チェスボード 前編(8 / 10)

冒険者組合の外、大勢の人喰いが跋扈ばっこするその中央で俺たちが武器を構えると、嘲笑が響く。


「クカカカッ! 町の正体に気付かれたか……だが手遅れだッ! これだけの同胞に囲まれた貴様らに勝機はないッ!」


空に1体、羽根つきの巨体の人喰いが舞っていた。


「アレが人喰いの王キング・グールーか……?」


「クカカッ! 貴様らのような罠にかかったネズミ共を屠る程度のことに我らが王たちは出向かぬ! この【Jジャック】率いる軍勢がことごとく蹂躙じゅうりんしてくれようッ!」


どうやらこの人喰い集団には幹部的な存在がいるらしい。……JジャックときたらQクイーンが居て、その上にKキングが居るということだろうか?


「我ら【新たなる支配種コミュンオブグールー】はこの町を足掛けに、やがて帝国全土を人喰いの支配下に置く! 人間どもはやがてその全てが我らが家畜となるのだッ! クロガネイバラとその金魚の糞ども、まずは貴様らという戦力を削いで我らの野望を盤石なものへと──」




「──エラい流暢りゅうちょうに喋りはるねぇ? ついつい聞き惚れてまうなぁ」




「はっ……?」


いつの間にかメイスが無音の大きな跳躍をして、その【Jジャック】とか名乗った巨体の羽根つき人喰いの背後を取りその頭に手を置いていた。


「やっぱりアレかなぁ? 他のモンスターと違うてこの頭ん中にいっぱい脳みそ詰まってるんやろか?」


「きっ、貴様……いつの間にッ!?」


「あはっ、わらわはしょせん【金魚の糞】やさかい、あまり気にせんといてやぁ」




──バチュンッ! 【Jジャック】の頭が一瞬で握り潰される。




「キッタないわぁ……誰か手ぇ拭くもの持ってへん?」


〔グッ、ギィィィッ!!!〕


自らの幹部を容易く屠られた人喰いたちが一斉に叫び、不協和音が響く。どうやら人語を話すのはさっきの1体だけだったらしい。


「さて、じゃあ俺たちも動き始めますか……ベルーナさん、他にも幹部級が何体か居そうな雰囲気ですけど」


「次からは素通りさせてもらって大丈夫よ。私たちの方で対処するわ」


「了解」


メイスが冒険者組合の前方で群がる人喰いたちを狂喜乱舞の様相で引き裂きまくっているので、俺はその反対側へと向かうことにする。


「よっ、ほっ……と」


今回はマヌゥが居ないので人間離れした動きはできないが、それでも3階建ての冒険者組合程度であれば腕の力と体のバネで数秒あれば登り切れる。


屋根の上に立つと、町が人喰いたちに埋め尽くされている光景が目に入った。


「まあよくもこんなにもウジャウジャと……」


人喰いの数はおよそ500近いんじゃないだろうか? 町の規模から察するに、人間の犠牲者は数千。【新たなる支配種コミュンオブグールー】は確実に帝国の脅威のひとつに数えられるだろう──俺たちが今日この場にこなければ。


〔グギャアッ!?〕


冒険者組合の屋根の上、俺は群がってくる人喰いたちを刻み続ける。獣王国で授かりし黄金の剣はその魔力に反応し、強力な輝きと共に斬った端から人喰いたちを塵に変える。


「グハハハッ! オレは【Kキングハート】ッ!!! テメェか、【Jジャック】を殺したとかいうヤ──」


幹部おまえの相手は俺じゃぇッ!!!」


「──グヘェッ!?」


俺は、突然目の前に現れたその巨体の人喰いの側頭部を回し蹴る。その体は大きく吹き飛んで、地上のベルーナたちがいるであろう場所へと墜落した。




* * *




──戦闘中の私たちの目の前、巨大な人喰いがまた空から落ちてきた。


「リーダー、また来たよ……どうする?」


「あはは……」


ナーベのため息交じりの声に、私は笑って応じるしかなかった。


「信頼され過ぎるというのも困ったものね……確かに、『幹部は通していい』とは言ったけれど」


今、ナーベとマリア、イオちゃんを含む私たち4人の前に居るのは【Qクイーン】、【Kキングハート】、【Kキングダイヤ】を名乗る3体の【人喰いの王キンググールー】たちだ。


「まさか、ものの1分足らずで全てのボスをあぶり出して私たちの前に叩き出してくるとは……」


聖職者マリアは巨大な十字架の剣を構えたまま、それを振るうことも忘れて息を飲んでいた。


……いやはや、私としてもまったく同じ気分だ。正直もっと時間がかかると思っていたし、何ならキングたちを戦場に出すまでの間もっと苦戦するつもりでもいた。


それがフタを開けてみればどうだ? メイスちゃんとテツトくんが前後に散ったかと思えば、空から次々に幹部が叩き落とされてきた。


「ベルーナさーん! そっちにちゃんと落ちましたー?」


冒険者組合の屋上からノンキなテツトくんの声が聞こえてくる。まるでハエたたき感覚だ。


「ありがとう、バッチリ落ちてきたわ。でもちょっと優秀すぎで早すぎね、テツトくん。見てよ地上を、幹部だらけで渋滞中よ?」


「あー、すみません。手伝い必要ですか?」


「……いいえ、ありがとう」


私は首を横に振った。


「こいつらは私たちでやるわ。テツトくんたちは町の外に人喰いたちを逃がさないようにお願い」


「了解」


テツトくんはそれだけ言うと、顔を引っ込める。私たちを深く信頼してくれているのだろう。なら……その信頼には応えなきゃね、曲がりなりにも冒険者の先輩としては。


「ハッ! こっちの女共から片付けてやるッ!」


「血祭りにして肉を喰らおうッ!!!」


「強者の肉を喰えば我らが力も倍加するッ!!!」


Qクイーンの人喰いが駆け、それに続いてKキングたちも迫りくる。


「マリア、ナーベッ!」


「はいよ、リーダー」


「お任せをリーダー」


ふたりのその表情は別荘のリビングで飲んだくれていた時とはまるで違い、歴戦の勇士のものに変わっている。


息ぴったりに盾を構えたナーベが最前へ出て、マリアは後方で指を組む。


「【願わくば主が御顔であなたを照らしフェイストゥユー──】」


聖職者マリアの祈りによって、全員の体へと祝福が宿る。全能力が大幅に向上する。




「クハハッ! 神に祈る前にオレたちに祈ったらどうだッ?」




ジャキリ、と。人喰いの王キング・グールーの持つ鋼鉄をも斬り裂く爪が振りかぶられる。


「泣いて命を乞えば、ひとりくらいは生かしてやるッ! 性のはけ口にだがなァッ!!!」


「お前たち。まだ目の前に居るのが誰だかわかっていないようだな?」


「あァッ!?」


Qクイーンの爪が振り下ろされたのは、私たちの最前に立ち巨大な盾を構えていたナーベ。彼女は帝国最堅の盾使いであり、クロガネイバラの中で1番その名前を体現している人物なのだ。


「──ハァッ!」


「グギャッ!?」


果たして、肉を刻まれたのは攻撃を仕掛けた側であるはずのQクイーンの方だった。


……まあ、当然の結果ね。トゲ付きの花に手を出すからよ。


不落の戦士ナーベ。彼女は帝国一硬い盾を作る血族の末裔まつえいである。武器に比べると冷遇されがちな盾の扱いに不満を持ち、【盾だけでも戦える】ことを世に示すために冒険者となり……私の第一の仲間となって共にクロガネイバラを作ってくれた戦友だ。


そんなナーベの得意技【イバラの護り】──それは敵の全神経が攻撃に集中する一点のタイミングで、敵のすべての攻撃をそのまま跳ね返す攻防一体の大技だ。全ての敵は、自身が一番無防備な瞬間に自身の最大の攻撃に身を貫かれる羽目になる。


……さて、ナーベの技が決まったところで畳みかけましょうか。


「マリアッ!」


私の声に応じるように、私の横を一陣の風が吹き抜ける。その正体はマリア。その手に持つは十字架の剣。


「【神の国に入るにはワンズ・

多くの苦難を経なければならないエナマスサファリングス──】」


マリアは略式祈祷と呼ばれる聖職者のスキルによってひと息に自らを強化し、S級冒険者の剣士を凌駕する速度で剣を振るう。直後、Qクイーンの首から上がサイコロ状に刻まれた。


……クロガネイバラきっての剣士は私じゃない。【戦うシスター】の異名を持つマリア、あなたよ。あなたには私を越える剣才がある。


マリアは元々、教会に属する聖職者シスターだった。殺生を禁じられた生活を送る中である日、しかしマリアは教会を襲い来たモンスターを返り討ちにしてしまう。彼女には、剣の才能があったのだ。


それから教会を追放されたマリアは【モンスター討伐による人々の救済】を掲げ流浪の聖職者となっているところ、私と出会うことになった。


「──クッ、女がッ!!! 調子に乗ってんじゃ無ぇぞッ!!!」


脳梁のうりょうをぶちまけてすすってやるッ!!!」


Qクイーンの後続で迫り来ていた2体のKキングは動きに緩急をつけ、ナーベとマリアに襲い掛かる──が、しかしその前に。私が剣をしならせて合図を響かせる。


するとふたりは息ピッタリにその2体の攻撃を軽くかわして、後ろへと通した。


「「ッ!?」」


そして、Kキングの2体をナーベ&マリア、そして私の間に挟み込む。


──これはクロガネイバラの戦闘スタイルのひとつ、【茨の内壁ソォンズメイデン】。剣士と化したマリアと私で敵を挟み込む戦法だ。


「さあ、処刑の時間よ人喰いグール共。大勢の罪なき人々と冒険者チームリュウセイの無念を晴らさせてもらう」


「グッ……! だがこれしきでオレたちは──」


「遅いのよ」


「ギャアッ!?」


私は豪速で腕を振るう。ぐるりとしなり、音速を超えた私の剣の先端がKキングの1体の腕を衝撃波で破壊した。


「【薔薇の鞭ローズウィップ】の味はいかが? おかわりもあるわよ?」




──この日、数カ月の間水面下で帝国を脅かしていた【新たなる支配種コミュンオブグールー】は残党の1匹も残らずに壊滅することになった。

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