第80話 三角岩へ
黒豹が息を引き取った翌日。
とりあえず三角岩へ行ってみることにした。
当初は今日サヴォイア行く予定だったが、産まれたばかりの黒豹の子を連れて行っていいものか判断がつかなかったのだ。
昼過ぎまで皆と相談しつつ悩んだ結果、とりあえず今日の所は黒豹の子の様子を見つつ、メナス達がいないかを見に、手近な三角岩まで行ってみることにした。
「うにゃ~ぅ、んなぅ~」
「コハクも一緒に行こうな~」
この黒豹の子供はコハクと名付けることになった。
母親の瞳の色から着想した名前だ。
ちなみにコハクの瞳はまだ青い。
まぁこれは産まれたばかりなので仕方が無いだろう。
ただ、コハクは生まれたばかりにもかかわらず、次の日の朝にはしっかりと目が開いていた。
今はまだ可愛いばかりの顔立ちではあるが、いずれはあの母親のように、恐ろしくも美しい琥珀色の瞳を、いたずらっぽく光らせてくれるに違いない。
「というわけで、コハクにしようと思ったんだ。いいよね…………エリザベス?」
「メェ~メェ~メェ~」
「…………やっと納得してくれたか」
三角岩へ向かう道中、皆と一緒にゆったりとエリザベスの背中に揺られながら、彼女に恐る恐る話しかける。
実は昨晩もいろいろと良い名前を思いついたのだが、なぜか全てエリザベスに却下されてしまったのだ。
なかなかエリザベスの審査は厳しい。
「一応瞳からイメージした別パターンので、サウロンって――――」
「ンベェッ!」
「……なんかごめん。じ、じゃあコハクのままで」
産まれたては、大きめの黒猫のように感じたコハクだが、一晩明けて改めてよく見ると、やはり色々と特徴的なところがある。
まず手足が太く、全体的に骨格が太く大きい。
肉球も厚みがあり大きく、全体的に縫いぐるみっぽい。
顔立ちも、かわいらしさの中に、少し猛々しさを感じる。
まだ動きはたどたどしく頼りないのだが、産まれたばかりにしては、かなりしっかり体を動かしている。
尻尾は体の割に長く太い。
そして、たまに火の粉を噴く――――。
そう、この子はどうやら興奮すると、しっぽの毛が逆立つように膨らみ、キラキラと金箔でも散らすかのように、火の粉のようなものをどこからともなく尻尾の周りに吹き出すのだ。
「熱くは無いし、何かに燃え移るわけでも無さそうだけど……なんなんだろな~これ?」
「綺麗だからいいんじゃない? ね~」
「うにゃぅ~」
振り向くとシロがコハクをあやしながら微笑んでいる。
コハクはシロの胸に顔をうずめながら、うにゃうにゃ言っている。
ちなみにエリザベスとはまた系統は違うが、コハクも素晴らしい触り心地である。
程よく柔らかく滑らかで、どこか肉感的でもある。
だが残念なことに、コハクの爪は赤子とは思えないほど鋭く、俺が抱き上げる時はエリザベスのブランケットで包まなければ危なかったりする。
今日一日元気なようであれば、爪を切ってやる予定だ。
だが鬼達は全く気にするでもなく、その回復力に任せ、ひっかかれるままに嬉しそうに子猫を抱いている。
ずるい。
だが、見ている方としては結構痛そうなので、多少は気にしてほしい。
シロはなるべく服が傷まないように、服を大きくはだけた状態でコハクを抱いている。
健康的で美しい褐色の肌に、滑らかな毛皮の黒豹を抱いている姿は、妖艶であると同時にハイブランドのポスターのようで、無駄に格好いい。
俺も混ざりたいが、絵面が台無しになりそうだ。
「よ~しよしよしよし~」
「ぐぎゃう~? きゃう~っ!」
どのみち爪を切るまではコハクを抱きしめられないので、目の前に座っているクロの頭を撫でまわす。
クロははしゃぎつつも、手元では恐ろしい速さでエリザベスの糸で作られたコハクの抱っこ紐のようなものを作っている。
その前ではミルがザムザの背中に顔を押し付け、涎を垂らしながら、いびきをかいて眠り込んでいる。
昨日黒豹が息を引き取った後、亡骸の処理から赤子の世話まで、ミルが率先して夜遅くまで色々と動いてくれた。
さすがに疲れが残っているのだろう。
ちなみに黒豹の亡骸は、思った以上に損傷が激しかった。
体毛が黒いせいであまり目立たなかったのだろう。
外皮には無数の切り裂いたような傷があり、歯や爪にも多くの欠損が見られた。
生きている間はあれほど余裕に満ち溢れて見えたが、実際はかなりボロボロだったようだ。
よく子供を産むことができたなと不思議に思うくらいだった。
亡骸を何らかの形で有効活用しようかとも考えたが、損傷具合も酷いので、ひとしきり悩んだ末、そのまま埋葬することにした。
一度湖の近くで遠目に見かけたとき、ゆったりと寝そべっていた湖の近くのバナナの木の下に、皆で穴を掘り埋めた。
エリザベスはコハクに乳を与えながら、始終その様子をじっと見つめていた。
そうして、エリザベスの背に揺られながら、ここ数日の黒豹の騒動についてぼんやり思い返していると、いつの間にか三角岩の輪郭が徐々に見えてきた。
あと少しで着くかなと言う所で、おもむろにギゼラが声を上げる。
「――――ねぇボナス。あれ……なんか戦ってない~?」
「え、ん~? メナス達……と?」
「小鬼と黒狼、後は死体漁りだね。数が意外と多くて大変そうだけど……メナス達も結構やるようだね~」
「このまま突っ込もう!」
エリザベスが振動を抑えつつも、一気に加速する。
シロはコハクを抱いているので観戦するようだ。
こんな状況にもかかわらず、コハクに指を吸われて顔をほころばせている。
ミルは激しくなった振動で目を覚まし、一瞬きょろきょろしていたが、直ぐに武器を手に取る。
他の皆は既に武器を用意しているようだ。
「おーい、メナス! ボナスだ! 手伝う!」
「うわぁぁあ! キダナケモがっ…………って、ええ!? ボナス!? はぁ!?」
一番近くにいたエッダが武器を構えたまま、悲鳴のような声を上げる。
確かに小鬼と黒狼が合わせて20匹程度、無秩序に暴れまわっている。
少し離れた位置には、禿げたオラウータンような生き物が5匹ほどいる。
大きく口を開け、奇声をあげながら石を投げている。
妙にギラついた白濁した目をしており、見ているだけで不快な印象を受ける。
近くにいた黒狼達を蹴散らしながらエリザベスが、争いの真ん中に躍り出る。
「ンメェエエエエー!!」
小鬼と黒狼、そしてキャラバン隊の面子までもが、一瞬で恐慌状態になる。
シロと俺以外は皆飛び降り、それぞれ手近な敵へと躍りかかっていく。
敵味方入り乱れた状況に加え、コハクもいるので、今回はエリザベスはおとなしくしているようだ。
「ボナスさん! そのキダナケモは!?」
「味方だ! こっちに避難してきてー!」
メナスも珍しくサーベルを持っている。
さすがにエリザベスの姿には驚いたようで、腰が引けている。
メナスの横ではガザッドがカトラスで黒狼を牽制している。
かなりの使い手と聞いていたが、確かに小太りな体形さえもうまく活かした、安定感のある戦い方をしている。
ガザットは俺達の登場にも心を乱されることも無く、全く動きによどみがない。
「あいかわらず、変わった登場の仕方じゃな~ボナス! 今日は肉持ってるか?」
「ジェダもいつも通りだな~元気そうで嬉しいよ! 肉もあるから心配するな!」
ジェダは両手にサーベルを持って小鬼に襲い掛かりつつ声をかけてくる。
あいかわらず元気な爺さんだ。
「――っと」
「あっぶね……油断していたわ。悪いシロ」
「だいじょうぶ」
禿げたオラウータンの投げた石がこちらに向けて飛んできたのだ。
何とか避けようと身をよじったが、先に後ろから手を伸ばしたシロが、石をつかみ取ってくれた。
「んっ!」
シロがコハクを抱いたまま、小さなかけ声とともに、片腕の力だけで石を投げ返す。
風切り音が聞こえたかと思ったら、禿げたオラウータンの体に穴が開き、そのまま倒れるのが見える。
踏ん張りも効かないだろうに、相変わらずの馬鹿力だ。
しかも意外とコントロールも良い。
他の禿げたオラウータンは全てクロが処理したようだ。
まだ生きてはいるようだが、直ぐに動かなくなるだろう。
「ぎゃっぎゃっぎゃっ!」
「相変わらずクロはえぐいなぁ~」
クロはナイフで攻撃するせいか、動脈を狙った、失血死を狙う攻撃が多い。
笑いながら、精密機械のように命を削り取っていく戦い方は、恐ろしくも頼もしい。
最近は、うまく血潮を浴びないように計算している節まである。
「こっちも終わったよ~」
残りの黒狼と小鬼は、ほぼギゼラがひとりで倒したようだ。
ザムザとミルはキャラバンの面子を落ち着かせ、守ることに集中していたようだ。
以前の黒狼戦を経てから、皆驚くほど滑らかに連携するようになった。
特にザムザなどは、まず最初にキャラバン隊の安全を確保しに行くあたり、本当に成長を感じる。
まぁ、俺はエリザベスの上で叫んでいるだけだったが……。
「メナス久しぶり! 三角岩でモンスター見るなんて初めてだわ。特に誰も怪我無いかな?」
「助かりました、ボナスさん。私もこんなことは初めてで…………皆も大丈夫そうですね。それはともかくボナスさん、これほどの戦力を連れて…………戦争でもなさるおつもりですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます