淵緑の呪術神(4 / 8)
朝、冒険者ギルドから来た手紙の中身を見て、俺はすぐにピンときていた。俺を宛てにして旅する女エルフなんてひとりしかいない。過去、もう9年近く前、モンスター大量発生中の山の中で出会った──ジャンヌだろうと。
「本当に久しぶりだ」
「テツト様……!」
外見はさすがに成長して変わってはいるものの、しかしあの山の中で出会った時と雰囲気は変わらない。
「懐かしさを分かち合いたいところだけど……状況が状況だ。さきに
〔任せて、ご主人っ! 殺していいの?〕
「まあ、構わないだろ」
〔りょうかいっ!〕
シバは風に溶けるようにして、その場を後にする。
「テ、テツト様……どうしてここにっ? それに、今のオオカミはまさか神獣の……!」
「全部後にしよう、ジャンヌ。まずはこの場を──」
「テ、テツト様が、また私の名前を、お、おおお、お呼びに……!」
「えっ?」
ジャンヌは顔を真っ赤にしたかと思うと、その場に卒倒した。
「なっ……!? ジャンヌっ!? おい、しっかりしろっ!」
「えへ、えへへへへへ……」
ジャンヌは何やらうわ言を呟きながら、その目の焦点が合わないようだ。
「くそっ……! 間に合ったかと思ったのに、何らかの攻撃を受けた後だったのか!? おいっ、お前らっ! ジャンヌにいったい何をしたっ!?」
俺の激昂の問いに、先ほどシバの起こす風に吹き飛ばされていた盗賊団の男たちは互いに顔を合わせると、首を傾げ始めた。
「な、なにもしてねーぞ……?」
「嘘つけッ! 何もしてないのにこんなに顔が赤くなってたまるかよ!」
「いや、本当に。これからしようと思っていただけで……」
「しらばっくれやがって……!」
どうやら簡単に口を割るつもりがないらしいな。こちらを少数だからとナメているのかもしれないが……だとしたら痛い目を見てもらうことになる。俺は腰を落とし、愛用の剣を引き抜くと地面に水平に構えた。
「──ククク……冒険者テツトか。お前の名前はよく聞いてるぜ」
「ん?」
何やら薄ら笑いを浮かべている長身で細身の男が悠然と歩いてくる。
……アレ? どこかで見覚えがあるような……。
「おいおい、オレのことを忘れちまったかよ?」
「……あっ、お前っ! 【処刑人サイコ】かっ!?」
「ククク、ご名答だ」
そうだ、思い出した。どこかで見た覚えがあると思ったら、戦場でのことだ。
「なぜお前がここに? 2年前、自分の気に入らない冒険者チームを皆殺しにしてクロガネイバラに捕まったはずだろう? 今は牢に入れられていたはずだ」
「そりゃあ決まってる。抜け出してきたからだ。警備も何もかもが手薄な今は、牢獄の中はやりたい放題だぜ?」
元帝国軍大隊長サイコ──通称【処刑人】。この男はひとりの兵士として
「2年、オレは牢にいたが……囚人共の選別と粛清にも飽きてなぁ。ちょうど脱獄もできそうだったんで、魔王軍にいいようにやられている帝国内でちょっと遊ばせてもらおうかと思ってね」
「遊ぶ?」
「この国1番の盗賊団を築き上げるのさ。国全体の目が魔王軍に向いている今ならそれができる。勇者やクロガネイバラたち超Sランク級のヤツらが動き始める前に、この団を巨大化させて……オレたちは手に入れる。金も、酒も、女も、地位も、そして自由もな」
「……」
「ククク……冒険者テツト、お前もどうだ? オレたちの仲間にならないか? 赤銅騎士帝国十字章を手に入れられるほどの腕の持ち主なら、オレの右腕になれるぜ」
「……はぁ」
サイコの言葉を聞き終え……思わずため息が出てしまう。
「あのさ、野望がテンプレ過ぎんだよ、お前」
「……は?」
とりあえず言い分は全部聞いてみたが、何というかどこかで聞いたことのある悪党が言いそうなセリフをペラペラと喋っていただけだった。
「いや、ていうか……実際に聞いたことあるんだわ、それ。6年くらい前に潰した奴隷売買組織のヤツらの言い分と9割くらい同じだったんだわ」
あの時も最初、拠点に乗り込んだ時、ボスが同じことをペラペラ喋ってたんだ。そんで俺はいろんな幹部的なヤツをザックザックと斬り倒して、最終的には組織を潰したんだった。
「悪党ってみんな思考回路が似るんだろうか……俺も悪いこと考え始めたら笑い声が『ククク……』になるんだろうか……」
「──バ、バカにしやがってッ! 野郎どもっ! 全員でかかるぞっ!」
サイコの掛け声と共に、いつの間にか俺の周りを囲んでいた盗賊団の男たちが一斉に迫ってきた。その中に紛れるように、ハヤブサのごとき素早さでサイコも駆ける。
「ククク……さあ、どうする冒険者テツトッ! お前がいくら強かろうと、ひとつの攻撃を避ければその一瞬にスキが生じるッ! オレはそれを見逃しはしないぜ……!」
「そうかい。ククク……それならこっちにも考えがあるんだぜ……!」
俺は水平に構えた剣に魔力を込め始める。距離感を計るように左手を前に、剣を円を描くように後ろに回して重心を後ろに移動。
「ジャンヌ、そのまま横になっておけ」
「はっ、はひぃ……!」
後ろでジャンヌが倒れたままなことを確認して、俺は左肩、腰、右足首の順に体の筋力をフル解放してその技を放つ。俺の得意技【フォアハンドストローク】だ。ただし、ただのストロークショットではない。
「──はぁぁぁッ!」
俺は横に360度一回転して鋭く剣を振り回した。すると、
「がっ……!?」
周囲の全ての盗賊団が切り刻まれた。男たちが全身から血を噴き出させて地面へと沈んでいく。それは、サイコも同じ。
「ま、まさか……カマイタチ、かっ!?」
「その通り」
鋭い剣の一閃によって圧し出された空気圧が斬撃となって飛び交ったのだ。何度もやっていると慣れて、それに指向性を付加することもできる。
「戦場じゃモンスターに囲まれることなんて、通学中の地下鉄の満員電車くらい当たり前のことだったからな。自然といなし方を覚えたのさ」
「あ、ありえねぇ……どれだけ、高難度の技だと思って……」
「……弟子にできて、師匠にできないってのも恰好がつかないしな」
とあるひとりの褐色肌で無口な少女の顔が頭に思い浮かぶ。……元気にしてるといいな。
「じゃ、終わりだな」
「ま、待て──」
俺の動きを制止しようと手を突き出すサイコだったが、もう遅い。俺はその首をすぐさま刎ねた。
「帝国一の盗賊団を築きたいっていうなら、俺程度に負けてちゃ話にならないんだよな……さて、と」
他の男たちも無力化できているようだったので、俺はジャンヌを振り返る。
「大丈夫か、ジャンヌ? どんな攻撃を受けた?」
「は、はいっ、こちら攻撃は受けておりませんし雄猿共にも指一本触れられていない清い身のままのジャンヌです温情深きテツト様のおかげでまったくの無傷です本当にありがとうございます! でへへへ……」
「え、えっと? そうか、無事ならよかったけど……」
ジャンヌってこんな感じの子だったっけ? へにゃへにゃと締まりの無いとろけた表情で笑うジャンヌに、俺はちょっと首を傾げたのだった。
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