第50話 村へ

 早朝。

 マリー達と合流し、早速移動を開始する。

 いつも三角岩へ向かう道から少し北側に逸れていく。

 今回は仕事だ。

 時間も体力も無駄にはできない。

 ただひたすらに黙々と歩く。

 

 休みなく4時間ほど歩いただろうか。

 疲労で体が重くなってきたところに、独特の匂いのする湿った風を感じ、足が止まる。

 この匂い、空気感を俺は良く知っている。

 海だ。

 いつのまにか沿岸部まで来ていたのか。

 

 荷物はすべてシロとギゼラが持ってくれている。

 おかげで、俺とクロは手ぶら。

 ずいぶんと楽をさせてもらっている。

 だが全員健脚で、歩くのがやたら早い。

 そのせいか、いつもよりだいぶと疲労が大きく、足が重い。

 そんな中、思いがけず海の気配を感じ、思わずぼんやりと立ち止まってしまった。


「マリー。少し休憩しよ」

「あら? ……そうね。もう少しで海が見えるわ。そこで休憩しましょ」

「すまんね。助かるよ。シロありがとう」


 シロが俺を気遣ってか休憩を提案してくれる。

 正直助かる。

 自分以外は全く元気なままなので、中々言い出しづらかった。

 だが無理して体調を崩すようなことになれば元も子もない。

 もっと早くに自分で言い出すべきだったな。


 少し歩くと、にわかに潮騒が聞こえてくる。

 さらに数歩も進むと、突如視界にエメラルドグリーンの海が飛び込んでくる。


「あぁ……海だ」

「ぐぎゃうー!! ぎゃぎゃう!」

「クロは海を見るのは初めてなのかな?」

「ぎゃうー!ぐぎゃっ!」


 久々の海だ。

 無性に懐かしくなり、色々な思い出とともに、熱いものがこみあげてくる。

 クロが海を見て、楽し気に騒ぎ出す。

 おかげで、何とか感傷的になりすぎずに済む。


「あとどれくらいでつくのかな?」

「もう3時間も歩けばつくぞ」

「コーヒー淹れてもらえるかしら?」

「ああ、いいよ」

「ぐぎゃうぎゃう」


 クロがいそいそとコーヒーの用意に動く。

 少量だが薪を用意しておいてよかった。

 ザムザが慣れた手つきで火をおこしてくれた。

 自分では、いまだにぴんく頼みの火付けしかできないので、地味に助かる。

 もちろんマリーとアジールのことは信用している。

 だが、あえてぴんくの力を見せたいとも思えない。




 俺、クロ、シロ、ギザラ、マリー、アジール、ザムザ、そしてぴんく。

 7人と一匹で海を眺め、ぼんやりコーヒーを飲む。

 かつての自分には想像すらできなかった瞬間だ。

 ――――とても心地いい。


 とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。


「だいぶ回復したよ。みんなありがとう」

「それじゃ、出発しましょうか」


 潮騒を聞きながら海に沿って再び歩き出す。

 短い休憩だったが、大分体力も回復した。

 それからはたまに雑談を交えつつ、少しペースを緩め歩き続ける。

 2時間ほど歩いたころ、目の前にタミル山脈が迫っていることに気が付く。

 麓のあたりにはこのあたりでは珍しい緑が目立つ。

 サヴォイア周辺地域は地獄の鍋も含めてほぼ雨は降らない。

 だが、タミル山脈のあたりだけは例外で、多少は降るようだ。

 何か美味しいものでも見つかると良いな。


 さらに1時間歩き、徐々に足が重くなってきたころ、ついに村に到着した。

 ちなみに村の名前はヴァインツと言うらしい。


 思ったよりしっかりしたバリケードが築かれている。

 木製だが2メートル以上ある柵で囲われており、ところどころに見張り台のようなものもある。

 もとは農具や家屋の用材として使われていた木材を、無理やり寄せ集めて作ったようだ。

 色や形状、経年具合もばらばらで、まるで統一感が無い。

 村人たちが恐怖に駆られ、慌てて壁を立てたのだろう。

 重い空気と緊迫感を感じる。


「…………なんか思っていたのと違うのだが、これは…………こういうもの?」

「いいや、以前来たときはこんな柵など無かった。見張り台や門も無かったはずだが……」


 アジールもやや困惑している。

 門の向こう側には人の気配がある。

 木製の柵の隙間から、こちらの様子を確認しているようだ。

 マリーは特に気にした様子もなく門へと近づいてく。


「サヴェリオ・デ・サヴォイア様の命により来た傭兵のマリーだ。門を開けなさい」


 門の向こう側にいるであろう人物へ向けて、当たり前のように命令する。

 人に指示を出しなれている者特有の、逆らい難い響きがある。

 普段はつぶやくようにしか喋らないが、こんな喋り方もできるんだな。

 暫く門の裏でゴソゴソやっていたかと思うと、ゆっくりと門が開く。

 乱雑に作られてはいるが、なかなか強度は高そうだ。

 思いのほか動きが重々しい。

 俺一人では開けられないだろうな。

 門が開ききったところで、背の低い老人がこわばった顔をして出てきた。


「村長のマルスです。皆さまよくいらっしゃいました」

「取り急ぎ話を聞きたいところだが、まずは荷物を置きたい。案内してもらえるか」

「どうぞこちらに――」


 おとなしくマリーの後ろについて歩く。

 村人たちは遠巻きにこちらを見てくる。

 皆栄養状態は悪くなさそうだが、皆一様に顔が暗い。

 思ったより状況は深刻なのかもしれない。

 門の外からはわからなかったが、思ったより小さな村だ。

 人口は200人程度だったか。

 海に面しているが、岩壁沿いのため、村の中には船着き場などは無さそうだ。

 主な収入源は海とは関係ないところにありそうだな。

 魚でも食えるかと期待していたが、今は無理そうだな。

 残念だ。


「こちらに泊まっていただきます。食事は昼夜村のものに運ばせます。しばらく休まれますか?」

「いや……。ボナスどう?」

「大丈夫だよ。話を聞こう」


 多少疲れてはいるが、話くらいなら聞ける。

 むしろ案内された小屋が思ったよりボロボロで嫌になる。

 あまり歓迎されていないのだろうか。

 7人どこで寝ればいいのだ……。


「それではこちらへ」

「ええ。ついでに食事も用意してもらえるかしら?」

「わかりました」


 村長のマルスの家と思われる建物へ案内される。

 この建物も中々にボロボロだ。

 俺たちが歓迎されてないわけじゃなく、村自体がかなり厳しい状況にあるようだ。

 村長は不安そうに視線をさまよわせながら、落ち着きなく手をこすり合わせている。


「既にある程度お聞きかともいますが、最近の村の状況についてお話しいたします」

「ええ、お願い」

「控え目に言って、私どもはもう限界です」


 正直、半分観光気分で来たわけだが、えらく厄介なことになりそうだなぁ……。

 

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