精霊の森 "魔王国横断"編(10 / 12)
──それはさながら聖戦だった。
古の宗教画に描かれるような、語り継がれるべき物語。
「なんて……美しい」
その言葉はエリムが漏らしたものか、それとも次第に公爵家の周りへと集まり出した中央都市に囚われていた人々が漏らしたものか、判別はつかなかった。
人々が見上げる空、
その半分を占めるは陽を遮る邪悪な黒、
もう半分は陽に照らされ強く輝く黄金。
とても幻想的な光景だった。
加えて響き渡るのは剣戟の音。
舞い散るのは火花、土の破片、光の粒子──
そして薄汚い血。
「く──っそがァァァァァッ!!!」
汚い言葉を、魔王軍モグラが吐き散らした。
その片腕は欠け、体からは派手に出血をし、満身創痍の出で立ちだ。
エリムはその光景に、昂奮に震える手を胸の前で握る。
……私たちがついぞ倒せず、6年もの歳月を苦しめられた元凶たる魔族。それが私たちの見上げる先で圧倒されている……救世主、テツト様によって。
テツトは無傷。
その顔に笑みもなく、怒りもなく、悲しみもなく。
まるでそれが神に賜りし役目だからとでもいうように無表情に、圧倒的に、流麗たる剣技でモグラを斬り伏せ続ける。
さながら悪魔を打ち倒す大天使だ。
黄金色が空に煌めく度に、悪魔が苦痛に呻く。
……まるで神話。宗教画に描かれているような圧巻のワンシーン。ようやく、ようやく私たちの暗き時代が終わりを告げるんだ……!
エリムの胸に熱いものがこみ上げてくる。
「テツト様っ……テツト様ぁぁぁッ!!!」
思わずエリムがその名を叫ぶ。
すると、
「あの金色の男、テツトというのかっ?」
「様を付けろ! 我らが救世主様だぞっ!?」
「救世主テツト様かっ! テツト様ァァァッ!」
エリムに釣られ人々もまた大きく叫んだ。
宙高く繰り広げられる戦いを人々の声援が包む。
集まった全ての人々がテツトの勝利を願い、そして信じていた。
「カァァァッ!!! 黙ってろ弱者どもがぁッ!!!」
その眼下の人々の光景に、モグラが気炎を発した。
腕を振るうと、それに沿って泥のようになった大地が鞭のようにしなる。
そして、
「あっ──!」
思わず悲鳴の漏れた口をエリムは押さえた。
テツトの右手に握られていた黄金の剣が弾かれ、地上へと落ちてきたのだ。
それはエリムの手前数メートルの位置に突き刺さる。
……テツト様に、お返ししなければっ!!!
エリムはそれを引き抜くと、走り出す。
「さあ、コイツで終わりだッ!」
しかしモグラはそれを待たない。
今日何度目か、公爵家の広大な領地から尋常ではない高さ……雲に届くのではないかというくらいに地面が隆起し壁を作った。
恐らく、それがモグラの全力。
「労働者も町も知ったことか、全て潰れちまえェェェッ!!!」
その壁は上から崩れ始める。
……マズいっ! こんな高さの壁が崩れたら、この町半分を容易く飲み込むであろう土石流になるッ!
エリムの少し先、その正面にテツトが着地する。
エリムは走った。
黄金の剣を抱えて。
「テツト様っ、こちらをっ!!!」
「ん? エリムか、ありがとう。下がっててくれ」
下がる?
この状況で。
壁の崩落はすでに始まり、逃げられるような場所なんてどこにもない。
今さら下がったところで無駄……
……そう数分前の私なら思って、ここでテツト様と共に身を沈めようとすら考えたかもしれない。でも、私はもはや疑うこともない。救世主テツト様であればこの苦難すら容易く突破してしまうに違いないのだ。
エリムは言われた通りに走って下がった。
「──じゃじゃ馬なのか、機嫌が悪いのか……お前をちゃんと使いこなせるのはもう少し先みたいだな、"コガネ"」
後ろから、テツトの呟きが聞こえる。
いったい誰に……?
そう思って首だけ振り返ると、テツトが背中の鞘へと黄金の剣を仕舞うところだった。
……えっ? もう数秒もしないで襲い来る土石流を前に、どうして剣をっ!?
「マヌゥ、アレを。【
テツトは再び呟き、地面へと手を添える。
……魔術詠唱? いや、テツト様は剣士のハズ。
しかし途端に、トプンと。
テツトの触れた地面が波打って"沼"に変わる。
テツトはそこから、背中に差しているのとは別の黄金に光る西洋風の両手剣を生み出した。
「【
テツトはそして、両手剣をひと振り。
ビュオンと風が吹く。
──空気が変わった。
「これ……っ!!!」
ついさっき、外壁の前で感じた空気と同じ。
ということは……
外壁を粉みじんにした、あの技が出るッ!!!
「みんなッ! 伏せてぇぇぇッ!!!」
公爵家へと集まりつつあった人々にエリムは叫ぶ。
直後、エリムの後ろで稲妻が走り、暴風が吹き荒れる。
「──ッ!!!」
風に体が強く押される。
エリムはその場で身を屈めた。
暴風は10秒近く続いた。
幸いなことに、こちら側に落石などはない。
そして風が収まって、エリムは顔を上げる。
どうやら集まっていた人々へも落石などはなく、ケガ人などは居ないようだ。
それからテツトのいる方へと振り返り──
──絶句した。
崩れかけの壁は跡形もなく、根元から抉られるように吹き飛ばされていた。
いったいどうすればそんなことが可能なのか、元々公爵家だったそこは深いクレーターとなっている。
「オイ、あれを見ろっ!」
観衆の人々の1人が叫び、宙を指さした。
そこには立つ大地を失い、それどころか体の半分以上を失ったモグラ。
空から真っ逆さまにクレーターの中心へと落ちていく。
「よしっ、終わったな」
テツトが手放すと、黄金の両手剣……
人々が呆気に取られること、数秒。
大歓声が都市へと響き渡った。
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