チェスボード 後編(1 / 15)

俺がその男に出会ったのは、コウランの町に滞在して4日目の早朝のこと。


3度目の超S級討伐依頼達成の後の酒盛りで酔いつぶれているクロガネイバラの面々を別荘に置いて、俺が早朝の冒険者組合へと新たな依頼の確認をしに来た時だった。


「……たすけ、て……」


金髪ブロンドのその男は、コウランの町の冒険者組合の前で倒れ伏していた。これまで見たことのない顔だからこの辺りの住民ではなさそうで、きちっとした身なりを見るに路上生活者というわけでもなさそう。


「……死んじゃう……干からびる……」


「えぇ……?」


朝日に照らされて、男は今にも死にそうなほどに顔を青ざめさせていた。確かに今日は気候がよく暑くなりそうな日ではあったけど……こんなになるもんか?


「ぼ、僕は陽射しに弱いんだよ……だから夜中の内にここまで来たのに、まさか夜は冒険者組合がオープンしてないなんて。帝都に居る部下の話じゃ、24時間開いてるということだったのに……!」


「まあ、ここは田舎だからなぁ……」


都会に行けば24時間依頼を受け付けている冒険者組合はあるものの、一般的ではない。たとえばこのコウランの町の組合は8時~19時の営業だ。


「あとどれだけ待てばいいというんだ……!」


「あと10分くらいで開くよ。開いたら呼んでやるから、それまで日陰に入ってれば?」


「ああ……そうさせてもらおう……」


「水飲む?」


「いただこう……」


俺の持参していた水筒を受け取って、金髪男はトボトボと日陰に引っ込んでいった。


そうしてきっかり10分後、冒険者組合の扉が開く。俺は熱さで溶けかけの雪だるまのようにグッタリとなっていた金髪の男に肩を貸しながら中に入った。


「ハァ……生き返るぅ……」


金髪男は組合内の椅子へと腰かけると、大きく息を吐いた。


「助かったよ、心優しき青年。君の名前は……」


「俺はテツト。冒険者だ」


「ほう? テツト……? どこかで聞いた名前のような……」


「どうかしたか?」


「ん? いや、なんでもないさ。とにかく助けてくれたことを感謝するよ、テツト。僕の名前はモーフィー」


モーフィーと名乗った男が手を差し出してきたので、握手に応じる。ヒンヤリとした冷たい手だ。それに……それだけじゃない。


……コイツ、かなり強いんじゃないか?


「なあ、モーフィーも冒険者なのか?」


「僕かい? まさか」


冗談言うなよ、とでも言いたげにモーフィーは肩を竦めた。


「今日はちょっと、人を探していてね」


「ふぅん? じゃあ依頼をしに来た側か?」


「いや……ここで待っていればいずれ来る相手だ。しばらく待つつもりさ」


モーフィーはそう言うと、優雅に長い足を組み替えた。金髪イケメンだからだろうか、とても様になっている。


……いいなぁ。俺は綺麗に足を組めないんだよな、どうにも太腿辺りが短くて。


まあ、初対面の相手にひがんでいたところで仕方あるまい。さっさと用事を済ませよう。受付に向かうことにする。もはや顔なじみのスタッフが居た。


「あの、今日は本部から何か超S級案件来てたりしますか?」


「いや……喫緊の問題はほとんど解決していただいていますので。S級であれば【リーザルト】の群れの討伐依頼が来ていますね」


「リーザルトか……」


リーザルト、それは二足歩行のトカゲ型モンスターだ。硬い鱗により防御力が高く、また岩をもこそぎ落とす鋭い爪が危険な相手だ。


「群れってことはキング級も?」


「2体居るようです。調査者はB級冒険者チームの【白銀の剣】に行ってもらったのですが、自分たちでは手に負えないとのことでした」


「了解です。じゃあそれを受けます」


「ありがとうございます、助かります」


まあ今日はクロガネイバラの面々は酔いつぶれているわけだし、軽くこなせる依頼で大丈夫だろう。たぶん起きてくるのが午後になりそうだから……倒した後には日が暮れているだろう。達成報告はまた明日かな。


「フム……リーザルトを討伐しに行くのか、テツト」


「うおっ!?」


いつの間にか、音もなくモーフィーが後ろに立って、フレンドリーに肩を組んできていた。


「ひとりで行くのか? それは無謀だと思うぞ。なにせヤツらはずる賢い。集団で水辺に引きずり込もうとしてくるからな」


「く、詳しいんだな……」


「まあ、ね」


モーフィーは少し含みありげに応じた。


「そうだ、テツトには恩もあることだし……僕が手伝おうか?」


「えっ? 討伐を?」


「もちろん、それ以外ないだろう」


モーフィーはパチンとウィンクを返してくる。


「僕はこれでも頭が良い方でね。しっかりと戦況を俯瞰して指示を出せる。きっと2人でも無傷で討伐できるぞ」


「はは……そりゃ頼もしいけど、大丈夫だよ。俺にも仲間はいるからさ」


「なにっ、そうなのかい?」


「それにリーザルトの活動時間帯は昼だしさ。モーフィーは陽が照ってると外に出れないんじゃないか?」


「むっ……それは確かに」


モーフィーはアゴに手をやって、残念がる。


「まあ、気持ちだけ受け取っておくよ」


「そうか……きっと礼はいつかしよう。気を付けて討伐に行って来るといい」


「サンキュー」


俺はモーフィーと別れ、冒険者組合を後にした。


「……それにしても変わったヤツだったな、モーフィー」


……手を握った感じと立ち居振る舞いから、恐らく相当な手練れだろうということは分かったんだけど……冒険者じゃないのか。意外だ。モンスターにも詳しいみたいなのに。


「まあ冒険者じゃないから強くないってのは違うしな。また会ったら聞いてみるか」


とりあえず今日は帰ったらちょっとゆっくりして、それからベルーナさんたちクロガネイバラの面々を叩き起こして討伐依頼に行くことにしよう。




* * *




「……人間、気の良いヤツもいるようだね。テツト、か。いい出会いをしたな」


モーフィーは冒険者組合の椅子で足を組みふんぞり返っていた。


「それにしてもサッサと来ないものかな……クロガネイバラの連中。恩人を巻き込むわけにもいかないし、ヤツらを始末した暁に来る災害人形ロジャを誘い込む場所はここから少し離れた町でにしたいところだ」


モーフィーは組合の受付で買ったこの町特産だというブラッディ・オレンジのジュースをチュルチュル飲みながら、組合の入り口をみやる。


「ヤツらが入ってきたとき、どう声をかけたらカッコいいだろうか……フフ、驚く顔が目に浮かぶな」


モーフィーはひとり静かにほくそ笑んだ。

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