精霊の森 "魔王国横断"編(11 / 12)

モグラを倒した後、人々が集まる中で、


「──悪いが、俺たちはいったんこの国を発たなければいけない」


テツトの言葉に、人々の歓声はざわめきへと変わった。


モグラを倒したテツトの元に、シバとロジャが帰ってきて『この町の敵の殲滅が完了した』と聞いて最高潮に達していた人々の喜びが一気に抜けていく。

先ほどまで、


『ようやく救いの手が差し伸べられた!』


『第一魔王国に勝利するときは来たっ!』


『テツト様に続いてこの国を取り戻すんだ!』


と息巻いていた人々の表情は、一様に不安げなものに変わった。

それはまるでこの世の終わりでも見たかのようだ。


……そういえばテツト様たちは時間がないとは言っていた。それは、このことだったのか。


「そっ、それでは私は……私たちはいったいこれから、どうしたらっ!」


「救世主様、どうか我々をお見捨てにならないでくださいっ!」


「それじゃあ何のために俺たちを救ったんだっ!」


群衆の一部が口々に勝手なことを叫ぶ。

エリムもまた口を開きかけた。

『どうか共に戦ってください』と。

しかし、


「やめろ、みっともないッ!」


自制心を働かせ、代わりにエリムは人々に向けて大きく叫ぶ。


「考えてもみろ、ここは誰の国なんだ……!? 私たちの国でしょうッ! 私たちが戦って救うべき国なんだよッ!?」


静寂が落ちる。

不平を訴えていた群衆は、さすがにそれで分を弁えたようだった。


「──みんな、不安にさせてすまない」


テツトが口を開いた。


「1日だ。1日でまたここに戻ってくる。どうかそれまで待っていてほしい」


「1日……」


「安心してくれ。ロジャがここに残ることになった。万が一敵が攻め込んできても、ロジャが倒してくれる」


大剣を背負ったロジャは、どこか不満げな表情でムスっと仁王立ちしていた。


「で、だ」


くるり、と。

テツトがエリムの方を向いた。


「エリム、頼みがある」


「は、はい……」


「ロジャは口下手でな。人をまとめることが難しいと思う。だから俺が帰ってくるまでの間、エリムにこの中央都市をまとめてほしいんだ」


「……えぇっ!?」


あまりに突拍子のない頼みの内容に、大きな声が出てしまう。


……私が、中央都市をまとめるっ? ただの元C級冒険者で、今は強制労働に従事していただけの、どこの者とも知れない私がか……!?


「そんなっ、不可能ですっ! 誰も私の言うことなんて聞くはずが……」


「全員がエリムの言うことを聞くかどうかが問題じゃない。中心となって引っ張ることのできる誰かが必要なんだ。君にならそれができると俺は思った」


「そんなの、いったいどうして……」


「エリム、君は強い」


まるで、心にも無いことを言われた気分だった。

そんなのあり得ない。


……私は弱い。そんなことは私が誰よりも知っている。


しかし、


「力がとか、そういう話じゃない。エリムは固い意志と願いを持っている人間だ」


「強さ……?」


「自分の命を投げ打ってでも、この国を救いたいという強い願いがあるんだろ? それを胸に、6年間折れずに居続けた。磔台で叫んでいたじゃないか。『いつかきっと、私たちが勝者になる日が来るから』って。そんなの、誰もができることじゃない」


「……っ」


「その願いと意志の強さを、俺は信じている。その意志に同調してくれる者はきっと多い。それに強い願いはきっとエリム自身も強くしているよ。6年前より絶対に」


テツトはそう言うと、地面に手を当てる。

トプリ、と。

触れたその地面がまたもや沼のようになる。

そしてそこからテツトが取り出したのは、宝飾の付いた王族が持っていそうな立派な剣だった。

無から有を創り出す、その神のごとき御業みわざに周囲が再びざわついた。


「これを、エリムに」


慌てふためくエリムの手へと、テツトはその剣を握らせた。


「……これを……私に……っ!?」


「ああ。エリムならきっと正しく使えるだろう。冒険者だし、俺の見立てじゃ普通に戦ってもぜんぜん弱くなさそうだし……」


「こんな、こんな立派なもの……私が振るえば傷つけてしまいますっ」


「別に傷つけていいよ。剣ってそういうものだし」


いやいやいや。

そりゃ普通の剣であればそうなのかもしれない。

しかしこれは……どこからどう見ても名のある剣だ。

宝飾を陽にかざす。

反射した美しい赤と黄色、青の光が周囲を照らす。

おぉ~、と。

その名剣に群衆が再びざわめいた。


「頼まれてくれるか、エリム」


テツトがエリムの肩に手を置いた。

エリムは、深くひとつ、頷いた。


「……は、はいっ。どれだけできるかは、分かりませんが」


テツトはそれからロジャとひと言ふた言を交わすと(謝っているようにも見えた)シバに乗って本当にこの町を去って行ってしまった。


「……これは、もしかして試練なのだろうか」


エリムは思い返す。

確か、神は悪魔狩りに出る英傑に地獄で一昼夜の試練を与えるという。

悪魔のささやきに負けず、身と心を堕とさない心を作るために。


……これに当てはめると、神がテツト様で悪魔狩りの英雄が私……? 渡されたこの剣も英雄のための剣……?


いや、まさか……ね?


「……」ムッスー


「……これって試練、なんですかね?」


「……さあ」シッタコトカ


ロジャは不機嫌そうに背を向けると、どこへともなく跳んでいってしまった。

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