第83話 商会

 翌朝、メナス達と朝食をとりながら、これからのスケジュールについて相談する。

 昨日は酒も入っていたので、結局あのまま野宿してしまったのだ。

 エリザベスにみんなでくっついて寝たおかげか、意外とよく眠れた。


「――――そういうことで、一度準備をして、明日には俺達もサヴォイアへ行くことにするよ」

「わかりました。露店も出されるのですよね?」

「ああ、一応その予定だよ」

「それでは、明日昼過ぎに市場へ行ってみますね」

「ありがとう」


 エッダは朝食をかじりながら、コハクがエリザベスの乳を飲む様子をほっこりした顔で覗き込んでいる。

 こいつ寝癖が凄いな……。


「あ~も~かっわいいな~!」

「そういえば、この尻尾のキラキラって何かわかる?」

「……なにそれ? 綺麗だね~」

「まぁ分からんよな……」

「神獣……」

「うん?」


 メナスが聞きなれない言葉をつぶやく。

 エッダの後ろに回り込み、ブラシで髪を整えながらコハクとエリザベスを観察していたようだ。


「それはどういう意味?」

「ああ、タミル帝国の有名な神話に出てくるのですが――――」


 どうやら神獣というのは、タミル帝国の神話に出てくる伝説上の生き物のことらしい。

 今のタミル帝国ができるよりはるか昔、とある小さな国の危機を救った英雄を乗せていた、角のある大きな動物だったらしい。


「エリザベス……」

「ぎゃーぅ、ぐぎゃう~」

「ンメェェェ~。メェ?」


 その話を聞いていた皆がエリザベスの方を見る。

 乳を飲み終えたコハクをクロが回収していくと、エリザベスは固まった体をほぐすように、体を伸ばしながら立ち上がる。


「その動物の毛は赤かったらしいので、エリザベスさんとは無関係でしょうね」

「そ、そうなんだ」

「そうして英雄を助け国を救った神獣は、徐々に自分を利用しようとするその国に対し腹を立てるようになり、最終的には怒り狂い、滅ぼしてしまったそうです」

「えぇ……何とも救いようのないお話だなぁ」

「タミル帝国ではなかなか人気のあるお話ですよ」

「エリザベス、知ってる?」

「メェ~」

「……どうでもよさそうだな」


 何となくだが、その神獣もキダナケモだったんじゃないかと思う。

 まぁメナスも直接は言わないが、そう思っていそうだ。

 もしかすると、地獄の鍋から離れすぎたか、あるいは大きくなりすぎたのが、怒り狂った本当の原因じゃないだろうか。

 まぁ実際のところは永遠に分からんだろうが、色々と今後の教訓にはさせてもらおう。


「ボナスさん。出過ぎた提案かもしれませんが……商店、あるいは商会を名乗った方が良いかもしれませんねぇ」

「え? 商会か……なるほど。いいかもしれない」


 確かに、今のままだと自分たちのことを何と呼べばいいのか、いまいちはっきりしない。

 これまでは、仲間や身内などとあいまいに言ってきたが、そろそろきちんとした呼び名があった方が便利だろう。

 それに身内に目立つ鬼が三人もいる。

 これが相当目立つことであるというのは、常識の無い俺にもいい加減わかってきた。

 黒狼の件は置いておくとしても、今後変に戦力を期待されるようなことになっても困る。

 そういう意味では、色々なリスクを避けるうえでも商会というのは良いかもしれないな……。

 多分メナスもそのあたりのことを、危惧して提案してくれたのだろう。


「虐殺団とかいいんじゃないか?」

「ザムザ……お前最近ちょっと見直していたのに……」

「かっこいいと思ったんだが……」

「かっこいいか? ……まぁそれはともかく、なるべく暴力を売りにするような名前は避けておきたい」

「可愛いのが良いよね。ぴんく商会は?」

「シロ……それはそれで、何だかまずい気がするんだ……」


 ぴんくがポケットの中で激しく動きまわっている。

 あぁ……、これは後でご機嫌を取らなくては……。


「ボナス商会でよろしいのでは? 代表の名前を付けるのは一般的ですよ。私達も一応正式にはメナス商会で色々活動していますね」

「へぇ~、そういうものなんだ。じゃあ……それで!」

「相変わらずボナスは安易だねぇ……」

「わかりやすくていいじゃん~」


 ミルが失礼なことを言ってくるが、実際ギゼラの言う通り色々な意味で分かりやすくていいと思う。

 多分商会の顔が俺な時点で、色々察してくれるだろう。

 少なくとも荒事を頼みたくなるような顔はしていないと思う。


「メナス、相変わらず的確なアドバイスだわ。ありがとう!」

「いえいえ、これからのボナス商会を楽しみにしていますね」


 先程の神獣の話では無いが、彼女はエリザベスを戦力として当てにされることを心配してくれたのだろうな。

 まぁどのみちエリザベスのサイズじゃ、地獄の鍋から出られないのだが……。


「それでは、そろそろ私たちは出発いたしますね」

「ああ、ありがとう! みんなも久しぶりにみんなで飯が食えて楽しかったよ!」

「ミル! 約束したものサヴォイアへ忘れずもってくるんじゃぞ!」

「はいはい、わかってるよ爺さん。あんまり興奮すると昨日みたいに腰を痛めるよ?」


 昨日ジェダは踊りすぎて腰を痛めたらしい。

 愚かにもクロに対抗しようとしてしまったらしい。

 ちなみに俺も筋肉痛だ。


「それでは、またサヴォイアでお会いしましょう」

「ああ、また明日!」





「ボナス。俺はエリザベスやコハクとアジトに残ろうかと思う」

「うん? ザムザは俺と来ないのか?」


 アジトへ戻る途中、エリザベスの背中に揺られながら、ザムザがそんなことを言いだした。

 これまでなんだかんだ、ずっと俺にくっついてきていたのに、どうしたのだろう。


「多分誰かアジトで留守番をしたほうが、ボナスは動きやすくなると思う」

「確かに……まだ少しの間、エリザベスとコハクはなるべく一緒にいた方が良い気もするし、そうなると誰かはアジトにいてくれた方が助かるが……」

「それに、俺はボナスがやり始めた、アジトの地図作りを進めてみたい」

「ええっ。まぁ湖の形を描いただけで、あんまり進んで無いもんなぁ……」

「俺はああいう作業が割と好きなようだ。前にヴァインツ村でボナスと一緒に地図を作った時もそうだったが、なんだかああいう作業をしていると……ワクワクするんだ」


 さっきは頭の悪そうな提案をしていたが、ザムザは意外と知的な好奇心や欲求が強い。

 もしかすると、研究者なんか向いているんじゃないだろうか。


「じゃあ、留守番頼もうかなぁ……。それにそうしてもらえると、時間を決めればアジトからサヴォイアへ通勤できるかもしれないな~」

「ああ、ボナス達と別れて活動するのは少し寂しいが、そうしてくれ」

「キダナケモが来たらどうするの?」

「ちゃんと料理できる?」


 シロとギゼラが、まるで保護者のように心配する。

 まぁコハクのことがあるしな。


「基本的にはコハクとはずっと一緒にいるようにするし、襲われても逃げるだけなら何とかなると思う。食料はミルが作ってくれた保存食が大量にある。大丈夫だ」

「メェ~メェ~メェ~」

「エリザベスも協力してくれるのね」

「……それならまぁ大丈夫かな」

「まぁ、アジトなら何とでも逃げられるし、そのまま食べられるものも沢山あるか……」


 ザムザが少しすねたような顔で自分の考えを説明する。

 確かにアジトの地形を上手く使い、逃げに徹すれば、ザムザほどの脚力があれば十分可能だろう。

 まぁ、コハクの母親のようなのが来たらどうにもならないだろうが、それは俺達がいても同じことだ。


「ボナス。あたしはサヴォイアへ着いたら、しばらくヴァインツ村の奴らと一緒に行動しようと思うんだ」

「確かに……、ミルはそのほうがいいだろうな」


 食生活の水準が若干落ちそうだが仕方ない。

 ミルや村人の感情を考えると、明らかにその方が良いだろう。


「ねぇボナス。私も数日はサヴォイアの自宅で寝泊まりしようと思うの……鍛冶したいんだ」

「ああ、それもそうだよな。……ごめんなギゼラ。アジトでは鍛冶難しいよなぁ……」

「う~ん。アジトでも仕事場を整えればできるんだけど、色々と材料を手に入れるの難しいからね~。アジトの暮らしは今でもとっても楽しいし、みんなと一緒にいることができて本当に幸せだよ。たまにサヴォイアで鉄打てれば、それで十分だよ」

「まぁ通勤すれば、どのみち一緒に過ごす時間はあるのか」

「うん」


 しかしそうなると、しばらくサヴォイアではクロとシロの3人で動くことが多くなりそうだな。

 二人がいてくれれば、それだけで十分心強い。

 だが、最近はずっと賑やかな暮らしだったので、若干寂しい気もする。

 なるべく食事はみんなで食べたいなぁ。

 同じように感じていたのか、ギゼラが俺の考えていたことを提案してくれる。


「ミルちゃん。昼ご飯くらいはみんな一緒に食べようよ」

「そうだね。情報共有もしたいし、それはいいね」

「ねぇ……、ところで……さっきからなんでボナスはぴんくに顔叩かれてんの?」


 そう、メナス達と別れてエリザベスに乗り込んでからずっと、ぴんくが俺の顔をペチペチ叩いているのだ。


「ごめんよ~ぴんく~。もう機嫌直してくれよ~帰ったら窯入れたげるからさ~」

「だめだよボナス。最近ぴんくは窯へ入るだけじゃなくて、中の物こっそりつまみ食いしてんだから」

「あぁ……、ミルが窯はだめだって……」


 一瞬ペチペチは止んだが、今度は耳たぶに噛みついて引っ張られる。

 痛くは無いのだが、くすぐったいのでやめてほしい。

 やはり商会名で微妙な反応をしてしまったのが、相当気に入らなかったのかもしれない。

 シロが面白そうにぶら下がるぴんくをつついている。


「イヤリングみたいで、かわいいね」

「あ、そうだ! ボナス商会のロゴマークをぴんくにしよう」

「ロゴって?」

「一目でボナス商会ってわかるような記号化された絵のようなものかな?」

「ぎゃうぐぎゃう~!」

「いいね。かわいいとおもう」

 

 ぴんくがやっと口を離してくれる。

 どうやら、この提案はぴんくはじめ、皆にもお気に召してもらえたようだ。


「絵は……頑張って俺が描くか。ギゼラ、焼き印作ってもらえる?」

「あんまり細かいのじゃなければ大丈夫だよ」

「ありがとう!」


 ぴんくはとりあえず満足したのか、今はもうクロにチョコレートを強請りにいっている。

 切り替えの早い奴だな……。

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