チェスボード 前編(6 / 10)

「アルコール中和魔術、展開!」


外に出たのち、聖職者マリアの初仕事がそれだった。オレンジの光がマリアとナーベを包み込むと、その顔を血色の良いものへと変えていく。だが、それとは裏腹に、


「「はぁぁぁ……」」


ふたりは重たいため息を吐いた。


「ううぅ……酔いが醒めると、不安が押し寄せてくる……」


「心の均衡が……手が震える……」


その場でしゃがみ込みそうなくらい勢いよく気持ちが落ちていっていた。もう一見する限りただのアルコール依存症患者だ。


「本当に大丈夫かな……」


「大丈夫よ、たぶん」


ベルーナはグッと親指を立てた。


……たぶんって言った? 今?


「……まあ、了解です。それで今回の任務は何ですか?」


「敵は【人喰いの王キング・グール】を最低でも2体は含む人喰いグール集団の壊滅よ」


「キング級が2体……人喰いグールが? めずらしいですね?」


「そうね。帝国ではこれまでいくつかの群れが散見されていたけど、それらが各個撃破されていく中で、この集団は生き延びるためにその高い知能を活かして2頭体制の組織を作ったのでしょう」


人喰いグール……それはその名の通り人をエサにするモンスターだ。人以外食わないのかといえばそうではない。しかしそれでもその名を冠するに至った理由は、人喰いグールが数ある種類のモンスターの中で唯一【人を狩る】ことができるモンスターだからである。


腕力の劣る人間がそれでも獣やモンスターを狩ることができるのは高い知性があるからこそだ。その人間を狩ることができるということはつまり、人喰いグールの知性は人間にも匹敵する。


「かつて、人喰いグール跳梁ちょうりょうを許したばかりに、国の半分を人喰いグールたちに乗っ取られた国があったと聞くわ。今はまだ小さな集団なれど、油断はできないわね」


「じゃがのぅ、言っても所詮は中位モンスターの群れじゃろう? それが何故【超S級依頼】なんて仰々しい依頼になるんじゃろうな」


イオリテが納得しかねるような顔で首を傾げる。


人喰いグールなんぞ城塞都市に居たときに何百と滅ぼしてきたし、そんなもん我のゴッド・バーストがあれば瞬殺じゃぞ!」


「まあ確かにS級の、それも上位の冒険者たちにとってはそれほどの脅威足り得る存在ではないわね」


「なら、なんでじゃ?」


「それはね、イオちゃん。確定事項としてすでに村が3つ、そしてA級冒険者チームが1つ犠牲になっているからよ」


「っ!」


「きっかけはA級冒険者チーム【リュウセイ】が討伐依頼の帰りに、とある村で一夜を明かそうと立ち寄ったことだったわ。彼らはベテラン中のベテラン……その村の異変をすぐに察知してすぐに戦闘態勢に入ったみたい。でも、すでにその周囲3つの村は人喰いグールたちの巣窟だった」


「……さすがのA級冒険者チームといえど、3つの集団を相手にするのは……」


俺が挟んだ言葉に、ベルーナは静かに頷いた。


「でもリュウセイのリーダーは最期まで諦めなかった。機転を利かせ、隠密性に優れたメンバー1人を離脱させて状況を冒険者本部へと持ち帰らせた。今回の依頼は、そんな彼らの命を賭した成果の上のモノよ」


「……そうか」


いつの間にか、俺たちを包む空気は引き締まっていた。


「リュウセイ……冒険者の鑑だ。尊敬に値する」


「主よ、彼の勇者らの魂に安寧を与え給え……」


ナーベとマリアからも、歴戦の勇士の雰囲気が立ち昇っていた。先ほどまでの酔いどれの姿はどこにもない。


「よし……じゃあ向かうわよ。リュウセイの無念は私たちクロガネイバラと、テツトくんたちイッキトウセンで晴らしましょう」


俺たちはそれから馬車に揺られて目的地へと向かうことになった。

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