第94話 スーツ
「微調整は必要かもしれませんが、一応これが完成品になります」
「なるほどね~こういう感じになるのか、……面白いな」
ついに俺のスーツが完成した。
元々のスーツから型紙を起こしているはずだが、まったく雰囲気が異なる。
ずいぶんと柔らかい印象だ。
生地の織りは緻密さや均一さには欠け、やや荒々しい。
だが袖を通してみると、むしろそこに味のあるような気もする。
もちろん生地のハリやドレープ感もあまりない。
体を動かすと細かな皺ができ、少しもこもことした見た目になる。
だが、これも意外と悪くない。
生地に深い陰影が出て、高級感があるようにも見える。
そして、着心地が軽い。
服自体は以前の物より少し重いのだが、袖を通してみるとむしろ軽く感じる。
全て手縫いなので、袖付けなどかなりうまくいせ込んでおり、前よりも肩の形状に忠実で、動きを邪魔しない。
あまり専門的なことは分からないが、トマスの細やかな職人技術がところどころで発揮されており、この軽やかな着心地を実現しているのだろう。
なによりこの服は、この世界と調和している感じがして、それが心地よい。
元のスーツがこの世界でどれほど浮いており、違和感のあるものだったかがよくわかる。
「気に入ったよ。想像していたものよりずっといい……ただ、なんでトマスも同じジャケットを着ているんだ?」
「まず自分の服で色々試しながら作ったのですが……これは素晴らしい服ですな。年甲斐もなく夢中になってしまい、少々寝不足気味です」
何故かトマスとお揃いのジャケットになってしまったが、まぁそれは仕方ないだろう。
だが……、トマスのパンツは俺のスラックスとずいぶん違う。
少しゆとりのあるドレープがかったもので、この世界のものとのハイブリット感がある。
「確かに……、こっちの靴とあわせるなら、その方がさまになってるな……」
「ええ、ボナスさんのも構造的に素晴らしいのですが、やや動きにくい感じもありましてね」
こちらの靴はサンダルか、かかとのあるスリッパのような革靴が多い。
スーツのスラックスだとどうもバランスが悪い。
「それ、俺にも作ってもらえる?」
「既にご用意してありますよ」
「うわっ、ほんとだ…………さすがだな。おいくら?」
「いえ、これはサービスで結構ですよ。その代わり、私の個人的な着用はお認めいただけますか? 以前一応内密にとのことだったのですが……」
「ああ、構わないよ。そうだな……この服については、ボナス商会とトマスさんの店とで共同企画開発した商品ということで、注文をうけてもらってもいいよ。もちろん特に金は要らない」
俺としては、持ち込んだスーツについて探られたりしなければ構わない。
どうせ日常的に着るものだ。
むしろ、仕立屋ともの好きな商人が道楽で考えついた服、という風に広まるくらいがちょうどいい。
「でしたら……もう一人巻き込んでおきたい人物がおりまして。生地屋なのですが……」
「なるほど、あの爺さんか。いいよ、任せる。色々面白そうだね」
「ありがとうございます。でしたら、今後ボナス商会からの注文は生地代だけで結構です」
「それはありがたいが、……商売大丈夫?」
「うちはこれでも仕立屋の中ではずいぶん儲かっているほうですし、これからこの服も広く求められることになる気はします。儲けについてはお気になさらず」
「ならいいんだけど。あ~そうだ、こいつの服も頼みたいんだ」
俺の後ろで静かに様子を見ていたザムザの肩に手を回し、トマスの前に押し出す。
ザムザはこの街ではあまり評判の良くない鬼男なので、怖がられないか心配していたのだが、トマスは大して気にした様子もない。
既にこの店にはシロとギゼラが何度も来ているので、いまさらか……。
「よ、よろしく」
「なんでお前が緊張してるんだよ」
「いや、あんまりこういうのは慣れていない」
「トマス、こいつも俺の大切な仲間のザムザだ。格好良くしてやってくれ」
「もちろんです。生地だけ変えて、ボナスさんと同じ……スーツでしたか、それでお仕立てしてよろしいですか?」
「そうだな……こいつは体も大きいし、クロ達と同様に戦闘もこなす。俺のものより動きやすさ重視で仕立ててもらえるかな」
「今回で基本的な構造は理解できましたので、色々と挑戦してみたいところでした。ちょうどいい機会ですな」
「楽しみにしてるよ」
トマスは随分楽しそうだ。
また寝不足にならなければいいが……。
妙に緊張しているザムザの代わりに生地を選んでやり、店を後にする。
ちなみに作ったスーツは早速着て出てきた。
トマスの考えたパンツも動きやすくていい。
ジャケットとサンダルという難しい組み合わせをうまく調和させた秀逸なデザインだと思う。
ただ、いずれはちゃんとした革靴も作りたいところだ。
「ぐぎゃーぅ!」
「ボナス。かっこよくなったね」
「いいね~良く似合ってるよ」
「ありがとう」
露店に戻ると、皆が褒めてくれる。
半分は彼女たちのやさしさだとしても、表情から察するに、実際受けは悪くないようだ。
無駄にネクタイまで締めているので、やや暑苦しいが、それにもまして気分がいい。
やはりそれなりの格好をすると、心持も変わる。
なんだか姿勢もよくなった気がする。
調子に乗ってジャケットを何度も羽織りなおしたり、ネクタイを締めなおしたりしてはしゃいでいると、客席から視線を感じる。
常連客達が、いろいろな表情を浮かべながら俺を観察していたようだ。
なるほど、いつもクロはこんな気分なのか……。
爺さん連中は明らかに服を見ているのだろう。
こいつらは比較的裕福なのもあり、いつも洒落た格好をしている。
見たことの無い襟の形状だが面白いだとか、シルエットが美しいだとか、ボナスは脚が短いから自分が着た方が似合うなどと話をしている。
ある程度はお眼鏡に叶ったのだろうか。
だが黙れ、爺ども。
そうして客たちの顔を見てスーツの評判を探っていると、最後に入学式の母親のような顔をしたメナスと目が合った。
その横にはエッダとガザットもいる。
三人で遊びに来てくれていたようだ。
「とてもお似合いですよ」
「あ、ありがとう……」
目が合ったので、会釈とともに声をかけられる。
年甲斐もなくはしゃいでいたのが急に恥ずかしくなる。
「あはははっ、ボナスなにそれ~? ちゃんとした商人みたいじゃん~!」
「懐かしい服だね……。少し近くで見ても?」
エッダは相変わらず失礼な女だ。
洒落物のガザットは、案の定凄い勢いで食いついてきた。
「エッダはいつも通りだな……。あとガザット、服は見せるから、あんまり体をまさぐってくれるな……」
「少し羽織ってみても?」
「どうぞ」
「わしにも少し見せてもらえるかの?」
それから暫くガザットと爺さん連中に買ったばかりのジャケットを奪われ、中身の俺は捨て置かれる。
見るのは構わんが、あまり皺をつけてくれるなよ……。
まぁ意外と丁寧に扱ってくれているようなので大丈夫か。
「あ、あのボナスさん。えーっと、こ、この子貰っていい?」
「いやダメだよ……」
常連客化しつつあるウララがコハクを抱きしめ、顔をうずめ深呼吸しながら聞いてくる。
何してんだこいつ……。
横で見ているギゼラも苦笑いしている。
「まぁこれからもたまに連れてくるから」
「な、なるべく連れてきてくださいね!」
「あの~……私も抱っこしていいでしょうか?」
「お姉ちゃん私も!」
「んなぅ~?」
仕立屋の姉妹が揃ってうちの露店で話し込んでいたようだ。
呼びに来てくれた次女がまだいるということは、随分長く話し込んでいたのだろう。
もしかすると誰かの服の打ち合わせのついでなのかもしれないが……。
最近彼女たちは仕事の合間にも良く遊びに来てくれる。
今日はウララとギゼラの四人で、リラックスした様子で同じ卓を囲んでいる。
シロとクロはコーヒーを作っている。
ザムザはメラニーに連れられアクセサリーをあわせてもらっているようだ。
若くて見た目のいい男に、嬉しそうにアクセサリーを買い与える中年女性という絵面に何とも言えないものを感じる。
まぁ実際金出すのは俺なんだけどな。
何か手伝おうかと思っていたが、今の時間は客も少ない。
俺がいなくても何の支障もなく露店はまわりそうだ。
クロとシロも今は手が空いているようで、二人で交互に雛へ餌をあげている。
手持ち無沙汰なので、傭兵斡旋所にハジムラドのことを聞きに行こうかとぼんやり考えていると、突然背後から声をかけられる。
「ボナス。コーヒーくれ」
「――――――アジール?」
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