チェスボード 後編(4 / 15)

リーザルトの群れの討伐を終えた翌日。俺たちは依頼の達成報告と次なる依頼を受けに再び冒険者組合までやって来ていた。今日はクロガネイバラの面々もいっしょだった、が……


「テツトくん、私たちは馬車の手配をしてくるわね」


ベルーナはそう言うや否や、組合の横にある馬房へと足を運ぼうとする。


「えっ? でも、それは組合に頼めばやってもらえ──」


「次の依頼への出立は早いに越したことはないでしょう?」


「……それは、まあ」


「じゃあ、依頼の手続きの方はよろしくね」


ベルーナ、ナーベ、マリアたちは組合に入ることもせず3人で馬の確保に行ってしまう。


「……立ち直れてないようじゃな」


「だね」


ベルーナたちは昨日のリーザルト討伐依頼後、著しく変わった様子は見せなかった。しかしやはりどこかずっと気落ちした様子が見え隠れしている。


「うーん、やっぱりわらわがいけないんやろかねぇ」


「そりゃ良くはないじゃろ。あんな突然にトラウマの対象と鉢合わせさせるなんていうのは」


メイスに対して、イオリテは大きくため息を吐いた。


「まあそれにしたって生真面目なヤツらじゃとは思うがのぅ。そんなに急くこともなかろうに。だいたい心的外傷トラウマだなんて単語に当てはめるから体の傷と同じにしがちじゃがな、心の傷の治りは元来遅いもの。一生治らんこともザラじゃ。それを突貫治療で無理に治そうなんていうのはなぁ……」


「それはたぶん分かってるんだよ、ベルーナさんたちも」


苦言じみたイオリテの言葉はクロガネイバラたちを想ってのことだろうが、しかし本人たちがそれを望んでいないのだ。


「それでも、クロガネイバラを頼りにしてくれている多くの人たちのために、ベルーナさんたちはすぐにでも立ち直りたいって思ってしまうんだと思う」


「……難儀な性質タチじゃな」


「それがベルーナさんたちの良いところでもあるよ」


そう話しながら、俺たちは冒険者組合へと入る。


「おぉっ! テツトじゃないか!」


「えっ、あっ……」


金髪ブロンドのイケメンが冒険者組合の椅子へと腰かけこちらに手を振っていた。


「確か……モーフィー」


「なんだ、忘れかけていたのかい? 心外だな」


モーフィーは気さくに笑うと、俺の手元を覗き込んだ。


「その手に持ってる革袋の中身は……討伐証明ってやつかい?」


「ああ。そうだよ」


中身を見せる。リーザルト1体に1つ生えている逆鱗だ。


「ふむ……キング・リーザルトも居たみたいじゃないか。テツト、君はやっぱりかなり強いなぁっ」


モーフィーは感心したように笑うと昨日と同じようにフレンドリーに肩を組んできた。ぷぅんと、何か臭いがする。


「……モーフィー、なんか馬臭くね?」


「えっ、ウソだろうっ?」


「なんか、馬房特有の馬糞と藁の混じったニオイがするんだが……」


「本当かい……? ショックだよ」


モーフィーはガックリと肩を落とした。


「実は昨日、夜まで待ってたんだけど結局探し人に会えなくてね……泊まる場所も無かったんで隣の馬房を借りてひと晩過ごさせてもらったんだよ……」


「そりゃまあニオイも移るわな」


「クッ……結構高い服なんだけどなぁ……!」


つくづく不思議なヤツだった。身なりを見る限りどこかの世間知らずの家出御曹司にも見えるし、しかし身にまとう雰囲気は強者のソレだ。


俺がアゴに手をやって考えていると、ズイッと。




「──魔王軍幹部のひとりモーフィー、やろ? こんなところへ何の用や?」




メイスが俺を押しやって前に出て、そう言った。


「は……?」


……魔王軍……幹部って言ったか? いま?


俺が呆気に取られていると、


「……おいおい、貴様、メイス・ガーキーか」


モーフィーが、先ほどまでの俺に対する親愛に満ちた雰囲気からは一変した低い声で応じた。


「まさかこんなところで出会うとはな」


「ほんにねぇ。それにしてもえらい久しぶりやなぁ? 10年ぶりくらいやったけ?」


「貴様がことごとく幹部会議をサボっていたからな」


「お生憎あいにく、集団行動は苦手やさかいに……それで?」


メイスがフッと笑う。


「今日は魔王軍からたもとを分かったわらわを抹殺にでも来たん?」


「ふふっ──まあ待てよふたりとも。そう急くな」


プラプラと挙げた手で、モーフィーは俺たちを制止した。ちなみに俺はすでに黄金の剣を引き抜いていたし、メイスも臨戦態勢を取っていた。


「僕は貴様が獣王国で死んだものだと思っていたし、魔王軍としても同じ見解だった。狙いは貴様に無いよ」


「それだけ聞いて『はいそうですか』とはならんで?」


「メイス、貴様の実力は知っているし認めてもいるところだ……そんな貴様がターゲットだったとして、僕がこんな風に冒険者組合で待ち伏せたりしていると思うか? もっと身を隠しているに決まってるだろう?」


「それならなんでここにいるんや?」


「だから、本当に偶然さ。ただのね」


「……まあ妙なところでまっすぐなアンタのことやし、ウソは吐いてないんやろけど……」


メイスはこちらにチラリと目配せしてくる。信じるか信じないか、俺に判断を委ねたいらしい。メイスによればモーフィーは嘘を吐くような性分ではないらしいが……しかし。


「偶然なのは分かった。メイスを狙っていないことも……でも、じゃあどんな理由でこの町に来たんだ?」


モーフィーは嘘は吐いていないのかもしれない。でも、本当の目的を口にしているわけでもない。


「俺たちは帝国に所属する冒険者って立場上、っていうか絶賛魔王軍とやり合っている人類側である以上、モーフィーをこのまま見過ごすわけにはいかない。目的はなんだ?」


「うーん……困ったな。恩もあるし、テツト、君を敵に回したくはないんだが」


「言うつもりはない、か」


「そりゃあね。逆の立場で、君なら言うかい?」


「……」


「だろう?」


モーフィーは髪をかき上げて軽く笑う。


「僕のは本当にちょっとした用事……ちょっとした【人殺し】さ」


「……!」


「だからテツトにメイス。本当に君たちに用はないんだ……このまま何事もなく別れようじゃないか」


腕を組んで俺をまっすぐに見つめるモーフィーからは、ウソの気配はやはりしない。本当に俺たちに対しての害意が無かった。しかし、


「人殺し目的のヤツを放置はできねーな」


「……ふむ。まっすぐな男だねぇ、テツト。嫌いじゃないぞ」


冒険者組合内の空気が張り詰める。俺、メイス、イオリテはそれぞれ構える。しかしモーフィーはそれを意に介さぬようにゆったりと立ったまま、そんな俺たちを眺めていた。




──そんな中で。ガチャリ、冒険者組合の戸が開いた。




「テツトくん? やけに遅いけど何かあった──の?」


外から顔を覗かせたのは、ベルーナ。彼女は臨戦態勢の俺たちとモーフィーを見比べてただならぬ雰囲気を察したらしく、身動きを固めた。


「えっと……お取込み中?」


ベルーナが俺たちの方を向いた。モーフィーはそんな俺たちを交互に見やると……ため息を吐いた。


「なるほど、そうだったか……いや、テツト。君ほどの実力者がこんな片田舎に居る理由……クロガネイバラと関りがあったからか」


「なにを……」


「できれば君は巻き込みたくなかったよ、テツト。だがクロガネイバラと関りのある実力者ということであれば仕方ないね」


モーフィーは残念そうな表情のまま、両手をピンと左右に拡げる。


「当初の予定通り真なる力で全てを包み込もう──」




「──させへんでぇッ!!!」




モーフィーの初動を見逃さずに唯一動いたのは、メイス。しかし、その正面に六芒星の光の壁が現れ、勢いよく踏み出したメイスの体を弾き返す。


「くっ……! なんやのん、これ……!」


「念のため、妨害術式を張って置いてよかったよ」


モーフィーが口端を僅かに上げて笑う。


「貴様なら後ろに飛びのいていればかわせただろうに……だがこの際だ。貴様もまとめて葬るとしよう──【魔導結界・白黒決す舞台チェスボード】」


直後、俺たちの視界は真っ白な世界に塗りつぶされた。

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