第45話 傭兵依頼

 飲み会に備え、早めの店じまいを考えていたら、ちょうどマリーが来た。

 そして何故か疲れ切った顔をしたアジールもいる。


「ちょっと早かった?」

「ちょうど店じまいしようと思ってたところ。少し待っていてもらえる?」

「ええ」


 ぴんくを生贄としてマリーへと渡す。

 嬉しそうにぴんくを手の甲に乗せ、頬を緩ませる。

 そのままぴんくと見つめあいながら、器用に屋台の裏側へまわりこんできた。


「アジールも一緒に行くのかな?」

「ああ、ちょっと訳ありでそうなったんだ。だがボナス、そんなことより、後ろ…………」

「んあ?」


 振り返るとなぜか空気が凍り付いていた。


「ねぇ? また増えているけど?」


 俺に背を向けたまま、マリーが言う。

 マリーはぴんくを片手に乗せたまま、もう片方の手を剣にかけている。

 ギゼラも腰を浮かし、メイスを掴んでいる。

 ザムザは剣を抜き、顔を引きつらせてきょろきょろしている。

 やっべ、何だよこの状態。


「鬼女はギゼラ。最近私達の仲間になったの。その鬼男はザムザ………………よく知らない」

「え? お、俺は鬼族のえい…………鬼族のザムザだ! ボナスの…………弟子だ!」


 シロが適当な説明をする。

 そしてザムザ君、何時から俺の弟子になったのだね?

 怖い女に囲まれすぎて、わけわかんなくなっちゃったのか?

 後自称英雄は言わないことにしたんだな。

 それはえらいぞ。


「…………まぁいいわ」

「この人はマリー、私とボナスを引き合わせてくれた恩人で、これから一緒にお酒飲む人」

「そうなんだ。よろしくね。マリーさん」


 マリーとギゼラが武器を手放し、それを見たザムザも慌てて武器をしまう。

 やっと空気が弛緩する。


「思わず剣に手をかけてしまってごめんなさいね。気を抜いていたの。反射的にうごいてしまったわ」

「街の中で鬼族がこんなに固まっていることないもんね。仕方ないよ~」

「後であなたの分は私がおごるから許してね」

「やったー!」


 一瞬ヤバいことなるのかと思ったが、マリーとギゼラは直ぐに仲良くなったようだ。


「なぁボナス。お前何の師匠するんだ?」

「俺も知りたいわ」

「お前も大変そうだな…………。店閉める前にコーヒー俺にもちょうだい」

「ぐぎゃう!」


 アジールが疲れた顔でコーヒーを注文する。

 すかさずクロがコーヒーの支度をする。


「お前の所のクロって、かわいいな~」

「癒されるだろ」

「ぎゃうぎゃう!」






 屋台を返し、手早く荷造りを終わらせる。

 一度ギゼラの家に荷物を置き、マリーの行きつけの店へ向かう。

 クロとシロ、ギゼラとマリーが楽しそうにワイワイしつつ進んでいく。

 その後ろを俺、アジール、そして何故かザムザがとぼとぼとついていく。

 なんとなく飲み会へ男女に分かれて移動する。

 何となく学生時代のような雰囲気を感じ、少し懐かしい気持ちになる。

 とはいえ男同士大した接点も無い上に、何よりお互い疲れている。

 会話も弾むわけがない。

 それこそ酒でも入れないと厳しい。


「ここよ」


 やたら高級な店だったらどうしようかと思っていたが、意外とこじんまりした店だった。

 内部は、ところどころに植物をモチーフとした、繊細な装飾が施されている。

 細かいところまでよく清掃されており、内装の色使いに清潔感を感じる。

 なかなか居心地のいい空間だ。

 そして店員が全員女性だ。

 店主らしき女性が一番若そうに見える。

 大分マリーの趣味が分かってきた。

 ひとまず落ち着いて飲めそうな店で良かった。


 

 すっかり調子を取り戻したギゼラがはしゃぎだす。


「へ~可愛い感じのお店だね!」

「墓場の野良犬亭も悪くなかったけど、こっちは上品な感じだな」

「何だその名前…………?」

「アジールもそのうち連れて行ってやるよ! お前のおごりでな」

「いらんわ! というかお前の弟子も当たり前のような顔をしてついてきているぞ」

「ザムザ…………お金あるのかね?」

「ああ」


 何故こいつは呼ばれても無いのについてきた上、無駄に一番落ち着いているんだ。

 シロとギゼラの間に座らせてみようかな。


「7人と一匹ね。思ったより大所帯になったけど、まぁ何とか一番大きいテーブルには座れそうね」

「結構ぎゅうぎゅうだな」

「ねぇクロはこっち座りなさいよ」


 今日はマリーへの感謝を目的としている。

 シロとクロの間に座ってもらい、ぴんくを肩の上に乗せると、マリーはすっかり上機嫌だ。

 ギゼラはクロの横に座って店内の様子を見てはしゃいでいる。

 俺は何故かシロの横に座らされる。

 すかさず俺の隣にザムザが座り、さらにその隣にアジールが座る。

 結局、男3人で固まって座っているわけだ。


「それじゃ適当に始めましょうか」

「結構腹減ってるんだが、ここのお勧めとかある?」

「わからないわ」


 前から薄っすら気づいていたが、マリーは生活面では普通にポンコツだな。

 何時の間にかギゼラが食い物を適当に注文してくれている。

 マリーと違い、なんて気の回るいいやつなんだ。

 俺はとりあえずお勧めのワインがあったので、それを頼んでおく。

 鬼たちは当たり前のように火酒だ。


「ちょっとみんな酔っ払う前に話しておきたいことがあるんだ。マリー、いいか?」

「まかせるわ」


 そういやアジールは何か目的があって同行しているんだった。

 まぁ、大体は予想が付くが…………。


「前にボナスには話したと思うが、今度俺とマリーは領主様の依頼で遠征することになった。マリーがリーダーで俺がその補助だ」


 やはり、前に愚痴っていたあの話か…………。

 あ、酒が来た。

 鬼たちはアジールの話を聞き流しつつ、水のように火酒を飲みだす。


「依頼内容は黒狼の群れの討伐及び近隣村の保護だ。目撃情報から黒狼の群れの規模は100前後と予想されている」

「俺は見たことないから教えてほしいんだが、黒狼ってどんなモンスターなんだ?」

「でかい黒い狼だ。群れで狩りをする。小鬼についで数が多いな」

「群れの数が100っていうのは珍しいのか?」

「珍しいな。普通その辺にいるのは多くても10匹程度だ」

「アジールは10匹出たら倒せるのか?」

「1人で10匹は正直きついな。まぁマリーなら楽に倒すだろうが」


 シロが俺の横でパカパカ火酒を飲んでいるのが気になる。

 既にそれ2杯目じゃないのか。


「俺たちは依頼内容から、10人程度のチームを組む必要があると考えた。だが、実は仲間を集めるのに苦労している。……人材不足なんだ。今のところ参加者はマリーと俺だけだ。報酬も領主様の依頼だけあり、かなりおいしいのだが…………」

「まぁ予想はついているが、その話を俺たちにした理由は?」

「頼む! シロさん一緒に来てくれ!」

「いや」


 やーい、振られてやんのー。

 正直マリーには世話になっているし、アジールも嫌いじゃない。

 何とか協力してやりたいが、長期間シロに抜けられても困るんだよな。


「うっ…………」

「何とかお願いできないかしら?」

「ボナスと離れるわけにはいかない」

「ぐぎゃう!」

「じゃあギゼラさん!」

「いや」

「うぅっ…………くそっ!」


 ああ、アジールが一気飲みした。

 お前の苦労は分かるぞ! 中間管理職よ!


「ボナス、あなたもくればどう?」

「う~ん」


 実はちょっと興味があったりする。

 俺が今のところ知っているのは地獄の鍋とサヴォイアの街だけだ。

 この世界をもっといろいろ見てまわりたいという思いはある。

 モンスターというのもどんな生き物なのだろう。

 村はどんな建物が建っていて、特産物などあるのだろうか。

 鬼のような不思議な人類は他にもいるのだろうか。

 考え出すと好奇心は尽きない。

 おまけにマリーとアジールは二人とも一流の傭兵だ。

 初めて遠出する相手としては間違いないだろう。


「そうだなぁ。マリーにはシロと出会うきっかけを作ってもらった借りがある。何かしら協力したいところだ。でもどうなんだろうか…………正直俺は世間に疎くて判断しきれ無いんだ。みんなどう思う?」


「私はボナスが行くならついていく」

「そうだね、私もみんなと一緒にいるよ。それにまぁ黒狼100匹程度なら私一人でも倒せるしね」

「ぐぎゃう!」

「よーし! 決まりだな! あー良かった決まり決まり! さあ飲もうか!」


 アジールが必死すぎて、かわいそうになってくる。

 まぁでも実際行ってみてもいいかな。

 ギゼラが言うことにも間違いは無いだろう。

 今の面子であれば、依頼が達成できないということは無さそうだ。

 唯一俺がうっかり死ぬ可能性はありそうだが、そんなことを言っていては道も歩けない。

 それに地獄の鍋よりはその可能性は低いだろう。



「んじゃ、行ってみようかな?」

「よし! そうしよう! みんなでな! な!?」

「ありがとう、ボナス。アジールはもう喋るな」

「………………」


 アジールは死んだ目で、また酒を一気に飲みほした。

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