第55話 黒狼襲来②
門を開ける提案をしたことで、マイルズと村長が不安そうな顔になる。
敢えて冷静に余裕のある声で説明を続ける。
「だがそれは黒狼数匹が通れるくらい、ほんの少し開けるだけだ。マイルズたちにはそこからの誘導路を急ぎ作ってほしい。そこを通過する黒狼を柵の隙間からケインたちに攻撃してもらう」
「黒狼を効率よく倒すための装置みたいなもんか……」
このままでは遠からず、柵の内側に黒狼が入ってくる。
であれば何処から来るかわからないより、ある程度場所を絞って対策したい。
「そういうことだ。今ある柵ほどしっかりしたものでなくてもいい、とにかく急いで作ってほしい」
「材料が厳しいかもしれんぞ」
「家を解体するんだ。最終的には一度村を捨てて避難する必要がある。そうなれば家なんて何の意味も無い」
「であれば、まずわしの家から解体してくれ!」
意外なことに村長が強く主張してくる。
確かによく考えると、これは村長にとっても悪い話では無いな。
いずれこの不幸の責任を追及しようとする動きも出てくるだろう。
そうなればまず矢面に立つのは村長だ。
そうなった場合でも、事態の解決に私財をなげうって貢献したという実績があれば、少しは身を守りやすくもなるだろう。
それに村長が率先して家を解体することで、後に続く人も出るだろう。
何にしろありがたい提案だ。
マイルズもはっとした顔をして、ようやく気合が入ったようだ。
「村長……ありがたい、助かるよ」
「わかった! 俺も直ぐ人を集めて取り掛かかる!」
最後はパン屋の女将ミルだ。
こいつも昔傭兵だったらしく、背は低いが中々豪快な性格で、肝が据わっている。
こんな時には特に頼りになる。
背が低く、がっしりした体格で、体力もありそうだ。
後肉付きが良く、胸がやたら大きい。
こんな時だというのに、アジールがチラチラ見ている。
「じゃあ次、ミル。水と布、食料をまとめて用意してほしい。後は赤子や小さい子供、歩くのが遅い老人たちをまとめて効率的に世話できるようにしてほしい。避難の際は東門から逃がすので、なるべく門の近くに集めておいてくれ。それと、けが人も出るだろうから、運び込んで手当てできるような場所の確保も頼む」
「わかった! 任せとけ!」
そういうと、のしのしとミルも歩いて行った。
こいつには攻撃任せた方が良かったかもしれないな……。
相変わらず狼の遠吠えが、周囲一帯から連続的に聞こえる。
以前は遠吠えの後撤退していったが、今のところそう言った様子はまるで見られない。
むしろ黒狼達はどんどん数を増し、柵まで到達する黒狼も多くなってきた。
柵の内側では徐々に人が集まり、狼達を誘い込む道も出来つつある。
アジールは攻撃について指導している。
攻撃チームをさらに3チームに分け、交代制で挑むようだ。
ザムザは誘導路の建築を手伝っている。
シロやギゼラには及ばないが、こういう仕事では無類の力を発揮するな。
さすがは鬼だ。
しかし、そろそろ限界か。
柵のすぐ向こうから狼達の息遣いが聞こえてくる。
間に合うだろうか…………。
雨で視界も悪く、不安とともに焦りがでてくる。
本当に門を開けていいのだろうか……。
前線の4人に目を向ける。
どちらかというと力任せの激しい戦い方をしているため、シロとギゼラはすでに全身血みどろだ。
おまけに足元は大量の血液と雨でぬかるみ、さらには黒狼の死体が積み重なっている。
なんとも酷い状況だ。
ギゼラは徐々に息が上がり始めているのがわかる。
シロはまだまだ大丈夫そうだ。
エリザベスとの戦いに比べるとかなり余裕を感じる。
ただし二人とも何度も黒狼に噛みつかれてはいる。
傷は直ぐに回復しているようだで、目立った外傷はない。
だが、服がだいぶと破けてぼろぼろだ。
彼女たちのあんな姿を見せられることになるとは……。
ちょっとしたお試し傭兵仕事のつもりできてみたが、結果こんなことになるとは全く考えていなかった。
大切な仲間を、こんな前線に立たせてしまっていることに心が痛くなる。
マリーからは後で何としても追加報酬を貰わねば。
出来る限りねぎらって、みんなに最高に良い服を買ってやりたい。
マリーは最初からずっと変わらず、機械的に戦い続けている。
相変わらず立ち回りが上手い。
とはいえ、さすがに動きに雑なところも出てきているようだ。
雨と血によるぬかるみと黒狼の死体が原因だろう。
足場が悪すぎる。
クロは村から離れた場所を駆け回っている。
遠くから見ていると、じゃれつく犬の散歩だな。
もはや遊んでいるようにしか見えない。
あの様子なら大分余裕がありそうだ。
かなりの数の黒狼を引き付け、群れの動きを大きく乱している。
実質クロが一番活躍しているといえるだろう。
皆、まさに獅子奮迅の活躍だ。
彼女たちが動くたび、恐ろしい程の死体が量産されていく。
だが、それでもまだまだ黒狼たちは無限に供給され続ける。
とっくに彼女たちが一度に対処できる数は飽和している。
柵の周りにあぶれた黒狼達が、次々に集まりだす。
既に黒狼達の中には、柵を破壊して中に入ろうとするものもいる。
今は柵の隙間からケイン達が攻撃してなんとか凌いでいるような状況だ。
「おーい! ある程度誘導路が出来たぞ!」
「おお! 早いな!」
「今ある柵と沿うように作ったもんで時間は半分で済んだんだ」
「やるじゃないか、マイルズ!」
柵自体もその部分は二重になるし、悪くない手だ。
片側からしか攻撃できないのが難点だが、どのみち人数は少ないからな。
「よし。開けるか――」
「アジール! タイミングを合わせて門を開けてくれ!」
「わかった! よーし、やるぞーケイン!! 皆殺しだ!」
「おう! みんな配置につくんだ! 相手は俺たちの大切な家畜や、仲間を殺した奴らだ。いまこそ復讐だ! 黒狼どもをぶっ殺すぞ!」
アジールとケインが上手く村人たちの士気をコントロールしてくれている。
「ザムザ! お前は誘導路の最後の砦だ。お前を抜けたらこの村は終わりだぞ。これこそ英雄の仕事だ! 気合入れろよ!」
「わかったっ!」
ザムザは既に十分たぎっているな。
最近ちょっと幼さを感じる表情ばかり見ていたが、今は全身に気合をみなぎらせ、恐ろしい鬼の顔をしている。
ザムザをこれほど頼もしいと感じるとは、少しうれしいような不思議な気持ちになる。
「――――よおおおし! 門を開けろおおおお!」
かんぬきが外され、ゆっくりと扉が開かれていく。
ザムザが狼を中へと誘導する。
分かってはいたが、凄まじい勢いだ。
まるで黒い濁流だ。
雨のせいで余計にそう感じる。
誘導路を駆け抜けるザムザに、黒狼が噛みつく。
柵の隙間から槍や鋤が次々に差し込まれていく。
「死ねえ! 息子の仇だこのクソ狼どもが!!」
「負傷させることが重要だ! あまり深く刺しすぎるな! 直ぐ引き抜き直ぐ刺せ!」
「うあああああああ!」
「俺の街をめちゃめちゃにしやがって!!」
「殺せえええええ!!」
村長もいつの間にか目を血走らせ叫び、槍を突き入れている。
村人たちの怒りは俺が思う以上に大きいようだ。
もっと腰が引けるかと心配していたが、杞憂だった。
恐怖を上回る怒りや憎しみを糧に、果敢に黒狼を攻撃している。
確かに自分達の大切な居場所、人生を破壊されそうになっているのだ。
ケインはそんな村人のヘイトをうまく利用してくれたようだ。
人選は間違っていなかったな。
今は怒りや憎しみであっても、力に変えて奮い立たねばどうにもならない状況だ。
「マイルズ! 黒狼の死体を引きずり出してくれ!」
「わかった!」
凄まじい勢いで、黒狼の死体が積みあがる。
このままだとあっという間に誘導路が埋まってしまう。
もちろん対策は考えてある。
柵の下に敢えて隙間を作っており、そこから死体を次々に引きずり出す。
だが、黒狼の死体の積み重なるのが、いくらなんでも早すぎる。
これはまずいかもしれない。
「私たちも手伝うよ!」
「ああ、ミル! 助かる!」
ミルのグループから、体力のありそうな面子が駆け寄ってきて黒狼を引っ張る。
地面には大量の血だまりが出来ており、黒狼を引きずり出そうとすると足が滑る。
作業に当たっている面子は、あっという間に前線に出ている4人に負けないくらいの血と泥にまみれる。
「みんないいぞ! 確実に黒狼は数を減らしていっている!」
正直上から見ている限り、黒狼が減っている実感はない。だが、いま士気を下げるわけにもいかない。
それに少なくとも柵自体に攻撃を加える黒狼はいなくなった。
俺も急ぎ降りていき、黒狼を引きずり出す作業に加わる。
凄まじい悪臭だ。
思った以上に、足元はぬかるみ力が入らない上、やたらと手も滑る。
さらに黒狼は普通の狼よりもひとまわり大きく、なかなか重い。
ひとりで引っ張り出すのは厳しい。
「ボナス! ザムザが危ないかもしれん。一旦ここを任せていいか?」
「わかった!」
ザムザを見ると体に3匹の黒狼を食いつかせたまま、別の黒狼にメイスを振り下ろしている。
かなり危機的な状況に見えるが、ザムザは笑っている。
「はっはっはっはっ! 来い! もっとだ!」
なんだかやばそうなことを言って、ずいぶんとご機嫌だ。
少々状況に酔っている風にも見えるが大丈夫だろうか。
まぁアジールが補助すれば、何とか安定するか。
「ボナス! 攻撃のペースが落ちているが大丈夫か!? 黒狼を引っこ抜く人員を回すか?」
「大丈夫だ。アジールが抜けたぶん誘導路での攻撃はやや落ちたが、最終的にはザムザに加えアジールが処理するから大丈夫だろう。むしろ黒狼が誘導路に積みあがって、柵を超えてくるようなことになれば、それこそ終わりだ」
それにしても、下にいると全体的な戦況がまるでわからない。
さらには黒狼を引っ張りまわしていると、すごい勢いで体力が消耗する。
どうも判断力も鈍ってきている気がする。
あまりの不安から、今の状況と客観的に向き合うのが怖くなる。
何も考えず体を動かす作業に没頭したい。
だが、それは今俺がすべきことでは無いだろう。
彼女たちから目を離すべきではない。
何より、引き際を見誤ることが一番恐ろしい。
――――はやく見張り台の上に戻らなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます