チェスボード 後編(3 / 15)
「ア──
ベルーナのこぼした呟きが全てを物語っていた。そう、このキング・リーザルトはたった今【成った】のだ。俺たちに滅ぼされる瀬戸際に、自らの潜在能力を覚醒させて常識外の力を手にした。
〔
「……ッ!」
〔マズハ──オ前ダッ!!!〕
「ナーベさんッ! ガードッ!!!」
「──ッ!」
俺の咄嗟の声に、ナーベは我に返ったように盾を上げた。とはいえ、それはとてもじゃないがガードと呼べるような代物じゃなかった。盾をただ前に掲げただけ。これまでの不動さを感じさせるナーベらしからぬ腰の退け具合だった。
──ドガン! と鉄球をぶつけられたような破壊的な音が響く。案の定踏ん張りの効かなかったナーベが、その後ろにいたマリア共々大きく後ろへと吹き飛ばされた。
〔グガガガッ! 次は、お前だ〕
残像すら見せる速さで、キング・リーザルトが次に駆けたのは──ベルーナの元。
〔死ネッ、冒険者ッ!!!〕
「──あ」
ベルーナは顔を青ざめさせて、身動きひとつ取れないでいた。襲い掛かる爪に対し、しかし剣を抜くことさえできていない。
「ベルーナさんっ!!!」
俺はとっさに地面を蹴る。そして水平に構えた黄金の剣で、ベルーナに迫る爪を弾き返した。ガキンッ、と。鋼鉄をぶつけ合うような鈍い音が響き渡る。
……重いッ!!! それに速いッ! コイツ、オグロームにいた魔王軍幹部のワーモング・デュラハン級じゃないかっ!?
〔ナンダァッ! 先ニ殺サレタイノカァッ!?〕
キング・リーザルトが標的を俺へと代えた……今はそれでいい。
「メイスっ! マリアさんとナーベさんを!」
「任せときぃや!」
「イオリテは後ろで【デカいの】を準備ッ!」
「い、いきなり過ぎるんじゃがっ!?」
俺はキング・リーザルトの猛攻を何とかいなしながら、クロガネイバラの面子が安全圏へと逃れるまでの時間を稼ぐ。
……正直、マヌゥと精霊融合してない状態で魔王軍幹部級……それもワーモング・デュラハンと対等レベルの
だけど、それでもクロガネイバラが動けない今は、俺が体を張る他ない。
〔ガガガッ! 死ニ急ギ野郎ガッ!!! 10秒デ刻ンデヤルッ!!!〕
「クッ……!」
キング・リーザルトの爪と尻尾を駆使した攻撃は威力と速さ共にすさまじく、目で追い切れない。
「~~~ッ!!!」
肌で死を感じながら、俺は極限まで集中力を高める。高め続ける。
……全身で敵を感じろッ! ひとつでも間違えたら、俺と後ろのベルーナさんが死ぬぞッ!
自分にそう言い聞かせつつ、猛攻をかわし、捌き、弾き、しのぎ続けて……10秒。いや、20秒が経つ。
〔ア、当タラネェ……! ドウナッテヤガル……!?〕
「あぁっ!? どうなってるって、そりゃ──」
そんなの、なりふり構わず必死になってリーザルトの攻撃を防ぎまくっているだけだ。それ以外に俺の頭には何もない。何もない、ハズ……
「──アレ……?」
先ほど、目の前のリーザルトの魔力が急上昇する時に感じたのよりも、もっと猛烈な違和感が起こる。
……あれ? だんだんと、目の前のキング・リーザルトの動きが遅くなってる?
つい数秒前まで脅威に感じていたリーザルトの爪の振り下ろし、尻尾の叩きつけ、毒液の噴射……その全ての攻撃が当たり前のように見切れるようになっている。
……なんだこれ、まるで、俺の周りの時間だけどんどん遅くなってるようだ。それに、体の内側がヒリつくように熱い。まるで何かが溢れ出さんと
「お兄さん、ソレ……!」
マリアとナーベを退避させて戻ったメイスが、俺を見て目を丸くしたような気がした。それと同時、
「──テツトっ! 準備できたのじゃッ!」
イオリテからの合図が飛んでくる。なら、俺の任務は完了だ。
「終わらせるぞっ! メイスッ!」
「……えっ、ああ、はいなッ!」
俺の言葉に我に返ったような反応を見せたメイスが、一瞬にしてリーザルトの間合いに入ったかと思うと、その脚を軽々と
〔グギィッ!?〕
「ふぅん、脚折ったろうって勢いで蹴り込んだのに無傷かいな。えらい頑丈なことで……まあ、
メイスはそのままキング・リーザルトを蹴り上ると、その巨体は宙高くへと打ち上げられる。地上ですばしっこいリーザルトも、空中では身動きは取れない。
「イオリテ、頼んだ!」
「ふははっ! この短時間で準備を済ませてみせたこの天才女神様を拝み、ひれ伏し、そして任せておくのじゃっ!」
イオリテが魔術杖を空のキング・リーザルトへと向ける。
「とくと味わえ、神の領域を──【ゴッド・ホット・エナジーボム】ッ!!!」
杖の先から飛び出したバスケットボール大の朱色の光の球がキング・リーザルトへとぶつかり、膨張。その体を包み込む。そして、ジュワッと。
〔グギッ……~~~ッ!!!〕
水分がひと息に蒸発する音が響く。太陽と見まがうばかりの輝きを放ち、中央のキング・リーザルトを
「ふふんっ! いくら外側の鱗が硬かろうが、熱には勝てんのじゃ!」
イオリテがエッヘンと言わんばかりに胸を張る。まあ確かに大した威力だった。
「イオリテ、よくやった……って言いたいところなんだけどさ」
「なんじゃ? 素直に褒めていいんじゃぞ?」
「いや……周りに被害が出過ぎ」
見渡せば、周囲の木々があまりの高熱に火を上げていた。
「これ山火事になりかけてるんですけど?」
「ぎゃーっ!!!」
──その後、俺たちは必死になって周囲の木々に燃え移った火を処理して回った。
「……」
戦闘の後、ベルーナたちはキング・リーザルトへと対応した俺たちに礼を言ってくれたが、それからずっと言葉数が少ないままだった。落ち込んでいる……のとは違う。どちらかというとそれは、忘れがたい【過去の恐怖】を思い返してしまい、何も考えられなくなってしまっているようだった。
「まだダメみたいやねぇ、あの
火の燃え移った木を切り倒している最中。メイスが俺の隣に来てボソッと呟いた。
「……メイスは、キング・リーザルトが
「せやねぇ……前もって教えんかったこと、怒りはる?」
「……いや」
確かに危険な目に遭ってしまったことには違いない。だが、必要な情報だった。クロガネイバラはこれまでの討伐任務をこなすことで一見して立ち直ったかのように見えたが……その実、まだ完全復活ではない。
「それよりもお兄さん、あんたさっきの戦いで一瞬……」
「ん?」
「……いや、なんでもありません。今はまだ……」
「……?」
なにか言いたげだったメイスは口を閉じた。なんだろうとは思ったが、無理に訊くのもためらわれる。
……まあ、必要なことならいつか言葉にしてくれるだろう。
俺たちはその日はそのまま帰路に着くことにした。
* * *
夜、19時。コウランの町の冒険者組合にて。
「あのー、金髪のお客さん?」
「……なんだ?」
モーフィーは頬げっそりとさせ、話しかけてきた組合の受付スタッフへと応じる。
「僕は人を待っているんだが……」
「いや、それは知らんけど……そろそろ
「な、なに……!?」
あれよあれよという間にモーフィーは冒険者組合から締め出されてしまった。
「……なぜ、なぜ来ないのだクロガネイバラ……!」
天を仰ぐモーフィーに、しかし田舎の澄んだ星空は答えてくれなかった。
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