第17話 成長
目を覚ますと、目の前に毛の塊があった。
なんだこれ?
なにか動物でも紛れ込んできたか?
――――毛の塊の中に目玉が見えた。
「ひえぇっ」
その目がこちらを見る。
こええええええええ。
「ぎゃう?」
「………………クロ?」
毛の塊はクロだった。
一体どうしたことやら、クロが毛むくじゃらになってしまった。
「クロお前一体どうしたんだよ!? …………大丈夫か?」
「ぎゃうー!! ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
声はちょっと高くなったが、中身は変わっていないようだ。
どうも毛むくじゃらなのは頭だけのようだ。
毛をかき分けてみると、思ったより可愛らしい顔が出てきた。
そう、クロは毛が増えただけでなく、どうも全体的に人っぽく変化したようだ。
鷲鼻が普通の鼻になって白目ができた。
まつ毛も生えた。
元々目は大きかったので、クリクリしていて中々可愛らしい。
緑と黄色のグラデーションがかった光彩には猫っぽい瞳孔がある。
うーん、この目は猫というよりイグアナかな。
後ちょっと唇がぷっくりしたかな?
前までは唇さえなかったので、えらい違いだ。
だが相変わらず笑うと刃がギザギザのままだ。
人っぽくなったせいか、むしろ前より凶悪で禍々しく見える。
それに、このもっさもさの髪の毛は一体どうなってんだろ。
うーん、可愛いんだが、呪いの人形のような禍々しさもある。
総合的に見て、前より怖くなっている気が…………。
体も大きくなった。
身長は150㎝くらいかな。
胸と尻も少し大きくなり、女性らしい柔らかい曲線を描く。
…………お前女の子だったんだな。
おしゃれ大好きだもんな。
まぁモンスターなので性器は無いけども。
全体的に細身でしなやか。
プロポーションが良い。
相変わらず背中を丸めた蟹股歩きなので、何かと台無しだが……。
それにしても目立つのは、凄まじいボリュームの髪の毛。
ぴんくが出たり入ったりして遊んでいる。
元々くるくるカールした黒髪が申し訳程度にパラパラ生えていたが、それが爆増した感じか。
女の子の体から頭の代わりに毛の塊が生えてるように見える。
髪の長さは肩くらいまでだが、カールしている分、引っ張って伸ばすと身長くらいはあるのかもしれない。
本人は嬉しいのか、髪の毛揺らしながら喜びの舞を舞っている。
「ぐっぎゃっぐっぎゃ!ぎゃっぎゃっぎゃっ!」
不気味だな。
妖怪のようだ。
よっぽど毛が欲しかったのかな。
「クロ…………前見えてるのか?」
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
「ああ、そう…………」
よくわからんが見えてそうだ。
しかしどうしてこうなったんだろう。
人を殺したからか?
ぴんくは大量に生き物を倒しているが変化の兆しはない。
モンスター特有の性質かな?
うーん、よくわからんな。
しかしエッダの忠告はあながち間違いではなったのか。
だとすれば、いずれ俺はクロに食われるのだろうか?
「その場合は、痛くないように頼むよ」
「ぐぎゃあ?」
どのみち今考えても何もわからん。
さっさとアジトに戻ろう。
荷物を背負おうとすると、ほぼ全ての荷物をクロが持ってくれた。
結構力もついたようだ。
軽々と荷物を背負う。
「おまえ力もついたし、歩くのも速くなったなぁ~」
「ぎゃっぎゃっ」
「脚も長くなったもんなあ。んでも歩き方練習しなきゃだめだぞ。蟹股はちょっとなぁ……」
「ぎゃうー?」
「あのマリーっていう傭兵いたろ? あいつの動きを真似ればいいんじゃないかなあ」
しばらくクネクネ気持ち悪い動きをしていたが、急にモデルのように歩き出した。
おおっ、蟹股じゃなくて普通に歩くと、こいつかっこいいな。
それにしても、こいつのものまね能力高いなぁ。
面白いくらいマリーっぽい。
「クロ! かっこいいぞ!」
「ぎゃうー!ぎゃっぎゃっぎゃ!」
そんなことを話しながら歩いていった。
俺は荷物を持っていないにもかかわらず、クロについていくのがやっとだった。
それにしても今日は驚くほど移動が速い。
午前中のうちにアジトへ着いてしまった。
「帰ってきた~! やっぱアジトは落ち着く~」
「ぎゃう~~!」
「とりあえず水浴びしたいな」
「ぎゃっぎゃう」
ぴんくも起きてるし湖に行くか。
――――キダナケモはいないな。
「ぎゃっぎゃ~うぎゃうー!」
「その髪、水にぬれるとワカメみたいだな」
久しぶりの水浴びを楽しむ。
調子に乗って湖に飛び込むと、昨日の傷跡が痛くて涙が出てきた。
それにしても昨日は酷い目に遭った……。
せっかく色々と出店計画を立てたのに、急に色々怖くなった。
暫くアジトに引きこもりたい気持ち半分、街で色々やってみたい気持ち半分。
とはいえ、分かっている。
こういう時は、引きこもっていてもろくなことにはならないんだ。
間違いなく年々確実に体力も落ちていく、何かするならさっさと動かないとな。
予定通り準備が出来たらすぐに、また街に行こう。
しかしまた同じ目に遭うかもしれない。
むしろ、このままだとその可能性は高いだろう。
対策を立てねば。
街の中は、危ない地域にさえ行かなければ、比較的安全だと感じた。
大通りは衛兵も立っていた。
最悪大きな通りまで全力で走り抜け、衛兵に泣きつけば何とかなりそうだ。
しかし、街の出入りは危ない。
とくに昨日のような場合を考えると、街から出るときが一番危ないだろう。
三角岩までの護衛を雇うか、メナス達に同行させてもらうのがよさそうだ。
今回は街に入って、すぐに目を付けられていたのかもしれない。
「俺、浮かれていたんだろうな……」
「ぎゃうぎゃう~」
クロは自分の新しい体を確かめるように、入念に洗っている。
均整のとれたしなやかな体だ。
それにしても、前までのアンバランスな子供のような体形で、よくあいつら倒せたな。
実はあいつらかなり弱かったのだろうか?
う~ん、強くは無さそうだが、弱いことも無いような気がする。
あいつらの言動を振り返ると、かなり手馴れていた。
荒事は初めて、ということはないだろう。
そしてある程度組織的に動いていたのも間違いない。
まぁクロが特別優秀だと考えるのが妥当か。
実際何やらせても器用にこなすしな。
俺は結局、何がまずかったのだろう。
どの行動が原因となって、標的にされたのだろうか。
街にはまだあいつらの仲間もいるだろうしな……。
物珍しそうに、キョロキョロしていたのがまずかったのか。
高級宿に泊まったのが目についたのか。
ポンポン色々買って金に余裕がりそうに見えたのか。
…………心当たりが多すぎてわからんな。
しかし結局のところ、今後商売を始めたとしても、儲かるほど危険になるということでもある。
実際のところ、メナスキャラバンに助けてもらうのが手っ取り早いとは思う。
だが、これ以上メナス達を頼ると、負担に感じられるかもしれない。
メナス達との関係は俺の文化的な生活の生命線でもある。
それに単純に俺はあの人たちのことが好きだ。
言葉もろくに喋れなかったような俺を暖かく迎え入れてくれた。
出来れば今の関係を壊すようなことは避けたい。
そうなると結局何かしらの自衛手段を用意するしかないのか……。
今回の襲撃を振り返ると、クロは思ったより頼りになる。
しかも謎の成長まで遂げた。
ある程度戦力として期待できるだろう。
だが、俺自身が弱すぎる。
街中で何かあった場合ぴんく頼みも難しい。
あんなものを街中でぶっ放すと、流石にやばいことになるだろう。
「傭兵雇ってみるか」
「ぎゃうー?」
まあ直ぐには答えはだせないな。
商売の準備をしつつじっくり考えてみよう。
「よし、とりあえずコーヒーとチョコレートの準備を進めようか」
「ぎゃうぎゃう!」
髪が濡れてしんなりしているせいか、クロも口を閉じていると微妙に色気を感じさせる。
さすがにこのままの恰好で街には連れていけないな。
「…………クロの新しい服も用意しようか」
「ぎゃーう!」
体だけローブっぽいものを着せて見えないようにしておけばいいか。
どうせ髪の毛で顔は見えない。
しばらくはそうするか………………。
ナイフか小さめの剣でも追加で買ってやろう。
クロなら十分使いこなせるだろう。
俺はこん棒でも腰に吊り下げておくくらいが現実的だな。
刃物は正直、腰が引けてまともに戦える気がしない。
盾や防具も欲しいが、あまり重いと走れない。
揉め事になった場合、全力で逃げるのが俺に出来る最も良い戦略だろう。
その邪魔になるようなことは、なるべく避けるべきだな。
「よーし! 昼飯食べて、カカオ取りに行くかー! 準備することがたくさんあるぞ!」
「ぎゃっぎゃっぎゃ!」
それから4日間はひたすら準備に費やした。
商品や調理器具の準備に加え、街での滞在を少しでも安全に、快適にするため、細々としたものも全てリストアップして整理した。
出店についても、何度も頭の中でシミュレーションしてみた。
移動の安全確保については最後まで悩んだ。
基本的には傭兵を雇うつもりだが、うまくいかない場合もあるだろう。
今回だけは最悪の場合、メナスを頼らせてもらうことにする。
メナスが次回サヴォイアに再び来るまで、10日程度かかるだろう。
そのために、長期滞在できるよう準備もした。
結果的に今まで持ったことの無いくらい、大量の荷物を運ぶことになった。
クロが今までより力が強くなったおかげで、背負子のサイズアップができて助かった。
「よーし、出発するぞー!ぴんくもクロもよろしくなー!」
「ぎゃうぎゃう!」
移動しているとクロに置いて行かれそうになる。
移動速度が上がりすぎだ。
歩幅が大きくなっただけでなく、こいつはかなり運動性能が上がっている。
歩き方もいつの間にかすっかり洗練されている。
蟹股でヘコヘコ歩いていたころが懐かしい。
あ、ムーンウォークしだした。
こいつ余裕ありすぎだろ。
もっと多めに荷物を持ってもらえばよかった…………。
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