チェスボード 後編(2 / 15)

午後、俺たちは今朝受けてきた依頼、リーザルトの群れの討伐へとやってきていた。


「──ハァッ!」


上流の流れの早い急流で、ベルーナの長剣による【薔薇の鞭ローズウィップ】が複数のリーザルトたちを粉々に吹き飛ばした。


〔ギィッ! ギィッ!〕


「逃がすかッ!」


立て続けに仲間をやられて恐慌状態に陥っているリーザルトの群れに追い打ちをかけに行く。


「ふぅ、もう私も若くないわね。真昼間から川で運動するのがハードに感じるようになったもの……」


「それはベルーナさんたちが昨晩深酒したあげく、昼過ぎまで寝転げてたからでは?」


「うっ……! で、でも昨日達成した討伐依頼は結構難しいものだったんだから……それは祝杯を挙げたくなるのが人のさがじゃない?」


「はぁ……調子を取り戻したらコレなんだからなぁ」


「もう、それはさっきからゴメンって言ってるじゃない……」


ベルーナはそう言って唇を尖らせた。そんな会話のさなかにも剣を振るう腕は止めていない。不規則な軌道を描く剣先が、岩ほどにも硬いリーザルトの苔色の鱗を障害にもせずその頭蓋を弾き飛ばす。


同じく昨晩飲みまくっていたナーベとマリアも、数日前までの飲んだくれが嘘のように好調な戦いっぷりを見せている。


「まあ、クロガネイバラはワイワイ酒盛りをしてるくらいが健全ですし、むしろいい回復傾向なのかもしれませんけど」


「私たちの印象について、1回テツトくんとは真剣に話し合った方がいいかもしれないわね?」


ベルーナとそんな軽口を交わし合っている間に、リーザルトの群れはそのほとんどが壊滅した。残すところはあと2体、川の中心で目元だけを出してこちらをうかがっているキング・リーザルトたちだ。


「さて、どう攻めたものか……」


川に入っての戦闘は避けるべきだった。今朝がた出会った金髪の男・モーフィーに言われた通りだ。水中を主戦場とできる知能の高いモンスター、リーザルト。その中でも格別に強いキング級の相手と、その相手の土俵で戦うのはいくらS級冒険者の俺たちでもリスクが高い。


「戦い方の定石があるわ。任せなさい」


「定石?」


「相手がある戦法を取ったときの応じ方、ってことよ。見ていて」


ベルーナが長剣を空高く舞い上げしならせると、マリア・ナーベのふたりはベルーナが何をするか分かったのだろう、前線を空けた。




「──【茨の道ローゼン・モーゼ】ッ!!!」




ベルーナが剣を川へと叩きつける。すると剣の周りに生じていた棘の形をした魔力の塊が川の中へと潜り、数秒後、機雷のように破裂する。その衝撃波で──川が左右に割れていた。


「ナーベ! マリア!」


「「はいっ!!!」」


ナーベとマリアは息ピッタリにそれぞれの役割を果たす。


「ハァァァッ!」


ナーベは割れた川の川底へと着地すると、盾を前方に、ベルーナの技の威力に身動きを止めているキング・リーザルトたちへと超高速で突貫した。


〔〔グギィッ!?〕〕


キング・リーザルトたちのその巨体が弾き飛ばされ、宙を舞う。ちょうどその先には、巨大な十字架の剣を振りかぶり飛び込んできたマリアの姿。


「【御子に從わぬは生命を見ずウラス・アップ反って神の怒りその上に止まるなりオン・ユー──】」


トドメの一撃。神罰の雷のごときマリアの剣の一閃が2体のリーザルトたちを縦に斬り裂いた。


「おお……! これが定石……!?」


「テツトくんはこれまで長い事ずっとソロだったものね。人が増えればできる戦術も増えるわ」


ベルーナは俺に微笑みかけながら剣を仕舞う。


「さて、帰りましょ」


「ですね。討伐も終わりましたし……」


と、そこまで言いかけて俺の背筋に何かが奔る。それは、違和感。


……これは……辺りを漂う魔力の質が、急におかしくなった?


「ベルーナさん……」


「ええ、分かるわ……なにかしら……」


俺たちが辺りを見渡していると、イオリテとメイスが俺の元へと駆けてくる。


「テツトッ! なんでかは分からぬが、辺りの魔力が急上昇しておるぞっ!?」


「急上昇……? この違和感の正体はそれなのか? でも、なんで急に……」


「それが分かっておったらとっくに対処しとるわ。とにかく気をつける以外……」




「──せやなぁ。テツトのお兄さん、剣を抜いてしっかり構えとった方がええで」




俺たちが警戒を強める中でしかし、メイスだけはゆったりと構えて、その口元には笑みさえ浮かべている。


「メイス……何か知ってるのか?」


「せやね。まあ、ようやくわらわたちが待っていたものに巡り会えるかもしれへん、ってことくらいやなぁ」


「は? それってどういう──」




〔──グギ……ギガッ……!〕




ユラリ、と。先ほどマリアがトドメを刺したはずのキング・リーザルトの1体が立ち上がった。


「アイツ、まだ死んで……!」


〔ギギ……ユ……ユルサ、ナイ……!〕


「っ!?」


俺たちはメイスを除いてみんな、一瞬動きを固めてしまった。


……あいつ今、人間の言葉を話した……!?


〔ヨクモ、俺ノ、下僕タチヲ……!〕


「な、なんなんだ一体……!」


〔グギッ、ギグッ……グギャギャギャッ!!!〕


そのキング・リーザルトに辺りの魔力が呼応するように瞬いた。かと思うと、その全ての魔力がキング・リーザルトの体へと吸い込まれていく。


〔コロ、コロスコロスコロスコロスコロスコロス──ミナゴロシィィィィィィッ!!!〕


キング・リーザルトの体が輝いた、かと思うとその姿形が変貌を遂げる。




〔──グガッ、グガガガッ!!! 力、ミナギル……ッ!〕




体格は変わっていない。しかし鱗は苔色から深紅へと染まり上がり、纏う雰囲気も一変している。まず何より、魔力量がけた違いだ。


……強い!


俺は確信する。今の一瞬で、とてつもない力がコイツには宿ったのだと──。




* * *




──テツトたちが相手にするキング・リーザルトの覚醒と同時刻、コウランの町の冒険者組合にて。


「……遅いな」


モーフィーは組合の椅子に腰かけたまま、たまに依頼を受けにやってくる冒険者たちの顔を眺めながら腕を組んで待っていた。


「まだなのか、クロガネイバラは。毎朝来るという情報だったはずだが……」


──モーフィーは知らない。クロガネイバラたちが昨晩深酒して午後まで眠っていたことを。


「……まあ、人間の中にも朝が弱い連中も居るらしいからな。こんな日もあるのだろう」


──モーフィーは知らない。テツトとクロガネイバラの繋がりを。そして先ほどやってきたそのテツトがその代理としてリーザルトの討伐依頼を受けていったことを。


「しかしこれだけ陽が昇ってしまうと身動きが取れないな。探しにも出れないよ。はぁ……早く来てくれればいいのだが……」


──モーフィーは知らない。テツトたちはリーザルトを討伐した後、直帰予定だということを。


「まだかなぁ……」


モーフィーは今か今かと冒険者組合の入り口に目を向けながら腕を組んで待っていた。

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