獣王国 後編(3 / 8)

翌朝、再び遺跡に赴くとそこに居たのはメイスと、その隣でスヤスヤ眠るシバだった。


「シバ、どこに行ったのかと思ったら……」


獣王国で国賓こくひんとして迎えられた俺たちはそれぞれ別室を割り当てられていたので、今朝になるまでシバが帰っていなかったことには気が付かなかった。なので手分けして探していたのだが……ここに戻ってきてたのか。


「昨日、シバさんに助けられたんや」


すでに起きていたメイスが俺に言う。


「さっきまで眠らずに番してくれとってな……たぶんお兄さん来はったのが分かったから気が緩んだんやろ。まだ寝かせておいてあげられへん?」


「そっか、了解」


俺は気が付かなかったけど……どうやらメイスに危険が迫っていたらしい。シバは勘づいてひとり動いてくれてたのか。


「ありがとな、シバ」


俺はシバの頭をそっと撫でる。目元がふにゃりと緩く細まった気がした。


「さて、と。メイス。しばらくしたらロジャかマヌゥが来るだろうし、お前の番を交替してもらえたら俺はシバを連れて帰る……その後、また昨日の続きだ」


「尋問の?」


「ああ。今日はしっかり喋ってもらうからな」


「ええ、そやね。ちゃんと喋ることにしよ思うてる」


「……えっ?」


意外な返事に、つい声が出てしまう。


「昨日までは相方にならなきゃ何も話さないとか言ってたのに……どういう心境の変化だ?」


「少し、気づかされたんよ。気の置けない、信頼し合える相方っていうんは……相手に何かをしてもらうことを条件に得るもんやない。互いが互いを信じ合っているから、自然と尽くしたり尽くされたりするもんなんやな、って」


メイスはスヤスヤと眠るシバを見て、微笑んだ。


わらわが信用されへんのは仕方のないことや、魔王軍幹部なんて位置に収まっていたわけやし。そやから、まずはわらわから歩み寄らへんと」


「……そうか? まあ、そう言ってくれるならありがたいけど」


なんと言うか、意外だ。魔王軍の幹部といったら即戦闘になったワーモング・デュラハンやドグマルフズといったヤツらしか知らなかったから……俺に惚れてくれているとはいえ、こんなに話が通じるものなのかと。


「どない、物分かりの良い女やろ? わらわのこと好きになりました?」


「結果を求めるの早っ!」


「お兄さんは女の子にざこざこそうやさかい、簡単に堕ちてくれるかなぁ思うたんやけど」


「そこまでチョロくないわ」


「それは残念やわぁ」


俺の反応にメイスはクスクスと笑う。それはとても屈託のない、裏表のない笑顔だった。


「ほな、何から聞きたいん? 魔王軍の幹部の詳細? それとも魔王城の場所?」


「おいおい、マジでなんにでも答えてくれるのか?」


「ええ、もちろん」


首肯するメイスに、俺は……腕を組んで、考える。


……もしかしてこれは、ものすごいチャンスなのでは?


魔王軍の勢力、そして魔王の居場所を一挙に把握できれば対抗策も立てやすい。一気に状況は人類側に有利になるだろう。


「……」


じゃあ、まず何から聴こう? もちろん俺だけじゃなく頭の良いジャンヌやイオリテたちにも聴いてほしいところだ。だけど、とりあえず今まず気になることと言えば……


「魔王、魔王っていったいどんなヤツなんだ……?」


俺が真っ先に思いついた質問はそれだ。ずっと気になっていた。魔王とは、俺がこの異世界に転生する際に脅威となり始めた存在で、マヌゥの情報からも決して旧い敵ではないらしいことが分かった。それなのに、今や世界の存亡に大きく関わるキーマンとなっている。


……いったいどれだけの力の持ち主なのか、気にならない方がどうにかしてるってものだ。


「魔王様がどんなヤツか、ねぇ……」


「ああ。男か、女か。どれぐらいの年齢なのか、そもそも種族は? そういう基本的な情報からいっさい分かってないんだ。だから教えてほしい。俺の……人類の敵の正体はいったい何者なのかって」


「ふんふん、ははぁ……なるほど」


俺の言葉ひとつひとつにメイスは頷くと、


「なんというか、えらい勘違いしはってるんやねぇ、人類は」


「勘違い?」


「まあわらわたちも【魔王様】言うてるし、ややこしくはあるんやけど」


「……どういうことだよ?」


「聞いてしまえば簡単なことや。わらわたちを生み出し、この世界に混沌を与える魔王様ゆうんは──」




──ヌラリ、と。




「ッ!?!?!?」


メイスの言葉を遮るように、その口からスモッグのような【闇】ができてきた。


「メイス……!?」


「なん、やっ……これっ……!?」


ブワリ、闇はまたたく間に広がり始める。


「シバッ! 起きろッ!!!」


「っ!? ふぇっ!? ご主人っ!?」


メイスの横で寝ていたシバは俺の声に飛び起きて、すぐに真横に迫る闇に気が付くやいなや、シュタッとその場を離れる。


「なっ、なになにっ!? これっ、どういう状況っ!?」


「分からん! メイスが魔王について話そうとしたら、アレが……!」


目の前の、メイスが居たその場所は今や真っ暗だった。遺跡の隙間から差し込む朝日の光でももってしても照らすことは叶わない。


その光景には見覚えがある。


「ジャンヌの時と同じ……まさか、呪いか!?」


「呪い……っ? なんのっ!?」


「具体的には分からんが、ジャンヌの時は【俺に対する想いを成就させる】っていうのをキッカケにして呪いが起動していた。だから、今回はもしかしたら……魔王の秘密を誰かに話す、ってのがトリガーになってたのかもだ……!」


「じゃあっ、どうしようっ!?」


「……なんとかするしかないッ!」


俺はメイスを包み込んで消したその禍々しい闇に向かって一歩、距離を詰める。


「ご主人っ……行くんだねっ?」


「メイスは魔王について知れる、貴重な情報源だ。それをみすみす失うわけにはいかない」


「分かった、じゃあボクも──」


「いや、シバはこのことをみんなに報せに行くんだ」


「えぇっ!? ダメだよ、ご主人ひとりなんて……危険すぎるもんっ!」


「頼む、時は一刻を争うかもしれない。長々と放置はできないんだ。かといって、俺とシバだけじゃ戦力不足かもしれない。だとしたら、ロジャやマヌゥの力も借りないと」


「で、でもぉ……!」


シバがくぅんと鼻を鳴らして、俺の腕にしがみついてくる。心配で離したくない、そんな表情だ。


「頼むよ、シバ。俺にはお前の速さが必要だ」


「うぅ~~~」


「シバ……」


「……はぁ、もう……わかったよぅ」


シバは頭のケモ耳を倒したまま、渋々と手を放してくれる。


「1分でみんなを連れて帰ってくるから、それまで絶対に無事でいてよねっ!」


「ありがとな、シバ。もちろん……絶対に負けやしない!」


俺はシバをその場に残し、目の前の闇へと飛び込んだ。

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