チェスボード 前編(7 / 10)

約半日をかけて馬車が着いた先は暗い雰囲気の町だった。リュウセイの面々が被害に遭った場所を加味して、俺たちが次に人喰いグールの被害に合うのではないかと考えていた町だ。


「……」


大通りを見渡しても外を出歩く人影はない。町全体が沈み込んでいる……そんな陰気さだ。


その町の冒険者組合に足を踏み入れたクロガネイバラの面々を見るやいなや、職員たちがハッとした表情で一斉に押し寄せてくる。それは必死ささえ感じさせる面持ちだった。


「もう……何人も町の人々が犠牲になっています。どうか、いち早い討伐を……!」


「……ああ、任せておけ」


冒険者組合の組合長が差し出す手に、ベルーナが代表して応じようとした……その時だった。




「──ゴッド・エクソシズムッ!!!」




俺の背後から輝かしい光の束が飛んだかと思うと、それが組合長を弾き飛ばした。


「フン……我を前に姿を詐称できると思うな、モンスターめが!!!」


振り返れば、魔法杖をカッコつけて構えたイオリテがクククと笑いながら仁王立ちをしていた。


「テツト、気をつけろ! この町全体を包み込むような陰気さで気づくのが遅れたが、そやつの正体は人喰い──人に化ける模倣の人喰いイミテーターじゃ! 無論、周りのヤツらも全員な……!」


組合長の姿をしていたソレは、イオリテの光に浄化されるかのように灰に姿を変える。


「チッ……バレちゃしょうがねぇっ!」


これまで人の姿を模していた人喰いたちが、一斉にその変身を解いた。その姿は、尖った耳、禿げ上がった頭、鋭く赤い光を宿す目つき……紛うことなき人喰いのものだった。


「ふはははっ! どうじゃテツト! 我の勘の良さにかかればこんなもんじゃ! 正体を看破してやったわ!」


「あ、えーっと……」


「すでにこの町は人喰いの巣窟、誰ひとりとして人間はおらぬぞ! つまり今我らは敵に囲まれているということ……だが、案ずるでない! 我の神魔法のひとつ、退魔の魔法さえあればこの程度のモンスターの群れちょちょいのちょいで──」


「──ちょっと、イオリテ。ストップ」


「ぐえっ!?」


今にも敵陣に飛び込んでいきそうなイオリテの首根っこを掴む。


「何をするんじゃテツト!」


「あのね、知ってたんだよ」


「……むっ?」


「俺たちみんな、この町が人喰いの巣窟になってて手遅れだってこと、知ってたの」


「……むむむ???」


首を傾げるイオリテに俺はため息を漏らしながら、続ける。


「馬車でこの町の近くまで来たときにさ、もうマリアさんがこの町の瘴気? ってやつを察知してくれてたんだよ」


俺の言葉にベルーナさんもコクリと頷く。


「それに、この町の組合との定期連絡がつかなくなったと本部が言っていたから、私たちはもうすでにこの町が人喰いの巣窟化していると確信していたわけ」


「だから俺たちは人喰いたちを1匹残らず一網打尽にするためにも、ひとまずこの町の人喰いたちのペースに乗ってみようって話になったんだよ」


俺とベルーナの言葉に、イオリテはポカンと口を開けたあと、


「なっ──なんでじゃっ! 我はひと言たりとも聞いてないぞ、そんなこと!」


プンスカと憤慨して地団太を踏む。


「我だけ仲間外れかっ!? ヒドいのじゃっ! こんなのまるでピエロ扱いじゃっ!」


「いや、だってイオリテずっと馬車で寝てたじゃん……」


「え?」


そう、圧倒的幼児のイオリテさん。ずっと馬車で【おねんね】なさっていたのだ。起きたのはホントについさっき馬車から降りたときだ。


「さっきまで『眠いのじゃ眠いのじゃ』って寝ぼけまなこをこすりながら俺に手を引かれてたじゃんか」


「あー……でもその時にでも話してくれていれば!」


「いや、俺がなに話しかけてもぽけーっとしてたじゃん」


「え? お主……何か言っておったっけ?」


「あんよが上手あんよが上手、って」


「赤ん坊扱いしとるだけじゃろうがそれはっ! 人が寝ぼけてるところをからかいくさって、ナメとんのかテツトぉっ!」




「──ちょっとふたりとも? そろそろマジメに取り掛かるわよ」




ベルーナがため息交じりに俺たちへと声を掛ける。ピシンッ、と。鞭のしなるような音がした。


「おおっ……」


振り返れば、冒険者組合内にいた人喰いたちは血の海に沈んでいた。ベルーナの手に持つ、柔らかな鞭のような長剣が紅く染まっている。


「さすが単独でも超S級冒険者の【黒の薔薇】……実力は健在ですね?」


「もうテツトくんには敵わないわよ。あとその二つ名は禍々しくて好きじゃないわ。私としてはもっとカワイイ……【茨姫いばらひめ】とかを流行らせたいんだけど」


「……【姫】?」


「テツトくん? そこに疑問を持つのは何故かしら? 私が【姫】だと何か不都合でも?」


「ヒェッ」


「後でゆっくりお話が必要そうねぇ……とはいえ、まずはこの場を片付けなきゃ。予定通りとはいかなかったけど、ここから先は陣形を敷くわよ」


「は、はい。俺たちはどうすれば?」


「円の陣を使うわ。後衛のマリアとイオちゃんを中央で守り、その左右を私とナーベで囲う。テツトくんとメイスちゃんはそのさらに外側でモンスターの数を減らしてほしい……でも、殲滅はしないでね?」


「了解です」


今回はあくまでもクロガネイバラの実戦が主な目的だ。俺たちが出しゃばり過ぎてはいけない。それは忘れないようにしないとな。


「じゃあ……行くわよ!」


冒険者組合の戸を開け放ち外に出ると、もう建物はすでに無数の人喰いたちに包囲されていた。

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