第81話 夕食の支度
「戦争って……さすがに大げさな」
メナスが改めて俺達を見回しながら、驚きつつ呆れたような、何とも言えない表情をしている。
他のキャラバンの面々も多かれ少なかれ同じような顔をしている。
……大げさだよな?
エッダに至っては、俺とエリザベスを交互に見ながら、ちょっと頭のおかしい奴でも見るような表情をしている。
「やっぱボナスって……ちょっと頭おかしいんじゃない?」
「思っていても言うなよ! はぁ……前にうちの可愛いペットを見せるって、エッダに約束しただろ?」
「そういやそんなこと言ってたね~。ペット……ねぇ……」
エッダはより一層呆れたような顔になる。
いや、エリザベス可愛いだろうが!
「なぁボナス。そいつ一匹いれば、サヴォイア落とせるんじゃないかのぉ?」
「……いいえ! うちのエリザベスはそんなことするような子じゃありません!」
「メェエエエ!」
エッダとジェダが延々失礼なことを言ってくるので、エリザベスと抗議しておく。
「それに一人いれば戦況が変わると言われておる鬼を三匹も連れておる……」
「クロが戦う所も初めて見たけど……、帝国の精鋭部隊でも、あんな狂った動きはできないと思うよ?」
「ぐぎゃう~?」
「いや別に戦うために集まった仲間では無いんだけど…………あ~クロは可愛いな~!」
「ぎゃう! ぐぎゃ~ぅ!」
このままの感じでサヴォイアに乗り込もうとしていた自分が、なんだか非常識な気もしてきたが、今更どうしようもないので、とりあえずクロを愛でて忘れることにする。
「ね、ねぇボナス、ちょっと、この子に触ってみても……いいかな?」
「メェ~」
「うん? ああ、いいらしいよ……たぶん。エリザベスって言うんだ」
エッダは恐る恐るエリザベスに近寄っていく。
よし、これでエッダも、もうエリザベスの魅力からは逃れられなくなる。
頭のおかしい奴の仲間入りだ。
キャラバンの他の面子もの恐る恐る近寄ってきている。
お前たちも道連れだ!
「それにしても運よく会えてよかったよ。積もる話もあるが、とりあえず晩飯にしよう。今日は俺の方で食材を用意するよ!」
「それもそうですね。ありがとうございます。ふふっ……ここで一緒に食事をするのも、随分久しぶりな気がしますね」
「ふぁあああ、なにこれぇ……ああっ、ダメッ……」
メナスが上品な笑顔で応対する横で、娘のエッダはエリザベスに吸い付いて、卑猥な声を上げ始める。
……果たしてメナスにもエッダのような時代があったのだろうか。
エリザベスがやや迷惑そうな顔でこちらに何かを訴えてきているが、とりあえず今は放置させてもらう。
ごめんよ、エリザベス!
とりあえず、顔見知りである他の面子にも軽く声をかけつつ、食事の支度を始める。
それにしても、正直それほど期待はしていなかったのだが、いい具合にメナスと出会うことができた。
話したいことは山積みだが、キャラバンの面子もこんなことがあって、疲れているだろう。
まずは飯だな。
「いい香りじゃなぁ。どんな木を使って燻したんじゃ?」
「つい最近たまたまいい木が見つかってね……。ねぇ爺さん、その香辛料本当に使うのかい?」
「今使わんでいつ使うんじゃ。ああ~それは焼きすぎておらんか? ん? 大丈夫か?」
「大丈夫だって~、この部位はある程度しっかりを火を通した方がうまいんだよ」
「なぁ、このタレ大丈夫か? なんだか色が変じゃないかの?」
「いやこれは――――」
俺も何か料理を手伝おうかとしたのだが、ミルとジェダに早々に追い出された。
今は何故か二人で料理の主導権争いを繰り広げている。
お互いの調味料や料理の手腕を、疑わし気に監視しながらも、テキパキと料理を進めているようだ。
シロとクロは、エッダと一緒にエリザベスの乳を飲むコハクを楽し気に覗き込んでいる。
ギゼラとザムザは天幕を組み立てる手伝いをしているようだ。
キャラバンの面子とも気さくに話している。
なんだか手持ち無沙汰だな。
先にメナスと話を進めておくか……。
「――――というわけで、さすがに今回は死んだかと思ったね。ほんとうにギリギリだったよ」
「そういうわけだったのですね……。黒狼大量湧きの事件は私もある程度は把握していたのですが、まさかそれにボナスさんが関わっていたとは、驚き……いえ、むしろ納得しました」
「帝国からこちらに来るまでの道中、かなりの数のモンスターが湧いていたよ。これが副次的なものだったと言うのだから、本来のそれはほんとうに凄まじいものだったのだろうねぇ」
料理が出来上がるまでの間、メナス達にこれまでの経緯を一通り説明し終える。
メナスは俺が話している間は一言も発さなかった。
目だけが時折、何か頭の中の情報と照らし合わせるかのように左右へ揺れ動くだけで、身動きひとつせず集中して聞いていた。
いつも朗らかなガザットも、恐ろしく真剣な顔をして聞いていた。
たしかに交易ルートの安全、タミル帝国とレナス王国の関係、サヴォイアの今後について、全てメナス達にとっては死活問題だろう。
メナス達はタミル帝国について、俺達よりもはるかに多くのことを知っているはずだ。
今回俺が話した情報から、より多くのことを読み取ったに違いない。
ぜひ有効活用してほしい。
「実はメナス達は大丈夫か結構心配していたのもあって、ここまできたんだ。だけど、みんな元気そうで本当に良かったよ」
「ボナスさん、ありがとうございます。タミル帝国内での商談が予想外に手間取ったことで、逆に救われることになりました。タイミングが悪ければ危なかったかもしれませんね……」
「今貰った情報は本当にありがたい。実はタミル帝国では、後継者争いがいよいよ表面化してきており、市民生活にまでもその影響が徐々に出ている状況なのだ。特に私達のような街から街へ移動する者は、より一層情報を集め、気を張っていなければいけない時期に来ているのだよ」
メナスもガザットも予想以上に深刻な様子だ。
二人の間で、今後の予定について話し合いはじめてしまった。
「ああ~! 何じゃこれ……なんて芳醇な香りなんじゃ……。あぁ……うまい……」
「これはすごいね! 独特の辛みが、肉の脂と調和して……う~ん! たまらないね!」
「どうやら儂が間違っておったようじゃ。若いのにやりおる。この肉を調理するのに十分な腕前じゃな」
「ただの頭のおかしい爺さんだと思ってたけど、これはまいったね。料理の腕は認めざるを得ないよ」
ミルとジェダの興奮した声が聞こえてくる。
何故かメナス達以上の真剣さで、ミルとジェダがお互いの腕を称えあい握手している。
ジェダに至ってはなぜか涙まで浮かべている。
久しぶりに食べた肉がよっぽどうまかったのだろうか……。
「料理できてきたみたいだな」
「ぐぎゃうぎゃう~」
クロがトテトテと配膳等を手伝いに向かうようだ。
この空気の中、メナス達に話しかけるのも少し気が引けるが、今のうちにヴァインツ村の復興について、相談してしまいたいな……。
「実は今回の事件の中心にあった村についてなんだけど――――」
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