チェスボード 前編(4 / 10)

俺たちが帝国に帰還して2日目の午後。クロガネイバラの元へと向かう馬車の乗り口で。


「……」ムッスゥ


「ごめんて、ロジャ」


「……」プイッ


スネるロジャをなだめつつ、俺とイオリテ、それにメイスは馬車へと乗り込んだ。


「……シショー、なんで私を置いてく……?」


「うっ……そんな涙目で見つめないでくれよ……」


今回の人選にあたっては、シバとジャンヌは別案件があることから省き、ロジャとマヌゥはオグロームでお留守番をしてもらうことにした。選考の基準は簡単で【強すぎないこと】だ。


ロジャもマヌゥも強さは規格外、単独で超S級依頼くらいサクサクこなしてしまうだろう。だが、それではダメなのだ。


「今回はクロガネイバラのみんなのためにならなきゃ意味がないんだ。だから、ごめんな?」


「はいなのですぅ。ロジャさんのことは私がなだめておくのですので、お気をつけていってらっしゃいなのですぅ~!」


「む~~~!」


走り出した馬車に今にも駆け出してついて来ようとするロジャを、マヌゥは沼でからめとっておいてくれる。そんな騒がしい送り出しを受けつつ俺たちはオグロームを出た。


……しかし、シバもジャンヌもロジャもマヌゥも居ない、それってずいぶん久しぶりなことでは?


馬車の窓から遠ざかるオグロームを見つつそんなことを思っていると、ポスン。隣に腰かけていたメイスが俺の肩に頭を預けていた。


「馬車でお兄さんとふたり、子連れの旅だなんて風情やねぇ」


「誰が子じゃ、誰が」


イオリテが不満げに言う。


「テツトよ、なんでコヤツを連れてきた? 強すぎNGなんじゃったらコヤツもNGじゃろ。逸脱者アウトサイダーだぞ?」


「あら、それやったらイオちゃんだって強さ的にアカンやん?」


ふたりの言う通り、強さという基準であればふたりともかなりのレベルにある。


「まあでもふたりは加減できるだろ? それに、クロガネイバラのみんなとも初顔合わせになるから紹介したいし」


「初顔合わせ、ええやない。なんだか結婚報告みたいやわぁ。イオちゃんも行儀よろしゅうしといてな?」


「じゃから! 我をお主らの子供扱いすなと言うとるにっ!」


賑やかに緩やかに、俺たちは馬車に揺られて旅をした。




* * *




馬車で2日ほどかけ、俺たちは帝国の南西の端に位置する田舎町までやってきていた。俺も長らく冒険者活動を行っていたが、そこまで行くのは初めてのことだった。


道が作られていないと馬車はよく揺れるので酔いに警戒していたのだが、どうやら田舎町にしては馬車の行き来は活発な町のようで、地面はよく踏み固められている。


「……あっ」


町の入り口近くまでやってくると、木の柵に腰かける女性の姿が見える。長く艶やかな金髪を男らしく後ろで結った姿、スラッとした高身長が特徴的。中性的なイケメンとも見間違う精悍な顔つきをした彼女はクロガネイバラのリーダー、ベルーナで間違いない。恐らく、ヴルバトラが俺たちが向かうことを先に手紙で報せていたので出迎えに来てくれたのだろう。


「ベルーナさん」


馬車の窓から顔を出して声をかける。


「……」


「ベルーナさん?」


どうやらボーっとしていたらしい。2度目にかけた声に、ベルーナはハッとした顔を上げた。


「ああ、テツトくん。ありがとう、来てくれたのね」


「はい。ベルーナさんたちが困ってるとあらば世界の果てだろうと駆けつけますよ」


「ふふ、なによそれ」


ちょっとウケたようだ。ベルーナは朗らかに笑った。


「ところで……その後ろの子たちは?」


「新しい仲間たちです」


俺はイオリテとメイスを紹介する。イオリテとメイスをまじまじと見たベルーナはアゴに手をやって、


「テツトくんの若い子好きが悪化している……!?」


めちゃくちゃに心外な驚き方をされた。


「シバちゃん、ジャンヌちゃん、ロジャちゃんと10代後半の若い果実に飽き足らず、とうとうこんな未成熟な果実たちにまで手を……?」


「いやいやいや」


俺は全力で否定する。


「あくまで冒険者としての仲間だから! なんで手を出す前提で話してるのっ!?」


「そ、そうよね? ごめんなさい……テツトくんのことだもの、仲間にお手つきするなんてことしないわよね? シバちゃんたちみたいな可愛い女の子ばかり侍らせていたし、私はてっきりもうみんなとそういう関係なのかと……」


「……」


……シバたちとはまあ、ね。うん。そっちは否定できない。


「……テツトくん? やっぱり……ということはこの子たちとも……」


「いやいやいや! それは違いますって!」


「そうなの……?」


ベルーナの問いにイオリテたちは顔を見合わせると、


「まあ、我もいずれはテツトの毒牙にかかるんじゃないかと覚悟は決めておるがのぅ」


「せやねぇ、わらわはもうとっくに心の準備はできとりますけど」


そう言って照れたように顔を染めた。


「な、なるほど。有望株に唾をつけてるってことなのかしら……?」


ベルーナから受ける誤解がだいぶ深まった気がする、そんな再会となってしまった。

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