第52話 黒狼様子見

「ボナス。おきて――」

「うん? ああ、黒狼か……」


 耳元でシロの声がする。

 起こしてくれたようだ。

 既にザムザ以外みんな起きている。


「おーい起きろ~」

「んお!?」


 中々起きなかったザムザもギゼラに蹴り起こされる。

 ギゼラはいつも皆に優しいが、ザムザにだけは当たりが強いな。

 狼の遠吠えが聞こえる。


「クロ、ザムザついてきて」

「ぐぎゃう~」

「わかった」




 

「既に黒狼は集まりつつある。これ以上数が増える前に出るべきだ。急ごう」


 東の門に着くと、アジールの声が上から降ってくる。

 先に見張台の上で状況を確認していたようだ。


「じゃ、行くわよ」


 まるで近所の散歩へ行くような気軽さで、マリーが歩き出す。

 門番がまごついていると、シロが一人でかんぬきを外し、片手で重いドアを少しだけ開ける。

 その隙間に吸い込まれるように、マリーとクロ、そして少し遅れてザムザが滑り込んでいく。アジールは見張り台の上から直接外へと飛び降りたようだ。

 直ぐに興奮した吠え声に衝撃音、斬撃音と続き、黒狼の悲鳴が聞こえる。



 ただ柵の中にいるだけでは状況が分からない。

 急いで見張り台に上る。

 既に狼は相当数集まっているようだ。

 だが黒狼というだけあり、全身黒い毛でおおわれており、この暗闇の中では見えにくい。

 いまいち4人がどのように敵を倒しているのか把握するのが難しい。

 

 そんな中、意外なことにザムザが最も目立っている。

 ギゼラに用意してもらったメイスを両手に持ち、黒狼たちを弾き飛ばしている。

 普段はローブを着ているが、今は上半身裸だ。

 いつも鬼女の尻に敷かれている印象しかないが、こう見るといかにも戦士然としており、なかなかかっこいい。

 体も筋肉質のアジールよりもひとまわり大きい。

 

 マリーとアジールは今の段階では状況把握と観察を重視しているのだろう。

 手近な黒狼を最小限の動きで処理している感じか。

 まさに手練れの傭兵って感じだな。

 

 クロは狼の上を歩いていた。

 こいつは相変わらず訳が分からない。

 その辺を散歩するかのように、歯をむき出した狼たちの鼻っ柱を蹴り飛ばしつつ、狼の群れの上を器用に、のんびりと歩いている。

 クロが歩みを進めるたびに、周りの狼達から悲鳴があがり、転げまわっているのを見るに、何かしら攻撃もしているのだろう。


「ぐぎゃーう! ぎゃうぎゃうぎゃう!」

「クロ~! 気をつけてな~!」


 クロが俺に気が付いて、飛び跳ねながら手を振ってくる。

 結局こいつが一番余裕あるんじゃないか……。


「マリーも強いけど、クロも強いね。何であんなに強いのかな~」

「ボナスを守るためだよ」


 何時の間にか横に来ていたギゼラとシロがのんびり話をしている。

 俺はこの暗闇の中、狼たちの息遣いや遠吠えに結構緊張しているのだが、なんだかみんな余裕がありそうだな。

 15分ほど戦っていただろうか、1匹の黒狼が遠吠えをしたかと思うと、それに呼応するようにいくつもの遠吠えが聞こえる。

 次の瞬間、それまで狂ったように襲い掛かってきていた黒狼達は一斉に山の方へ引き返していった。





「お疲れ様」

「ぐぎゃう~!」

「100匹位は処理できたかしら」

「つ、つかれた…………」


 クロとマリーは平気な顔をして戻ってきた。

 戦闘中、意外に余裕がありそうに見えたアジールだが、意外とお疲れのようだ。


「ふぅーっ、ふぅーっ…………」

「ザムザ活躍したね」


 ザムザはまだ息が上がったままだ。

 滝のような汗とともに体から湯気が上がっている。

 まあずっと最前線で黒狼相手に重いメイスを振り回し続けていたからな。


「ありがとう!」

「これならいけるな! たすかった。あんたら本当に強いんだな!」


 こんな夜更けにもかかわらず、村の人々が一斉に押し寄せて、帰還した4人に声をかけてくる。

 さっきまで姿が見えなかったが何処かで隠れ潜んでみていたのだろう。

 村の女たちも水や食料、布等をもって駆けつけてきた。

 この村に来てからずっと遠巻きに見られているだけだったが、一気に歓迎されだしたようだ。

 ずいぶんと現金なものだとは思うが、村人の気持ちを考えると仕方がないだろう。

 むしろ、この機会に少しでも受け入れられておいた方が、今後活動しやすくなる。


「上から見ていてどうだった?」

「うん? 黒狼だった」

「クロが強すぎて笑えた」


 シロとギゼラがマリーの問いにあまりにも雑な応答をしている。

 一応俺も素人なりに意見を言っておく。

 

「ああ、そうだなぁ。最後に遠吠えした狼がいたと思うけど、あいつは特別群れのリーダーと言うわけでは無いと思う。普通に他の狼と同じように攻撃していた」

「意外とボナスはよく観察しているわね」

「一般に狼は序列を作るもので、群れのリーダーがいるはずだ。だがあいつらにはそういった序列を基礎とする組織だった行動をしているようには、とても見えなかったな」

「……続けて」

「事前に決められた指示に従って、個々が勝手に動き、結果的にそれがひとつの群れのような振舞に見える。そんな印象だった。正直、動物ではあり得ない動き方で、見ていてかなり気持ち悪かった。行動原理はどちらかというと動物と言うより虫に近いかな?」

「…………本当によく見ているわね。ハジムラドがあなたを評価していたのもそういう所なのかしら」

「まぁそれは買いかぶりだと思うが、とにかくあいつらは頭を潰せば事態が収束するようなものでは無いだろう。要は面倒くさい相手ってことだ」


 この暴力的な世界では、特に取り柄も無い俺だが、生物や現象に関する知識については、この世界では考えられない程多くのものに触れているはずだ。

 もちろんほとんどが実体験の伴わない記号としての知識である。

 実質どの程度まで役に立つのか甚だ怪しい。

 ただマリーのような優秀な奴に、そう言った知識を活かし、なにがしかの示唆を与えることくらいはできるはずだ。


「ボナスえらいね。よしよし」

「ぐぎゃうー!」


 すこしだけ調子に乗っていると、シロが抱き着いて、子供をほめるように撫でてくる。

 クロも便乗して撫でてくる。

 マリーは既に何か考え込んでおり、こちらを見ていない。

 アジールがニヤニヤしており、ザムザは何故か羨ましそうな顔をしている。

 俺ももう少し、ニヒルで渋い人間になりたい。

 ――ハジムラドよ。

 評価してくれるのはありがたいが、残念ながら俺はこんなありさまだよ。



 それにしても黒狼達の動きは実際かなり妙な感じがした。

 何かウィルスにでも感染しておかしくなっているような印象だ。

 モンスターはそんなものなのだろうか。

 ただ旗色が悪くなると撤退していったところを見ると、それほど狂っているわけでも無さそうなんだよなぁ。

 まぁこれ以上の考察はマリーに任せよう。

 今回、何かを判断することは俺の役割ではないだろう。

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