獣王国 後編(4 / 8)
獣王国に、高い風切り音が響き渡る。それは誰かの攻撃や天候の乱れなどでは決してない。ただ一体の獣によって引き起こされたものだ。
〔──ハッ、ハッ、ハッ!〕
ほんの3歩、その艶やかな小麦の毛並みをしたオオカミは黄金郷から獣王国の中心に到着した──周辺のあらかたの物を吹き飛ばす風を連れて。
「……シバっ!?」
〔ジャンヌ! ただいまっ!〕
目をまん丸くして驚く彼女、その手前に着地した小麦のオオカミはみるみる内に縮んで、ひとりの少女の姿となった。シバだ。
「もう、探していたのですよっ?」
「ごめんね、昨日は遺跡で寝落ちしちゃってて……それより、今はもっと大事なことがあるんだよっ!」
かくかくしかじか、と。シバはさきほど遺跡で起きたことをひと通りジャンヌへと説明した。その内にシバの起こした風を目撃したマヌゥがロジャとイオリテも連れてやってくる。
「ゆ、由々しき事態です!」
「はぁ……我は薄々こうなるんじゃないかとは思っておったがのぅ」
イオリテは深くため息を吐いた。
「救えそうなヤツはみんな救おうとするからな、あのお人好しは」
「そこもテツト様の良いところではありますが……敵まで救おうだなんて、無茶な。早々にテツト様の元へ向かわなくてはッ!!!」
ジャンヌの言葉に、ロジャたちも異論なく頷いた……が。
──カンカンカンッ!!! 大きく、警鐘の音が獣王国へと鳴り響く。
「みんなぁっ! 魔王軍が攻めてきやがったぞ!!! 前線が突破された! 新手の幹部が率いてやが──ぐあッ!?」
「クッ……飛行型の魔族にゃっ!? みんな、怪我人を背負ってバラけるにゃ! 直線になってたらまとめてやられるにゃっ!」
獣王国の王、ミーニャの焦る声。それに被せるように、地上の惨事を嘲るような大笑いが空から響く。
「クカカカカッ! 脆い脆い、脆いねぇ獣王国ッ!!! どうしてこれまで誰も空から攻めなかったのか!」
人型のその魔族は、大きな翼を広げ獣王国の真上を旋回する。
「まあ、それも仕方のなきこと……空を舞う魔族は数あれど、この俺のような火力を持った空襲特化型魔族が少ないからだ」
その魔族は大声で自問自答する。
「ゆえに獣王国の密林を攻略しようと苦戦する他なかった……だがしかし! この俺が産まれ、魔王軍の指揮権を継いだことによってその状況も一変さッ!!! この俺、翼竜魔人アーザードがねッ!!!」
アーザードは、自らに陶酔したかのように胸に手を当てポーズを取って……凄まじい勢いで風を切り、獣王国へと落下してくる。
「大・爆・撃ッ!!!」
地上100m付近を滑空したかと思うと、その軌跡が爆破される。獣王国に建てられた石造りの建物がいくつも吹き飛んだ。
「クカカカカッ! 大・蹂・躙だ!!! ありがとう、我らが母たる魔王様!!! 貴方はいつだって必要な時、必要な場所に俺たちを産み出してくださるのだぁっ!!!」
アーザードは誰が手を出す暇もなく、すぐさま上空へと飛び去って逃げていく。慢心した口ぶりとは正反対に、およそつけ入る隙の無いヒット&アウェイを獣王国へと見せつけた。
「クッ……なんて間の悪いッ! いち早くテツト様を助けに行きたいのに……でも、獣王国をこのまま放置しておくわけにも……」
「誰かが残ってヤツの対処をするべきじゃろうな」
歯噛みするジャンヌたち……の、その正面に。シュタッと。
〔──お待たせみんな~! じゃ、行こっか〕
「……」コクリ
シバと、その背に乗ったロジャが現れた。
「えっ、あれぇっ……?」
ジャンヌ、イオリテ、マヌゥが首を傾げた。
シバもロジャも、ついさっきまでジャンヌたちの側に居たはずだった。それがなんで、まるで【どこかに行ってきた帰り】みたいな感じで目の前に現れた……?
──その答えは、上空の断末魔が示すとおりだった。
「あっ、あっ、あれぇッ!? 俺、俺の翼がッ!?」
翼竜魔人アーザード、彼の両の翼が彼の体から離れる。さながらトカゲが尻尾を切るときのように綺麗な断面で。
「脚っ、脚っ、脚も……腕もぉッ!?」
バラバラと、ジグソーパズルのように、空中でアーザードの体が崩れていく。
「なんじゃこr──ベッ!!!」
首さえも切り離されて、アーザードは密林へと墜落して言った。
「……」ハァ
ロジャが大剣を軽く振って、わずかについていた血を払った。
「もしかして今の、シバとロジャが……?」
〔うんっ!〕
訊ねるジャンヌに、シバは快活に頷いた。
〔ロジャがボクに合図してくれて。アイツが地上に近づいてきたそのタイミングで一瞬すれ違ってきたんだ〕
「……すれ違うだけで、充分……むしろ、手応え無さ過ぎ……」フゥ…
つまり、シバに乗ったロジャが魔王軍幹部を瞬殺してきたと……そういうわけだ。
「あ、あなたたちね……」
何でもないように言うふたりに、ジャンヌは感服したような、あるいはそれが一周して呆れたように息を吐く。
「ほんと、規格外なんですから……」
〔? そんなことより、早く行こうっ? ご主人が待ってる!〕
「そ、そうですね! 行きましょう!」
しゃがんだシバの背にみんなでまたがろうとして、
「ちょっ、ちょっと待つにゃあっ!!!」
直前、制止の声がかかる。それはシバたちに駆け寄ってくるミーニャだった。
「今、あの空のヤツを倒してくれたのはシバにゃんたちかにゃっ!?」
〔えっ? うん、そうだけど……?〕
「助かったにゃ、本当に感謝なのにゃ……! その上で、お願いなんだにゃ。引き続き力を貸してほしいにゃ!」
ミーニャはそう言って、シバの足元へと縋った。
「昨日の今日で、シバにゃんに頼み事なんて都合が良すぎるとは思ってるにゃ……でも、ピンチなんだにゃあ……!」
〔昨日のことは別にいいけど、ピンチって……?〕
「さっきの空のヤツのせいで、これまで密林で魔王軍を迎え撃っていた東と北の2つの防衛線が吹き飛ばされたんだにゃ……。今この獣王国に居る部隊じゃ、とてもじゃないけど2正面で戦うだけの戦力が無いんだにゃあ……!」
〔えーっと……どうすればいいんだろ?〕
あまり頭の回転に自身の無いシバは、弱ったように背中のジャンヌに訊く。
「まあ、放っておくわけにもいかんじゃろ。同盟関係を結びたいならな」
イオリテの言葉に、ジャンヌもまた頷いた。
「テツト様の本来の目的を見失うわけにはいきませんね。ちなみに、敵の戦力はいかほどですか?」
「今攻めて来ている東と北の戦線は、合わせて3万ほどにゃ。北の方が多くて、かなり押し込まれている状況だにゃ」
ミーニャはグッと拳を握りしめる。
「密林さえ機能していれば3万の軍勢くらいどうとでもにゃったのに……今は国民を逃がす時間を稼ぐので手いっぱいにゃ……! せめて、片方の戦線だけに集中できたならいくらでも勝ち筋があったのに」
「そうですか……片方の戦線だけに集中できれば勝てるのですね?」
「えっ? ま、まあ……それはそうにゃけど……」
「ロジャさん、お願いしていいですか?」
「……」コクリ
スッ、と。シバの背中から大剣を背負ったロジャが飛び降りた。そして無言のまま、北へと向かう。
「えっ……えっ?」
「ミーニャさん、獣王国の部隊はすべて東へと集中させてください」
「はっ、いやっ? 待つにゃ、どういうことにゃっ!?」
「北の戦線を丸ごと彼女に任せてください。巻き込まれないように気をつけてくださいね」
ジャンヌの言葉に、他の面々も当然と言うようにウンウン頷いた。
「ロジャは……敵にとって、歩く災害みたいなものですから」
その数分後、花火のように鮮やかな赤を撒き散らして、空に無数の魔族が打ちあがった。
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