もう半分ほどしかないんだが……どうする?」

「飲みましょう、全部!」

「そうだな。今の段階で他の誰かに飲ませるのもな……」

「決まってる! こんな危険なものは俺達でしっかり処分しないとな!」

「はぁ……まぁ、それもそうだな。ミルなんか別の作れる?」

「ああ、まぁそれっぽいのなら。本当は酒はゼラちゃんのほうがうまく扱うんだけどねぇ……」


 持ってきた酒壺を持ち上げてみると、思った以上に軽くなっていた。

 これだけの量を作るのにもそれなりに苦労はしたが、中途半端に残しておいても仕方が無い。

 ここで全て消費してしまっても良いだろう。

 ラウラは蒸留作業をする際に魔法で色々と協力してもらいつつ、それなりの量試飲済みだ。

 何より彼女の場合は酒よりお菓子だ。

 その分はミルが先んじてしっかり確保している。

 それに……どうせすぐ追加で作ることになるだろう。

 ちなみに熱源としてラウラに魔法で協力してもらったものの、蒸留については非常に原始的ながら一般的な工程で行った。

 実はニーチェに頼めば一瞬でアルコールを綺麗に分離してもらえるようだが、あまりにも綺麗に分離するので、酒として飲めるようなものにはならないのだ。

 燃料や工業用には使えそうだが、手持ちの道具では取り扱いが難しい。

 なによりニーチェたちをやる気にさせるのは至難の業だ。

 木琴は頼まなくても演奏してくれるんだけどな……。


「おーい! なんかつまめるようなものを持ってきてくれ!」

「そうですね。甘いものばかりでしたから、私も何かナッツ類をお願いできますか?」

「俺もメナスと同じものを貰おう」


 何時の間にかただの飲み会のような風情になってきた。

 まぁ今日は話合いと言いつつも、どちらかと言えば試飲が主要な目的だったので、これはこれで良いのか知れない。

 エッダは酔った母親を完全に放置して、サラと何やら話し込んでいる。

 年齢も近いし、話が合うのかもしれない。

 遠征中にすっかり仲良くなっていた。

 クロは何時の間にかピリー傭兵団に囲まれて、色々な食べ物を献上されている。

 たまにナイフを使って曲芸のようなことをして見せ、熱烈な声援や拍手を貰ったりしている。

 かつてのことを思うと考えられないような風景だ。

 ピリ本人だけは、未だにクロのことが苦手のようだが……。


「シロ、俺は今あまり気分じゃないから飲んでいいよ」

「うん、ありがと。よいしょっと」

 

 アジト以外ではどうも昼間から酒を飲む気になれず、背後のシロへと声をかける。

 ヴァインツ村で魔人に狙われたことで、無意識に気を張っているのかもしれない。

 シロはくるりと体の向きを変えると、俺ごと抱え込む様にしてコップを受け取る。


「ボナス、お前なんかあれだなぁ……。シロとボナス、メナスとコハク、同じような体勢で並んでいると何とも言えない絵面だぞ」

「ウフフフっ、コハクちゃんを抱っこして飲むお酒は別格ですね~。私も何か……でもこれほど綺麗な毛並みの動物はちょっと見たことがありませんね。それこそ種類は違うけれど比べられるのはエリザベスさんくらいかしら? こんなに大きいのに、まだ赤ちゃんみたいに無邪気な顔をして……かわいい」

「そうだね、メナス。ボナスもなかなかかわいいんだよ」

「シロ、俺の毛並みは成長期のコハクと違って色々と……頼りないんだ。あまり強く撫で繰り回してくれるな」

「けど、コハクちゃんは本当にいい子ですね~。爪なんてほら、とても鋭くて大きいのに……ちゃんと抱っこされている時は引っ込めていて……、いい子だにゃ~」

「んにゃうん?」

「ああ、きっつい……。ボナス、私も飲みたくなってきたんだけど」

「エッダ、あなたはダメですよ~」


 メナスがいよいよ本格的に酔っ払ってきたようだ。

 にゃぁにゃぁ言いだした上機嫌なメナスをハジムラドとエッダがそれぞれ対照的な表情で見ている。

 ハジムラドほどでは無いが、確かに普段のメナスからは考えられないような隙だらけの姿に、たまにはこういうのもありかと俺も思わず頬が緩みかける。

 だが、シロの拘束が心なしか強くなったような気がして、慌てて視線を逸らす。

 俺の毛並みが早速危機を迎えている。

 酒を一滴も飲んでいないはずのエッダは、もう二日酔いにでもなったかのような顔で母親の様子を見ては頭を抱えている。

 ピリは横からコハクの爪を覗き見ようとしたのか、顔に何度か猫パンチを喰らっている。

 コハクはまだまだ子供だが、普通の成猫と比べても肉厚で太い腕をしているので、意外といい音が鳴っている。

 それでも爪はしっかり隠されているし、肉球がしっかりとしたクッションになっているのだろう。

 ピリは痛がるどころか妙にデレデレとうれしそうな顔をしてコハクを見ている。

 鬱陶しいことこの上ない。

 それにしても試飲だけのつもりが、ずいぶん砕けた雰囲気になってしまった。

 だが外はまだ明るい。

 エッダではないが、これ以上ほぼ素面のまま酔っ払いたちの相手をするのもきついものがある。

 ギゼラやザムザ、オスカーだってまだ露店で働いているのだ。

 そろそろ俺達だけでも露店へ戻るか。

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