ジャンヌと初デート(3 / 3)
カチコチと硬さの取れないウェイターに代わったオーナーが、俺とジャンヌをレストランのVIP席へと案内してくれる。地上3階のそのテラス席はとても広々としており、下にはオグロームの街の通りの様子がよく見えた。
「では、テツト様。ランチはコースでよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
店長の問いに、俺は操り人形のようにコクリと頷いた。
「承知いたしました。ではコースでご用意をいたします。テツト様にはすでに前回お聞きしておりますが、お連れ様は食べれない食材などございますでしょうか?」
「いいえ、ありません」
その問いにはジャンヌが首を横に振って答える。オーナーはニッコリ微笑んだ。
「左様でございますか。承知いたしました。それでは当店1のシェフがただいまから腕によりをかけて調理いたしますので、しばしお待ちくださいませ」
そういうとオーナーは俺にだけ合図のようなウィンクを残してVIP席を後にする。
……ああ、そうか。オーナーはものすごく俺に気を回してくれているらしい。
前回ヴルバトラとここに来た時、俺は渡されたメニューを見て大いに悩んだものだった。なにせ、そこに羅列された長文の料理名からはいったい何が運ばれてくるのかまるで想像がつかなかったからだ。
……前回は教えてくれるヴルバトラがいたからどうにかなっていたものの、今回はそうはいかない。そして俺がジャンヌの前でそんな醜態をさらさないように、オーナーは気を遣ってメニューを渡さず、コース料理を提供してくれることにしたのだ。
「……ふぅ」
思わず、ため息が出る。今日は自分の常識のなさを思い知る1日だ。
……世間のモテ男たちはすごいな。デートの際にはきっと俺とは違い、ちゃんと下準備をしてしっかりと女性をエスコートしているのだろう。
「テツト様のおすすめのお店、とっても楽しみです。いったいどんなお料理がくるんでしょうね?」
ジャンヌはしかし、そんな俺の行き当たりばったりなエスコートとも呼べないエスコートに不快そうな色ひとつ見せず、終始俺に微笑みを向けてくれている。
……こんなにも気立ての良い子を隣にしているにも関わらず、俺ときたら……ちょっと自分が不甲斐ないぞ。
「……ごめんな、ジャンヌ。俺さ、実はデートの経験が全然なくってさ」
もしかしたら情けなさに拍車をかけることになるかもしれないが、俺は正直に話すことにした。
「がんばればなんとかなると思って……結果空回りしちゃってたよ。ちゃんと最初からジャンヌに打ち明けて、どこに行こうかって相談してればよかったよな」
「テツト様……」
ジャンヌはゆっくりと首を横に振った。
「空回りなんて、全然そんなことありませんよ。少なくとも、私は今すっごく幸せです」
「え……?」
「だってそれはつまり、テツト様は私を楽しませよう喜ばせようとして、慣れないことをがんばってくださったということですよね? 私が世界で一番大切で大好きな方が、私のことをそこまで想ってくださっている……それ以上に幸せなことがあるでしょうか」
「は、えっと……?」
俺は苦笑いされると思ってたんだけど……ジャンヌの予想外の答えにポカンとしてしまう。そんな俺の様子を見てか、ジャンヌはクスリと笑った。
「テツト様は深く考えすぎなのです。私もデートをするのは初めてなので、素人の考えを披露するようで申し訳ないのですが……デートとは【どれだけ物事を円滑に進めるか】ではなく、【誰と楽しく過ごすか】が大切なのではないでしょうか?」
「それは……うん、確かに……」
「でしょう? 私は、テツト様の隣を歩いてお喋りするだけで十分すぎるほど楽しいです。テツト様はいかがでしょう?」
「……俺もだ。ジャンヌと喋ってるのは、それだけですごく楽しいよ」
「それならよかったです。では、これも私とテツト様の立派なデートですね」
ジャンヌが常日頃と変わらぬニッコリとした笑みを浮かべて……俺は肩の力が抜けるのを感じた。自分では気づいていなかったが、どうやら俺は初デートという一大イベントに相当緊張していたらしい。
「……ジャンヌはすごいな。何だか俺、いま急にすごい安心しちゃったよ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺はひとりで肩肘張って勝手に自滅しかけてた。ジャンヌは今日の俺にとっての救世主だよ。聖書に記しておくべきだな」
「ふふっ、それは光栄です。ですが……聖書には書けませんね」
「なんでだ? さすがに俺が情けなさ過ぎたか?」
「いえ、そうではなく──」
ジャンヌは少し照れたように頬を染めた。
「──だって、こんなにも私だけに一生懸命になってくれたテツト様との思い出なんですもの。私だけの秘密にして……独り占めしたいじゃないですか……」
「……おっ、おぉ……」
恥じらうように俺を上目遣いで見るジャンヌは……とても可愛かった。
いや、もちろんこれまでもずっと可愛かったのだが、なんというか、今のその様子からは俺のことをどれだけ愛してくれているのかがこれまで以上に如実に伝わってきて……正直、呼吸が止まる衝撃を受けるくらい、俺はジャンヌに見惚れてしまった。
──俺たちはそれから、何だかお互いに照れ合いながらコース料理を堪能し、突然訪れた俺たちを、それでも歓待してくれたオーナー、シェフ、ウェイターたちにこれでもかとチップを渡し、レストランを後にした。
それから外に出て散歩をしながら話に花を咲かせた。はたから見ればきっとそれは初々しさに溢れる光景だったと思う。お互いにお互いの新しい一面を知ったからだろうか、ジャンヌとはこれまでもたくさんお喋りをしてきた間柄なのに何だかとても新鮮だった。
そして夕方、俺とジャンヌはいつもの宿の前まで戻ってくる。きっと、みんなももう部屋へと帰っていることだろう。
「……テツト様、今日は一日ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「うん。俺もだ」
これから帰るのはいっしょの部屋なのに……何故だか帰り難いと思った。そしてどうやらジャンヌもそれは同じ気持ちのようだった。
「テツト様、最後に……」
「ああ。そうだな」
宿の前、そこから少し逸れた柱の陰に入ってキスをする。何だかそれは、いつもと違う味がした。
「テツト様……また、デートしていただけますか?」
「もちろん。また行こうな」
ずっと繋いでいた手をどちらかとも無く離して、そろりと宿へと入る。ちょっとした、ふたりだけの秘密を隠すかのように。
……デートって、スゲーや。
俺は心からそう思いました、まる(小並感)
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