チェスボード 前編(9 / 10)

人喰いグールたちを殲滅し、夜。


俺たちは近くの町で事の結末を報告すると、町長が他の町の冒険者組合まで早馬を飛ばしてくれることになった。これで依頼はほぼ完了。後は帰るだけだったが……さすがにもう夜遅く、コウランの町へ行く馬車はもう出ていなかったので、その町で宿を取ろうとしたのだが。


「……まさか宿が無いとは」


集会所のテラスの椅子に腰かけ、天を仰ぐ。


ここは小さな町だったのでそもそも冒険者組合も無く、冒険者が来ないなら宿もないのは当然のことだった。そんなわけで俺たちは町が運営する集会所を借り、近所の方々から毛布を借り、みんなで雑魚寝をすることになったというわけだ。


「テツトくん、お隣いいかしら?」


ふいに後ろから声をかけられた。振り返れば、ベルーナがこちらに歩いてきているところだった。


「眠れないの?」


「いやぁ、ちょっと……」


「クロガネイバラ美女3人組とひとつ屋根の下じゃ緊張して寝付けなかったかしら?」


「まあ、そんなとこです」


冗談めかした問いに冗談で応じると、ベルーナは肩をすくめた。


「嘘おっしゃい。遠慮することないわ、隣のナーベの寝相が酷いからって言っていいのよ」


「……あの寝相、普段からなんですか?」


3人横2列の雑魚寝をするにあたって、男の俺は端に寄った方がいいのではと思ったのだが、ベルーナはやたらと俺を真ん中に置きたがった。他のメンバーもそれで良いというので、僭越ながらちょっとドキドキしつつ横にナーベ、向かいにベルーナという形で横になったのだが……それが運の尽きだった。


「ナーベさん、めちゃくちゃ抱き着いてくるんですけど……しかも力が強くて痛い」


「知ってる。あの子は抱き着き癖があるから。イオちゃんやメイスちゃんを被害者にするわけにもいかないでしょ?」


「ベルーナさん……俺を犠牲にしましたね? ズルいですよ」


「じゃあ私の位置と交換する? すると今度は隣のマリアが踵を落としてくるけど」


どうやらナーベとマリア、ふたりとも寝相がとても悪いらしい。


「……今のままがいいっす」


「あはは」


屈託なく、ベルーナが笑う。


「ナーベは可愛いし、男の子なら踵落としより抱き着いてもらえる方が嬉しいでしょ? それに……ちょっとくらいなら触ったって起きないわよ」


「しませんよ、そんなこと」


「……抱き着かれたら引きはがしても起きない、って意味だったんだけどな。テツトくんったら何を想像しちゃったの?」


「ぐっ……」


完全にハメられた。ニヤニヤとするベルーナに、なんとも言い返せない。


「ふふ、テツトくんは相変わらずウブな反応を返してくれるわねぇ……心が洗われるわ」


「俺をからかって心の洗濯するの止めてくれません?」


「まあいいじゃないの、5年間戦場を共にした【よしみ】ってやつよ」


「ホント、みんなあの頃から全然変わりませんね」


「……そんなこともないわよ」


ベルーナは静かに、遠くの星でも見つめるように俺から視線を外した。


「テツトくんはすごく強くなったし、強くて可愛い女の子たちを侍らせるようになったわ」


「そんな人聞きの悪い……」


「それとは逆に、クロガネイバラは弱くなった」


「……ネオンさんが居ない分は仕方ないですよ。それに、だとしても今日だってみんな充分に戦えてたと思いますけど」


弱くなったといいつつ、今日倒したのは超S級モンスターたちだ。なんだかんだ言ったっても、クロガネイバラはまだまだ帝国を代表する冒険者チームに違いない。


……俺はそう思っていたのだが、


「ダメなのよ、あの程度じゃ」


「……超S級でしたけど」


「ランクなんていう常識の範疇に収まるような敵に対処できるのは当然のことよ。そんなぬるま湯ばかりに浸かってはいられない……」


ベルーナは憤るように声を震わせる。その感情の向き先は俺ではない。


「私たちは帝国最強を背負うクロガネイバラよ。どんな強敵が現れようとも……たとえそれが逸脱者であろうとも、臆することなど許されないの。だから私は、もっと……!」


「……ベルーナさん」


恐らくいま彼女が敵として思い描いているのは、かつて彼女らを痛めつけた怨敵であり、今もなおトラウマという形をとって彼女らを苦しめ続ける全てのエルフを束ねる者──ジルアラドだ。


そして今ベルーナが求めているもの、それは文字通りの超S級依頼ではない。常識では測れないからこそ超S級に分類するしかないような依頼──【逸脱者との戦い】を欲しているのだろう。


「いつまでも挫けたままではいられないわ。克服しなきゃ……じゃなきゃ、私たちを命懸けで庇ってくれたネオンに合わせる顔がないもの」


決意するかのように握りしめられているベルーナのその手は、しかし小刻みに震えている。


「……いっしょに頑張っていきましょう、ベルーナさん」


「……ええ。ありがとう、本当に」


会話が途切れると、俺たちはどちらともなく部屋へと戻り、床に就いた。


明日以降もS級冒険者チームでなければ手に余るような討伐依頼がいくつも入っている。その中にはもしかしたらベルーナが望む敵がいるかもしれない。


……さっさと寝るか。


どんな敵が来ようと対処できるように、体調だけは万全に整えておかないと。

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