第54話 黒狼襲撃①
「アジール、攻撃組の4人は生き延びられるか?」
「あの4人であれば生き残ることはできるだろう。だが、いくらなんでも相手の数が多すぎる。あっという間に処理しきれない黒狼が柵を超えてくると思うぞ」
黒狼が無秩序に柵を超えはじめると、ほぼ間違いなく村は大混乱になるだろう。
そうなると、村人は全滅するだろうな。
それだけは何とか避けねば。
「今すぐ全村民の避難は…………現実的でないな。ここはある程度の犠牲は覚悟して、村民と俺達でも黒狼の相手をするしかないか」
「とはいえどうする? 総攻撃でも仕掛けるというのか?」
「いや出来るのは限定的な籠城戦くらいだろう。まずは動ける村民を3つのグループに分けよう。即席の槍や農具を用意して狼を攻撃するグループ、死んだ狼を運び出し柵の補修をするグループ。子供の世話や、傷の手当、飯の用意をするグループだ」
「どう分ければいい?」
「名簿と地図がある。今から個別の割り振りと各グループのリーダーを決める。各リーダーと村長に話を通し、後の連絡は任せよう。大体の顔と人間関係は頭に入っているから混乱は最小限に抑えられるはず」
アジールとザムザが驚いた顔でこちらを見てくる。
ザムザは一緒に行動していたくせに、なぜ一緒に驚いているんだ。
「この状況を見越していたのか?」
「当然だろ?」
「…………」
アジールは残念な奴を見る目に変わり、ザムザはさらに驚いた顔をしている。
ザムザが純真すぎて辛い。
「いや、冗談だよ……」
だがまぁ結局昔からやっていたことと同じだ。
難しい現場でも、人の顔と名前を完璧に覚え、人間関係を押さえつつ、図面を読み込めば勝手に段取りは出来てくる。
――でも失敗したらアジールのせいにしようっと。
必死に頭を働かせ、村人の顔を思い浮かべながら、急ぎチーム分けを行う。
「アジールとザムザは、各グループリーダーと村長をここに集めてくれ。俺はマリー達の状況を観察したい」
「わかった。行くぞ、ザムザ」
「うむ」
2人が見張り台から飛び降り駆けて行く。
マリー達はまだ群れとは当たっていない。
とはいえ後数分で接敵するだろう。
雨の中、目の前を覆いつくさんばかりの黒狼の群れが猛烈な勢いで迫ってくる。
妙に赤いグロテスクな牙を剥きだした顎や、僅かな光を反射する眼球まで遠目にも見えてくる。
何とも言えない生理的な気持ち悪さと恐怖を感じる。
地獄の鍋で、キダナケモの脅威に慣れていなければ、今頃ひっくり返って震えていただろう。
「今回ばかりはぴんくに攻撃してもらう可能性も高い。その時は頼むぞ?」
何時の間にかポケットから顔を出し、黒狼の群れを見ているぴんくの頭をつつく。
迷惑そうな顔をしているが、状況に怯えている様子も無い。
心強い限りだ。
マリーはギゼラと何か相談しているようだ。
クロとシロはこちらを見て、手を振っている。
意外と余裕あるな…………。
とりあえず手を振り返す。
マリーが2本の剣を抜いた。
クロはまだナイフを構えず、こちらに手を振っている。
シロは右手に金棒、左手には剣鉈を持ち静かに仁王立ちしている。
ギゼラも両手にメイスを持って素振りしている。
そろそろ接敵する――――。
「――っがあああああああああああああ!!」
マリーが吠える。
こわっ。
あいつ本気で戦う時はあんな感じなのか。
歯をむき出して目が血走っている。
何かやばい薬物でも使っているのかもしれない。
そんな狂戦士化したマリーの後ろからクロがてくてくと歩き出す。
そして、そのまま黒狼の群れの上に駆け上がる。
クロを追い、群れの動きが乱れる。
「きゃーっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ!」
クロが笑いながら黒狼の上を歩きナイフを振るう。
そのたびに近くの黒狼から悲鳴が上がると同時に血潮が吹き上がる。
えぐい。
暗闇の中、美しい瞳を黄緑色に光らせ、モンスターを引き連れ、笑いながら歩く。
まるで魔王だ。
「――――んっ!」
混乱した群れの横っ腹に、シロが大きく踏み込む。
と同時に、金棒を横なぎに振るう。
一度に複数の黒狼が、ぼろ雑巾のように宙を舞う。
あまりの威力に殴られた黒狼は原型をとどめていない。
やっぱりこいつもえぐい。
ギザラは戦況をよく観察している。
シロの大ぶりな攻撃の隙になるような場所から的確にメイスを黒狼に叩きんでいる。
コンパクトなスイングなので、シロほど目立たないが、恐ろしい速度と精度だ。
マリーに視線を戻すと、既に全身が鮮血に染まっている。
オレンジ色の髪と相まって、華やかさすら感じさせる。
鬼たちのように力任せな攻撃が出来ない分、とにかく圧倒的な戦闘技術で黒狼達を屠っていく。
2本の直剣を器用に使い一太刀で一匹ずつ、的確に致命傷を与えていく。
無駄な剣の運びが無い。
まるで舞踏のような動きだ。
なにより卓越していると感じるのが絶妙な脚使いと位置取りだ。
常に優位な状況、優位な体勢に自分を保ち続けている。
「んっがあああああああああ!! 皆殺しだあああああ!!」
ただし、非常に冷徹な殺戮マシーンのように動く癖に、出てくる声は狂戦士のそれだ。
シロとは真逆のタイプだな。
4人ともまさに一騎当千の働きをしてくれている。
加えて、クロがいくらか群れの進行を乱してくれているのは大きい。
だが、この数は異常だ。
狂ったように死体を生み出し続ける4人ではあるが、彼女たちに近寄れない黒狼たちも多い。
そういった目の前の戦いからあぶれた黒狼達が、標的を柵の中へと変えていく。
しかもまだまだ背後の丘からは無限とも思える数の黒狼がこちらに向かってきている。
雨脚も強くなってきた。
視界がさらに悪くなり、体にへばりつく衣類が気持ち悪い。
久しぶりの雨だが、今はただひたすらに不快だ。
「ボナス! 集めてきたぞ! どうする?」
「まずは村長。分かっているとは思うが、まずい状況だ。このままではこの村の住民は全て死ぬ」
「な、なんと…………」
「だが、生き残るための対策を考えた。今、俺の仲間たちが何とか数を減らし、時間を稼いでくれている。その間にこちらでもなんとか狼の数を減らし、隙を作りだし、避難する。村の総力を挙げて協力してくれ」
「そ、それはどういう…………本当に上手くいくのですか?」
「わからない。だが、協力してくれないのであれば、全滅するだけだ。ここからは時間との戦いだ。各グループリーダーも一緒に聞いてくれ。今から各グループのメンバーを言うから、それぞれ人を集めてくれ」
「ボナス! 協力できるなら何でも言ってくれ! 大体の話はザムザから聞いた。今人も集めさせている。まずはどうすればいい?」
攻撃役のリーダーに指名したケインが話を進める。
元傭兵だけあって、話が早い。
体も大きく、村でも普段から色々と頼りにされている。
ちなみに性病持ちの独身だ。
フィールドワークのせいで、いらない情報も一緒に想起される……。
「ケイン助かる。とりあえず俺達でもある程度は黒狼を倒さねばならん。そのリーダーを頼む。まずは武器になりそうなもの、農具でも先が尖った棒でも何でもいいから、かき集めて東門前に集合だ」
「わかった!」
「お、おれはどうすれば?」
大工のマイルズが恐々聞いてくる。
こいつは大工の腕はいまいちだが、人が良くみんなに慕われている。
調子に乗って率先して馬鹿なことをする男だが、その分リーダーシップもある。
ちなみにこいつは独身の童貞だ。
「マイルズには一番難しい仕事を頼むことになる。これにはザムザも全力で協力してくれ。ケインたちが用意出来次第、東門を開ける」
「門を……開けるのか?」
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