第44話 鬼達

 気を取り直し、ミシャールの市場に戻る。

 露店は相変わらず盛況なようだ。

 クロが一人で完ぺきに露店を回している。

 小鬼一匹で店番をしていることについて、みんな何も思わないのだろうか……。

 この世界の人々は適応力が高いな。

 まぁモンスターやらキダナケモやらいる世界だ。

 なるようにしかならんのだろう。

 所でだ――――。


「…………なんでお前がついてきているんだ?」

「うん? 鬼女を2人も連れている奴なんて鬼族でもそういない。だから学ぼうと思った」

「へ、へぇ……」


 なんだか意味の分からないことを言いだしたな。

 シロとギゼラはもはや鬼男の存在を完全に無視している。

 これどうすりゃいいんだろう。


「名前は?」

「ザムザだ」

「俺はボナスだ。傭兵やっているのか?」

「ああそうだ。俺はキダナケモを倒したこともある鬼族の英雄だ!」


 シロとギゼラが馬鹿にしたような顔をしてザムザを見ている。

 ザムザがその視線に気が付き、ちょっとしょんぼりしている。


「ぐぎゃう?」

「あれ? ボナスおかえり」


 クロとメラニーがこちらを不思議そうな顔で見ている。

 ああ、こいつ何て説明したらいいんだろう。

 もうほっとこうかな。


「俺は鬼族の英雄ザムザだ。しばらくボナスについて学ぼうと思う」


 勝手に自己紹介しだした。

 英雄と言うたびに、シロとギゼラが鼻で笑い、ザムザがしょげる。

 もう英雄とか言わなければいいのに…………。

 まずはそのあたりから学んだらどうだ。

 それにしても、ザムザはあんなにボコボコにされたというのに顔の形は元に戻りつつある。

 反則的な回復力だな。


「ボナス。買い物できなくて残念だったね」

「ギゼラ明日また一緒に行ってもらえないかな?」

「もちろんいいよ~」

「ザムザ、そんなところに立ってたら邪魔でしょ」


 シロがそう言うと弾かれたように屋台の後ろに回り込む。

 こいついくらなんでもシロに怯えすぎじゃないか。


「シロ、こいつほっておいてもいいのかな?」

「まぁ邪魔さえしなければいいんじゃない? 子供だしね」


 シロから見るとお子様なのか。

 まぁ確かに顔つきはちょっと幼いよな。


「ザムザ何歳?」

「14だ。成人している!」


 14歳……なるほど。

 ギゼラはもはや見向きもしていない。


「ずっと俺の後をついてくるのか?」

「いや夜は寝る」

「そりゃあそうだろうな。どこか宿をとっているのか?」

「いや、道で寝ている」


 どうりで小汚いわけだ。

 確かにこいつらの頑強さを考えるとどこで寝ようが大丈夫だろう。

 今じゃすっかり身綺麗なシロも、最初は臭かったくらいだしな。

 ギゼラも髪の毛ボサボサだし、鬼族身だしなみ適当すぎだろ。

 全身ピカピカに手入れしているクロを見習え。


「ザムザよ、第一の教えだ。たまには風呂に入って身綺麗にしろ」

「?」

「ぐぎゃうぎゃう」


 クロがうんうんとうなずいている。

 ザムザは首をかしげながら自分の体の匂いを嗅いでいる。


「風呂屋に行ってくる」

「お、おう」


 こいつ意外と素直で、ちょっとかわいいな……。

 風呂入る金持っているのかな。

 まぁ傭兵しているらしいし、意外と稼いでいるのかもしれない。

 しかも野宿するぐらいだ。

 大して金も使っていないだろう。

 フィジカル強い奴は楽でいいな。

 少なくとも俺のように色んなものに怯えながら、せせこましく頭を働かせて金勘定する必要は無さそうだ。

 かといって、こいつがうらやましいかと問われると、そうでもないが…………。


「ボナス、チョコレート食べていい?」

「みんなでお茶休憩にしよっか」

「ぐぎゃう!」

「うん」


 クロが手早くコーヒーの用意をしてくれる。

 もう半分ほどになったミルクチョコレートをみんなの分だけ用意する。

 ぴんくとメラニーもちゃっかり寄ってくる。

 結構大量に持ってきたつもりだったけど、だいぶ配ってしまったなぁ。

 ぴんくもいつの間にかつまみ食いしているんだよな。


「クロのコーヒーは本当においしいなぁ」

「お客さんの中には、クロの入れたコーヒーじゃないとダメって人もいるくらいだよ」


 メラニーはうちの露店のことをよく見てくれている。

 まずいことがあれば、さりげなく教えてくれたり手伝ってくれたり。

 常に余裕のない俺よりもマネージャー的な動きをしてくれる。


「クロはもうすっかりこの露店の看板娘だな」

「クロはすごいからね」

「クロが小鬼とか意味わかんないよね~」

「ぐぎゃう~ぎゃうぎゃう~っ」


 クロのモサモサ頭を撫でて、鬼達の暴力によって乱された心の平穏を取り戻す。

 ぎゃうぎゃういいながら身をくねらせる。

 クロもそう言われて満更でも無さそうだ。


「クロもずいぶん可愛くなったなぁ」

「ぐぎゃう~? ぎゃうぎゃう!」

「クロって可愛いし、アクセサリーとか服とかも着こなすのうまいよね。うちの露店のものクロにつけさせると、よく売れるんだ」


 メラニーはよくクロと一緒にいると思ってたが、そんなことまでしてたのか。

 商魂たくましいな…………。

 最近は客たちもクロによく話しかけたり、笑顔をむけたりしている。

 まぁその気持ちはよくわかる。

 こいつは明るく健気で、今や見た目もとても可愛い。

 見ているだけでなんだか明るい気持ちになれる。

 ほんとうにこの露店のマスコット的な存在となっている。


「シロさん、ギゼラさんにも露店仕事中、うちのアクセサリーつけてほしいな~」

「うん? 別にいいよ」

「えーっ、お金いらないの? つけていいの?」

「やったー! こんな美人を私のアクセサリーで飾れるなんて最高よ!」


 そんな気はしていたが、メラニーはいささか尖った性癖を持っていそうだ。

 とはいえ、その気持ちもある程度は理解できる。

 確かにクロの入念な手入れを受けているシロはかなり美しくなった。

 透明感のある白い髪はサヴォイアの強烈な太陽を反射し、新雪のように輝いている。

 完ぺきな肉体に、うっすらと女性らしい柔らかさ。

 そんな健康的な肉体を強調する褐色の肌にアクセサリーを飾り付ければ、それはもう映えること間違いないだろう。

 ただこいつの場合、どちらかと言うと後ろでにこにこしながら、力仕事をこなしていることが多い。

 必然的にお客さんと接する機会も少なくなり、クロほどお客さんとの接触はない。

 それでも傭兵や街の住人が、男女問わずうっとりとした顔で、シロを見ていることは珍しくない。

 

 ギゼラもそのうちクロが何かしら手入れしだすだろう。

 今はある程度身綺麗にはしているとはいえ、髪の毛はボサボサだし、服はほぼ布切れを巻き付けてる程度なので、何となく粗野な印象が強い。

 とはいえギゼラもシロとはまた別の、より女性らしい大人の色気を感じさせる見た目と、中身の天真爛漫な部分が、彼女特有の蠱惑的な雰囲気を作り出している。

 身だしなみを整えることで、そういった彼女の魅力が今後どう化けていくのか楽しみだ。




「メラニーさ、何か本当に気にいったやつがありそうだったら、後で支払うから、そのまま売ってあげてね」

「大丈夫よ。うちの商品だって宣伝してくれるなら、貢いじゃう!」

「まぁほどほどにな」


 今度遊びに行く約束をしたせいか、昨日今日とメラニーはとびきりご機嫌だ。

 遊ぶと言えば、今日はマリーと飲みに行く約束だったな。

 接待役はぴんくとクロに任せよう。



「おっ! おかえり、さっぱりしたな」

「あ、ああ。ただいま」


 ちょっと身綺麗になったザムザがとぼとぼと帰ってきた。

 声をかけるとちょっとうれしそうにしている。


「これ、俺の露店の商品だけど食っていいぞ」

「うん?」


 風呂上りと言うことで、コーヒー牛乳とチョコレートとわたす。

 俺の顔とコーヒーと視線をさまよわせながら、不思議そうな顔をしている。

 ちょっと最初にあったころのシロに似ているな。


「食べなさい」


 そんなことを思っていると、シロからさっさと食べろとばかりに指示が飛ぶ。

 一瞬びくっとして、黙ってコーヒー牛乳を飲み、チョコレートをもしょもしょと食べる。

 口にあったようで、笑みを浮かべている。

 笑うと余計幼く見えるな。


「邪魔にならないように裏手にいなさい」


 次はギゼラから注意され、慌てて黙って露店裏に回り込む。

 なんか、ダメな弟を叱る姉たちのようだ…………。

 姉ちゃん怖えよ。

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