第73話 ミルの今後
ミルは既に話すことを決めていたのだろう。
黒狼と戦っていた時のように、はっきりとした声で端的に語り始める。
「まずはケインの最期を村のみんなに話す。それで墓を建てる。後は復興も精一杯手伝うさ。でも……それからは村を出る」
「ボナス。ミルちゃんも私たちと一緒に……」
「ゼラちゃん大丈夫。自分で話すよ」
ギゼラは自分とミルの分の食事をもって、寄り添うように腰掛ける。
2人は料理を作るのに忙しく、まだ味見程度しかできていない。
いつも奔放に振舞っているようで、自分のことは後回しにする。
この2人は見た目も性格もまるで違うが、どこかその振る舞いには似たところがある。
「ケインを介錯してからずっと考えていたんだ……。ケインは最後傭兵として死んだ。もちろん不幸なことだったが、最後の瞬間は、とても納得した顔をしていた」
その時のことを思い出しているのだろうか。
顔は毅然としているが、無意識に手を何度も握りなおしている。
「それで……、じゃあ私はどうなんだろうかって、私はどういう顔をして死ぬんだろうって、考えてしまった」
ミルはイス代わりにしている岩の上に胡坐をかいて座り直す。
ギゼラはミルの目の前で冷えていく料理を、どこか寂しそうに見ている。
皆は食事を続けつつも、静かに話を聞いている。
俺もなんだか食事の味が分からなくなってきたので、食事用のナイフを一旦置く。
「もちろん自分の人生なんて思い通りいくもんじゃないさ。死ぬ瞬間に納得するなんて高望みをしてるわけでもない。でもなんだか今の私の生き方は嫌になったんだ」
「お前と一緒に戦った俺からあえて言わせてもらうと、お前は今でも十分立派な奴だと思うがな」
アジールは口に詰め込んでいた肉を満足げに飲み下し、特に感慨も無くそう言う。
ザムザも賛同するように深く頷いている。
「ああ、あの時はね……こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど、楽しかったんだよ。あの時、あの面子の中じゃ、私は一番頼りにされて……いなかった。そういう状況で思うままに力を振るうのは初めてだったからね。私はね、たぶん頼られるとダメなんだと思う」
ミルは口元を強く引き結んだまま、少しつらそうに目を落とす。
ギゼラが心配そうな表情をしている。
ギゼラとの体格差が大きいせいで、ミルは余計に弱ったクマの縫いぐるみのように見える。
「私はなぜだかいつも頼られる。そして頼られると、無理やりにでもそれに応えようと振舞ってしまう。もちろん頼られるのは嬉しいさ。でも、それはそれで……流されているってことでもあるんだ。だから、気がついたらいつも、大して興味も無いことを必死でやっていたりする」
確かにヴァインツ村での様子を思い返すと、ミルは村人たちから本当に頼りにされていた。
ミルが何か言えば大体みんな従ったし、村の女たちは相談事があれば、まず彼女のところに行くと言っていたほどだ。
俺もそれゆえに、リーダー的な役割と頼んだのだ。
「でも…………、それでも誰かの役に立てれば、いいかと思っていたんだ。でもケインのことがあって、ボナス達とここ数日一緒に行動して…………。やっぱりあたしは、何ていったらいいのかな…………もっと馬鹿みたいに生きたいと思ったんだ」
ミルは少し困った顔で言葉を探していたが、暫くすると諦めたように少しだけ笑い、そう言った。
「なるほどな~。わかるぞ。ボナス達見ていると、まじで馬鹿みたいに生きていて羨ましいよな」
「クロ! アジールはデザート抜きだ!」
「ぐぎゃう!」
「えっ……」
ちょうど最後の肉を平らげたアジールが、深く納得いったような顔で、失礼なことを言ってくる。
だが、たしかに否定はできない……。
「それで、ボナス。どうかわたしを仲間に入れてほしい。あんた達と一緒なら、私は馬鹿になれる」
「どんな頼み方だよ、まったく…………まぁ、いいんだけども」
「えっ?」
ミルは驚いた顔をしているが、そりゃそうだろう。
みんなも今更何言ってんだ、という顔をしている。
「むしろ今更アジトから出ていかれるほうが色々面倒くさいだろうが」
「ああ、うん……そっか。そうだね」
「ミルちゃん良かったね~」
ミルが来てくれたおかげで食事のクオリティも上がった。
今後街で色々と材料を調達すれば、さらにアジトの生活水準を上げてくれるだろう。
人間的にも信用できるし、戦闘力も元傭兵だけあって、それなりに高い。
姉御肌であると同時に、子熊のような雰囲気も持っており、そういうところも個人的に気に入っている。
どう考えたって優良物件だ。
「ただし……わかっているとは思うが、俺達には秘密も多い。途中で勝手に抜けるのは無しだぞ。もう一蓮托生だからな! 逃がさないぜぇ~」
「ぐぎゃうぅ~」
「えぇぇっ……まぁわかったよ」
俺がミルに釘をさしていると、横にいたクロが何故か偉そうに人差し指を立てて便乗してくる。
何故かちょっと悪そうな顔をしている。
ミルは喜んだギゼラに抱きかかえられて、少し恥ずかしそうに笑っている。
「ミルが仲間になってくれて、とてもうれしい」
「あぁ、……ありがとう」
ザムザも素直に嬉しかったようだ。
優しげに笑いかける。
ザムザの無防備な笑顔を向けられたミルが、急に顔を赤く染め、少し震えた小さな声でこたえる。
…………そう言うことかよ!
確かにこいつ黒狼と戦ってた時も、なんだかんだずっとザムザにくっついていたな。
まぁ確かにザムザ、シロに見た目が似てるだけあって、相当にかっこいいんだよな。
みんな気が付いてたのだろうか?
思わず周りを見渡すと、シロと目が合う。
「ボナスって、年の割にそういうの鈍感だよね」
「あ、うん。なんかごめんな、シロ……」
シロに心をえぐられつつも、心を落ち着ける。
まぁ別に何か俺にとって問題があるわけでは無いが……そういやメラニーもザムザに気がありそうだったな。
すまんメラニー……お前のライバルをスカウトしてしまった。
そのうちザムザは女に刺されそうだな。
「鬼でよかったなザムザ」
「うん?」
当のザムザはあまり意味も分かっていないようで、不思議そうな顔をしてアジールの横に座っている。
アジールも中々女にモテそうな面をしているが、ザムザと並ぶと色々と残念な感じがする。
だが……、そのアジールが妙にさわやかな笑顔で、こちらを見てニコニコしている。
「アジール……ずいぶん満足そうじゃないか」
「そりゃあなぁ~?」
「…………これで俺達が復興に手を貸さざるを得なくなったからか」
「そうだよ! 悪いかよ! 正直うんざりなんだよ……頼む、たすけてくれよ~」
ミルを仲間に加えた以上、村の復興に協力せざるを得ないだろう。
まぁそのことが無くても、多かれ少なかれ何らかの形で復興には協力するつもりではいた。
何せ建物に火をつけて周ったのは俺なのだ。
村人が路頭に迷ったとあっては寝覚めが悪い。
「とはいえ、メラニーとの約束もある。早くサヴォイアの露店も再開したいし、特別何か技術があるわけでもない。あまり期待はしてくれるなよ」
「ああ、それは分かっている。ちなみに今回の復興を領主様から任されているのはハジムラドだ。俺はその補佐をしている感じだな」
ハジムラドか。
不機嫌そうな顔をしつつも、天下り先の斡旋所で、悠々自適な暮らしを楽しんでるようだったが……、無理やり現場に戻されたか。
マリーといい、優秀な奴らは結局擦り切れるまで使われるんだなぁ。
「そしてお前は……大体なんかめんどくさい仕事の補佐を任されるんだな」
「うるせぇよ!」
「んで、現状何が問題なんだ?」
「あぁ、問題だらけなんだが…………、まぁ今のところ一番は、物資が足りないことだなぁ」
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