巫女?

──テツトたちがコウランの町の冒険者組合で次々に超S級討伐依頼をこなしている一方で。


〔クンクンクン……魔力の淀みの中心部はこの辺りだね〕


フェンリルの姿に戻っていたシバは帝国北東の町と町を繋ぐ草原沿いの道を駆けていた。その背に乗るのはジャンヌ。


「ふむ……ヴルバトラさんからいただいた情報によれば、近日ちょうどこの道が繋ぐふたつの町で魔力の淀みが発生しているようですし、淀みの原因となっている何かがこの付近にあることは間違いないでしょうね」


〔でも急にどうしてだろうねぇ? 突然浄化が必要なほどの魔力の淀みが出るなんて変じゃない?〕


「……いえ、それが実は……ヴルバトラさんが仰るにはそもそも現時点では大きな問題は発生していないそうなんです」


〔へっ? どゆこと?〕


シバが大きな口をポカンと開けた。シバが聞いていたのは、テツトたちがクロガネイバラを手助けしに行く間、自分とジャンヌは帝国各地に現れた魔力の淀みを浄化するということだけだった。


「まあ、シバさんは詳しい話を聞いていませんでしたもんね」


〔だってお話が難しいと眠くなっちゃうんだもん〕


シバは思い出し欠伸あくび(?)をすると首を傾げた。


〔それで、どういうことなの?〕


「まあ簡単に説明すると、魔力の淀みが異常発生しているというお告げを各地の冒険者組合の組合長たちが受けたそうなのです……【夢】の中で」


〔えぇっ? 夢……? 夢って、あの寝てる時に見る……?〕


「ええ、その夢です。1日ならまだしも、どの組合長たちも連日そんな夢を見たらしく……半信半疑のままに確かめてみたら実際その通りで、一般人には感じ取れないほどのわずかな魔力の淀みが広い範囲で発生していることが分かったのだとか」


ジャンヌはシバの背中を軽く叩いて進路の指示を出し、街道を逸れる。魔力の淀みがより大きくなっていくのを肌で感じながら、ジャンヌは話を続ける。


「例えば魔力の淀みはモンスターの増加を促したり、あるいは農作物の成長の阻害や人々の体調不良にも繋がったりします。確かにその夢を見た組合長の居る町は、近ごろ如実ではないものの農作物の病やモンスター討伐依頼の増加傾向があったそうです」


〔ふーん……つまり、騒ぎ立てるほどではないけどちょっと良くないことが続いてたってことだね。それが夢の中でのお告げの通り、魔力の淀みのせいだったってワケか〕


「そういうことです──ああ、そろそろ近いですね。シバさん、止まっていただけますか?」


〔ほ~い〕


シバがブレーキをかけると、ジャンヌはその背から飛び降りる。瞬間、禍々しくも赤黒い霧のようになった魔力の淀みがより強く、壁のように立ち昇った。まるでふたりの接近を阻むかのように。


「【聖女の回復セイント・ヒール】ッ!」


ジャンヌが聖杖の底で地面を突いて聖女の力を解き放つと、輝かしい緑の光が辺りへと広がった。一瞬にして魔力の淀みが浄化されて消え去っていく。


〔さっすがジャンヌ! たったの1回でぜんぶ浄化しちゃった!〕


「……ッ! いえ、まだですッ!」


ジャンヌとシバを覆うように、赤黒い霧が再び地面から立ち上り始める。


〔ジャンヌの聖女の回復セイント・ヒールが効いてない……!?〕


「……違いますね。確かに先ほどの淀みは浄化しました。ゆえにこれは……新たに生まれた魔力の淀みです!」


〔えぇっ!?〕


「土地に染みつくだけの淀みであれば今の1度で完全に浄化し切れたはず……ということは、この淀みにはその発生原因となっている【本体】があるはずです」


〔本体……? 魔力の淀みに本体があるのっ!?〕


「そういう場合もあります。例えば強大なモンスターの死骸がそのままになって瘴気を発しているとか……」


ジャンヌが説明をしていた時だった──その影が、霧の中から現れたのは。




──チリン。鈴の音がシバとジャンヌの耳をかすめる。




〔……! ジャンヌ! 誰かいるよっ!〕


「あれは……!?」


シバとジャンヌは禍々しい魔力の淀みの霧の中、目を凝らした。微かに見える人影。それはとても小柄なものだった。


「誰ですっ! 姿を見せなさいっ!」


ジャンヌが聖杖をもう一度地面へ突き立てる。緑の光が辺りを浄化し、そうして現れたのは──




「…………」




──長い銀髪に、ヤギのような黒い角の生えた少女だった。


「…………」ジー


白装束に紅いはかま、いわゆる巫女服のような着物に身を包んだその少女は紅い瞳でシバとジャンヌをただずっと見つめていた。


〔……女の子? でも、ニオイがしないよ?〕


「あなたは……?」


ふたりが呆気にとられる中、その銀髪の少女はおもむろに、スッと草原の1点を指差した。思わずそちらの方向を見て、それが油断だと悟り視線を戻したジャンヌだったが、すでにそこに少女の姿はなかった。


「今のは、いったい……」


〔ねぇ、ジャンヌ! 見て!〕


シバはいつの間にか、先ほどの少女が指さした場所でクンクンと鼻を鳴らしていた。


「シバさん! ちょっとは警戒してください!」


〔ホラホラ、見て見て!〕


「もう、なんですか? ……これは?」


ジャンヌがシバの元へと駆けつけ見たものは、赤黒く丸い球だった。それは魔力塊タマゴに似ていたがそれとは非なるモノ。そこから発せられる瘴気に、ジャンヌは悟った。これこそが、この地域一帯の魔力の淀みを生み出していた根源であると。


「……これが何なのか持ち帰って調べたいところですが、危険ですね。放置するのも下策……であれば、浄化してしまいましょう」


ジャンヌはその球へと聖杖を振り下ろし聖女の回復セイント・ヒールをかける。赤黒いその球はみるみる内にその禍々しさを失っていき、最後には割れて消えた。


「いったいなんだったのでしょう……自然に生まれ出たものとして考えにくい……あまりにも淀んだ魔力ばかりが凝縮されていたように思えます……」


〔それにさっきの子は誰だったんだろうね? この球の場所を教えてくれていたみたいだけど、ボクたちを手伝ってくれたのかなぁ?〕


「そうですね……」


〔それにしてもニオイのしない生き物なんてボク初めて出会ったよ。残ってるのは魔力の残り香だけかぁ〕


「……」


──各地域の冒険者組合の組合長の夢に出てきたお告げ、唐突に発生した魔力の淀み、そしていま現れたフェンリルであるシバですらもニオイの感じ取れない銀髪の少女の姿……


「もしかして……」


ジャンヌの中でひとつの仮説ができつつあったが、今シバに説明したところできっと何がなんやらわからないだろうと判断し、ジャンヌはいったんそれを胸中に仕舞うことにした。




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ここまでお読みいただきありがとうございました。


次回はチェスボード後編を更新します。


9月の早い内に投稿できるようにがんばります~!


それでは!

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