第48話 定員オーバー

 なんだか店の前に人があふれてきたな。


「やっほーボナス。 すごく繁盛してるじゃない~」

「おはようございます。あっという間に人気店ですね」

「メナス、エッダおはよう。来てくれてうれしいよ」


 さらにメナスとエッダの親子ペアがやってきた。

 さっきまでザムザに何かくだらないことを吹き込んでいたアジールが、弾かれたようにこちらに来てエッダに挨拶をしている。


「おはようエッダさん! 今日も可愛いね! 俺のこと覚えてる?」

「ああ~うん。おはよう。クロ~これあげる。後コーヒー頂戴~」

「ぐぎゃーう!ぎゃう~!」

「あははっ」


 エッダが限りなく適当に返事しつつ、クロに黄緑色の布を渡す。

 ああ、クロの目の色に近いのかな。

 クロがエッダに抱き着いて喜ぶ。

 相当うれしそうだ。

 アジールが羨ましそうに見ている。


「エッダ。どうもありがとう。メナスの分と合わせてコーヒーおごらせてくれ」

「ぎゃうぎゃう!」


 クロが布を腰に巻いて謎に体をくねらせポーズをとっている。

 何故か片目をつぶって舌をぺろりと出してこちらをみている。

 どういうポーズだよそれ……。

 まぁ普通に可愛いんだけど。


「よく似合っているよ、クロ。最高にキュートだ」

「いいね~。見つけた瞬間に似合うと思ったんだ~」

「ああ…………可愛いわ」

「ぐぎゃう~~!」


 クロはくねくねとよろこんでいる。

 マリーはいつの間にか横で鑑賞している。



 

 そうして、いよいよ露店周りが騒がしくなってきたところで、クララがやってきた。


「ちょっとボナス。あんたの所の露店、繁盛しているのは結構だがね、もう少し何とかならないかい? 人が屋台前に溜まりすぎて歩きにくいよ」

「ああ、すまんね。今度から何とか考えるから今日だけは勘弁してもらっていいかな」

「私も協力して何かいい方法考えたげるよ」


 メラニーがフォローしてくれる。

 こいつ本当に性格いいな。


「はぁ~。分かったよ。次回から通行の邪魔にはならないようにね」


 そういうとクララはまた滑るように消えていった。

 しまったな。

 まさかこんなに人が集まるとは想定していなかったからなぁ。

 だけども、こうやって人が集まる状況を無くしたくはないんだよな。

 オープンカフェみたいな場所を確保したいところだな…………。

 とは言えうち一店舗で場所をとりすぎるわけにもいかないし、悩ましいところだ。


「ボナスさんすいませんね」

「いやいやメナスは何も問題ないよ。俺があまりよく考えていなかっただけだから」

「客商売は考えることが多くて難しいですねぇ」

「まあでも直接色々な人と話ができて楽しくもあるよ」

「それは良かったです。また何か協力できることがあれば声をかけてくださいね」

「ありがとうメナス! ほんといつも助けられるよ」

「いえいえこちらこそ」


 アジールはこちらには我関せず、頑張ってエッダに話しかけている。

 メラニーが何故か申し訳なさそうに話しかけてくる。


「ごめんね~母さんも立場上ああいうこと言わなくちゃなんなくてね~」

「…………母さん?」

「うん? クララは私の母親だよ?」

「まじかよ!」


 うわー予想外だったわ…………。

 いずれメラニーも滑りながら移動できるようになるのか?

 それにしても世間狭すぎだろ。

 いや、最初からこの親子に試されていたのか。

 場所を指定したのもクララだもんな。

 とはいえ、この親子は普通に善良だし、何ら悪意も無いだろう。

 俺としても、今さら彼女たちに対し悪い感情なんて持ちようもない。


「もしかしてメラニーの家に行くと、クララも出てくんの?」

「いや、今は一人で暮らしているよ。一緒に住もうって言ってるんだけど、偏屈でねぇ~」

「そうなのね」

「クララさんは、ああ見えて優しい方ですよね。私も出店する際はいつもお世話になっていますよ」

「そういえばメナスもたまに出店しているんだっけ」

「ええ、場所なども皆が商売をしやすいよう、よく考えてらっしゃいますね。細かく配慮いただいてますよ。ボナスさんコーヒーごちそうさまです」


 メナスがカップを返してくる。

 相変わらずひとつひとつの仕草が上品だ。

 一方娘のエッダはシロとギゼラと何か話をしてゲラゲラ笑っている。

 お前はもっと母親を見習え。


「ボナスー。なんか見るたびに仲間増えていってない? キャラバンでもするのー?」

「しないよ。今度新しいペットも紹介してやるよ。めちゃかわいいぞ」

「えーなにそれー! 連れてきてないの?」

「ひみつ~」

「またかよー! まぁどうせまた会うし、いっか。それじゃみんなまたね~」


 そういうとメナスとエッダは去って行った。

 アジールは何度も話しかけていたようだが、ほぼ相手にしてもらえなかったようだ。

 そしていつの間にかザムザは手伝いをさせられている。

 シロに水瓶を持たされ、水汲みをしていたようだ。


「ところで、アジール。何か話があったのでは?」

「エッダさんやっぱかわいいなぁ……。ああ、そうそう。明日の予定と報酬を伝えに来たんだったわ」

「そういや詳しく聞いてなかったな」

「報酬は一応ボナスたちまとめて基本100万レイで、働きによってはボーナスが付く」


 思ったよりもらえるな。

 まぁ今回は領主からの依頼だから特別なのだろう。


「結構おいしいな」

「ああ、だから言っただろ。おいしい仕事だって。まぁボナスはともかく、仲間は強そうな面子が多いんで、少数で挑むというのも大きい」

「すまんね俺だけ戦力にならなくて!」

「それで予定だが、明日の朝、9の鐘に東門集合でいいか?」

「わかった」


 ちなみにこの街には小さな塔があり、1時間おきに鐘を鳴らしている。

 街の人々は大体その鐘の音を目安に時間を把握している。

 つまり9の鐘とはそのもの9時のことだ。


「移動は徒歩のみになる。大体村まではゆっくり歩いても半日あれば着くだろう」

「村についての情報はあるのか?」

「人口200人程度の小さな村で、海に面していると同時にタミル山脈の麓にある」

「へ~漁村かな?」

「いや、基本サヴォイアより東側の海では船は出せないことになっている。タミル帝国とレナス王国の緩衝領域なので、航行は禁止されている。一応名目上はだが……」

「なるほどね~」

「なので、基本は牧畜と、……後はオリーブなんか育てていたと思う。俺もあまり知らんが」

「黒狼については何か情報はある?」

「そういや私たちの集落でもよく見たよね。シロ」

「うん」


 そういやシロたちの集落はタミル山脈の麓にあると言っていたな。


「これから行く村と、シロたちのいた集落は近いのかな?」

「ううん、私たちがいた集落はそこからだいぶ南だね。でも黒狼は基本タミル山脈ならどこにでもいるんじゃないかな」

「山に住んでいる狼なのね」

「そうそう、大体5、6匹で群れて狩りしてるのを見るね」

「おいしくない」

「そうなんだよね~。数だけは多いから、食べ物がないときは私たちも狩るんだけど、何しろ肉が臭くって…………」

「俺もあの肉はあまり食いたくないな。まぁたまにサヴォイアの安宿でもでてくるけどな」


 話だけ聞いていると、まったく脅威に感じないな。

 群れると規模も平均的には思ったより少なそうだ。

 などと温いことを考えていると、そのことを察知したのか、マリーこちらを見る。


「今回は油断できない。100匹ほどの群れを見たという話もある。普通、ありえないことよ」

「ここだけの話、裏でタミル帝国が何かしていてもおかしくはない。だからの領主命令さ」

「レナス王国とタミル帝国は表立っては和平を結んではいる。けれど、お互いにできる嫌がらせはなんでもする関係よ。今回のこともその一環の可能性は高い」

「うわぁ~」


 国の政治か……思った以上にきな臭い話だな。

 まぁ、嫌がらせに収まる程度の話と考えればいいのか。


「とは言え、所詮黒狼。油断しなければ大丈夫よ」

「まぁ安全第一で頼むわ」

「ええ、それじゃ私たちも準備してくるわ」

「んじゃ、また明日な~」

「ああ、明日はよろしく」



 そう言うと、マリーとアジールは立ち去って行った。

 親方もいつの間に消えている。


「ボナス。じゃあ私も一度家に帰るよ。みんなまた後でね~」

「メラニーおつかれさま。じゃあ、露店しながら待っとくよ」


 顧客達がはけていき、周りが急に静かになる。

 やっと落ち着いたな。


「ぎゃう~」

「クロ、コーヒーありがとう~」

「ありがと」

「わーい! さすがクロ! 気が利く~」

「いただく」


 クロも手が空いたので、みんなにコーヒーを淹れてくれた。

 ちゃっかりザムザも混ざって嬉しそうにしている。

 メラニーが来るまで少しのんびりするかぁ。

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