チェスボード 前編(5 / 10)

「さて、それじゃあさっそく私の仲間たちのところに向かうけど……ビックリしないでね?」


「ビックリ?」


「まあ……行けば分かるわ」


ベルーナにそんな風に前置きされて、俺たちは田舎町を案内される。




──帝国最南端の町、コウラン。




牧歌的な町並みで家の軒数より畑の数の方が圧倒的に多い。というよりむしろ畑と畑の間に家があるという感じだ。たまに道の真ん中を羊の群れが通ったりしている。


「こんな場所にも冒険者組合はあるんじゃのぅ……」


「むしろ、こんな場所だからね」


思わずといったイオリテの問いに、ベルーナがクスッと微笑んだ。


「山に面しているから、モンスターの類がよく出るのよ。国境線でもあるから他国の侵略に備えて軍の基地も近くにあったりするわ」


「通りで馬車の行き来が頻繁なわけだ」


自然の風景を眺めつつしばらく歩くと大きめな木造建築の建物に着いた。


「ここが宿屋ですか?」


「いいえ。ここはクロガネイバラの別荘よ」


「べ、別荘……? お金持ちだなぁ……」


「S級冒険者チームにもなったら使い切れないくらいの報酬が入ってくるものよ。秘密裏の依頼も多いから、口止め料も兼ねてね」


「そりゃ恐ろしい……」


「あら。テツトくんたちイッキトウセンだってもうS級冒険者チームなんだから他人事じゃないわよ?」


クスクスとイジワルな笑みを浮かべつつ、ベルーナが別荘の戸を開ける。


「ただいま。テツトくんたちを連れて来たわよ」


しかし、中からは誰の返事もない。


「……はぁ。やっぱりか」


「ん? 何が『やっぱり』なんです?」


「たぶん奥に引っ込んでるのよ」


ベルーナが指さす先にはドア。間取り的にリビングに続いていそうだ。


「テツトくん、イオちゃん、それにメイスちゃん……この中の光景を見てもビックリしないでね?」


「さっきから何なんです?」


「もう見てもらった方が早いわ」


ガチャリ。リビングへと繋がるドアが開かれる。すると、




「──ああ主よ、どうして酒は飲むと無くなるのですぅ? しゅよ……なんつって、キャハハハハハァッ!!!」


「──うぅ、吐きそ……桶、桶、桶……もう盾でいいかなぁ……ォェッ」




リビングに居たのは不審者がふたり。シスター服を乱しに乱して酒瓶をひっくり返して覗き込んでいる女、そして全身鎧プレートアーマーを身に着けていながらに盾を両手に持って顔を青ざめさせる女だ。


「なに……これ?」


「……これがクロガネイバラの現状なのよ」


確かに、よく見ればその女らは紛うことなきベルーナの仲間たち。【戦うシスター】と呼ばれる聖職者マリア、そして【不落】の二つ名を冠する最堅の戦士ナーベだった……が、そんな彼女らは今や酒乱の様相を呈していて、かつての威厳や迫力のカケラもない。


「クロガネイバラのみんなが酒盛り好きなことは知ってたけど……にしても、真昼間からなんでこんなことに……?」


「ヤケ酒よ。みんなあの時のことを忘れられないでいるの」


ベルーナを歯を食いしばって漏らすように言う。


「ジルアラド……ヤツにつけられた傷がまだ私たちの奥底に残っているわ」


「「ジっ……ジルアラドッ!?」」


マリア、ナーベはその名前に敏感に反応するやいなや、リビングの奥へと後ずさりする。


「いっ、いまジルアラドと聞こえましたっ! しゅよ、敬虔けいけんなるあなたの使徒を守り給え~~~!!!」


「盾っ、盾っ、盾でガード……ゲロ臭っさっ!!!」


とっさに酒瓶に祈りを捧げるマリア、そして盾を投げ捨てて酒瓶で守りを固め始めるナーベのふたりに、ベルーナは大きなため息を吐いた。


「こういうワケなのよ、テツトくん」


「思った以上にトラウマは強そうですね……ベルーナさんは大丈夫なんですか?」


「……まあ、ね」


ベルーナは困ったように笑う。


「ホラ、私って図太いから。伊達にこんな灰汁アクの強いヤツらのリーダーは張ってないのよ」


「はは、確かに。みんな個性的ですもんね。ところで……ネオンさんは今どうですか? 不死の逸脱者アウトサイダーだってことはこの前聞きましたけど、でも体がその……消滅しているとか」


「うん。今は再生中でね、帝都の教会で儀式を受けて貰っているところよ」


「儀式?」


「ええ。自然再生を待つと復活には半年近くかかるし、魂の所在によってはどこで再生するかもわからない。でもネオンは体が消滅するっていう今回みたいな最悪のケースも想定してて、自らの魂の断片を込めた分体を用意していたの」


これくらいのね、とベルーナは両手で10cmくらいの大きさを表した。


「古い眼鏡だったわ。たぶん、ネオンが逸脱者アウトサイダーになる前に使っていたものでしょうね。魂は分体の元に引き寄せられるらしいから、帝都の教会にそれを預けて復活の儀式をしてもらえれば……1カ月と少しでネオンはそこで復活できるそうよ」


「そうなんですね。1カ月ってことは……」


「ええ。すでに儀式の開始から1か月弱経っているから、もうすぐネオンは復活すると思う」


「おおっ! それはよかった!」


「ありがとう。でも……私たちがこの有様じゃ、ネオンにガッカリされてしまうわ」


ベルーナは未だに酒を飲み続けるマリアとナーベを見ながら、強く拳を握った。


「このままじゃダメなの……だから、テツトくんたちの力を貸してほしい」


「それはもちろん……でも、大丈夫ですかね?」


今のマリアとナーベの様子を見る限り、とてもじゃないが戦闘できる状態には見えない。


ヴルバトラに聞いた限りでは今のクロガネイバラたちと超S級討伐任務をいくつかこなしたいとのことだったけど……対象になるのは最低でも【キング級】のモンスター。いくら武技を極めたS級冒険者だからって、一瞬の判断ミスで死ぬレベルの任務だ。


しかし、


「心配をかけてしまって申し訳ないけど……でも、大丈夫よ」


ベルーナは小さな笑みで返してくる。


「マリアもナーベは腐っててもクロガネイバラの一員よ、やる時はやるわ」


「そう……なんですか?」


酒瓶でタワーの建造をし始めたマリアとナーベを見て、本当か? という気持ちがよりいっそう強くなる。


「今回、テツトくんたちには私の指揮下に入ってもらうわ。よろしく頼むわね?」


「あ、はい……」


正直めちゃくちゃ不安ではあるのだが……まあ今はベルーナさんのことを信じるとするか。キャリアは断然俺より上なわけだし。


「ホラ、ふたりとも! いつまで遊んでるの! 準備なさい!」


ベルーナはまるでお母さんのようにマリアとナーベの首根っこを掴んでリビングから引きずり出していった。

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