ある町の救世主(5 / 5)
夜、町が寝静まった後……その群団は現れた。
〔ブモォォォォォッ!〕
野太い声と共に、おそらく30体は下らないオークたちがこの町に向けて歩いてくる。ズシンズシンと、その巨体が響かせる足音が体を微細に揺らした。
……そうか、これまで町の人々は、夜になるたびにこの声に、この音に、怯えながら家の中で縮こまっていたのだろう。それじゃあ恐ろしくて生気が失われるのも当然だ。
「今夜で全部……終わらせてやる」
俺は剣を引き抜いた。鉄に少量のオリハルコンが混ざった、名工仕立てのひと振りである。これは戦争の途中で勇者ヴルバトラに貰ったものだ。『貴君ほどの実力があればきっと使いこなせるだろう』と。
その剣はズシリと重い。しかし、その重さにさえ慣れてしまえば、性能は鉄の剣の比にはならなかった。
〔グモォォォッ!〕
先頭のオーク集団が俺の存在に気がついたらしい。各々武器を振りかぶって駆け寄ってくる。
……またしてもオークが相手とはな。なにかと縁があるモンスターだ。初戦は本当に命懸けの戦いを繰り広げたものだ。
今、シバは隣に居ない。それではキング・オークを擁するそのオーク集団を俺ひとりでどう相手取るのか? それについての作戦だが……そんなものはない。
「──フッ!」
魔力を足に集中させ、俺は鍛え上げた体を前方、オークの軍勢に向けて矢のように走らせた。
「らぁぁぁッ!」
軸足を中心に、横に回転して剣を振るう。意識するのはテニスの『バックハンドストローク』。風を斬る音と共に、斬撃の衝撃波が生まれた。周囲、10体のオークが細切れになって吹き飛んだ。
〔ブモッ!?〕
「こんばんは、そしてさようならだ……オーク共」
〔ブ、ブモォォォッ!!!〕
オークたちが錆びた剣や木で作ったのであろう太い棍棒を振りかぶって一斉に俺に襲い掛かってくる。しかし、その程度の攻撃、今の俺には通用しない。
……戦争を経て、俺の実力はかつての頃とは比べ物にならないほどに向上した。
俺は勇者ヴルバトラに実力を認められてからは指揮官のような仕事を多く任されるようにもなったが、それでも基本的には最前線、それも常に兵士たちに先頭に立って戦場を駆ける役目を担っていた。俺が兵士たちの指揮を取りながら共に戦うと、他のみんなの士気が上がって勝率が高まるんだそうだ。
『それが人望だよ、テツト。貴君の持つそれは地位や金があっても手に入るものではない』
ヴルバトラは俺に対して何度かそう口にした。加えて、
『テツトは戦えば戦うほどに強くなる。この戦争の鍵のひとつが……テツト、貴君なのかもしれないな。貴君がどこまで強くなってくれるか。きっとそれにも懸っているよ』
そうとも言っていた。
「『戦争の鍵』ってのは言い過ぎだと思ったけど……前者に関してはヴルバトラの言う通りだったかもな。確かに、俺は戦いを経るごとに強くなったよ」
転生前に思った通り、やっぱり最強チート能力なんて要らなかった。10年間、俺は平凡な人間として成長し続けて、今ここに立っている。
……思い返せば山あり谷ありの人生だ。異世界に何の能力も無いまま放り出され、約2年の間Dランク冒険者として下積みをした。何度も死線をくぐり抜けてAランクになったと思えば徴兵。戦場の最前線で地獄のような5年間を過ごした。
「その過酷さの全てが、俺の糧だ」
ものの数十秒で、俺の目の前からはほとんどすべてのオークが消えていた……否、細切れになって地面の染みとなっていた。
〔グモォォォォォオッ!!!〕
残されたひと際大きなオークの個体──キング・オークが吠え猛る。
「出たな、大ボス」
〔グモモモォウッ!!!〕
全長5メートルはあるそのオークが、その巨体に見合わぬスピードで俺に迫り、鋼鉄にも匹敵すると言われる拳を振り抜いてきた。まるで、意思を持った砲弾だ。
「はぁぁぁッ!」
魔力全開で、その攻撃に俺もまた応じた。雷が落ちるかのような轟音を響かせながら……俺は剣でキング・オークの拳を受け止めていた。
──キング・オークの討伐の適正冒険者ランクはS。通常、Aランク冒険者が個人で挑むようなモンスターでは決してない。でも、
「俺は、キング・オークならすでに2体倒してる……!」
最初の1体目を倒したのは戦争開始から2年目のこと。俺はこの世界に来て初めて瀕死の重傷を負いながらも、辛くも勝利を収めた。その次は4年目。その時は少し余裕を持っての勝利だった。
「これでもコツコツと、攻略法見つけたりするのは得意なもんでね……!」
俺も負け時と素早く、細かいフットワークでキング・オークを翻弄する。キング・オークの強力な攻撃をいなし、そしてその腕や脚などに細かく攻撃を当て続け……そのバランスを崩させる。
「もう、俺がお前に負けることはない……!」
キング・オークの首をひと息に刎ねる。それを最後に、俺の前に現れたすべてのオークは息絶えた。
〔──ご主人っ〕
ちょうどそのタイミングでシバが俺の元へとやってきた。
〔ご主人、お疲れ様っ! キング・オークも倒したんだねっ〕
「ああ。とりあえずこっちはもう問題なさそうだ。シバに任せた方はどうだった?」
〔うんっ。あのね、何体か群れから外れて行動してるオークがいたから殺したよ! ニオイを嗅ぎながらこの辺りをグルっと回ってみたけど他には居なさそうだし、オークが町に入るようなこともなかったみたい!〕
「そっか、それならよかった。周辺の警戒、ありがとな」
〔ううんっ! ご主人の役に立てたならよかったよ!〕
戦闘時間はおよそ10分ほどだった。オーク殲滅の作戦を開始して配置に着いてからは30分。
「まあ、こんなもんだろ」
これで
──それから、町に帰って報告を済ませるとさすがにみんなには驚かれた。
というか、「いやいや、さすがのテツトさんだからってそんな人間離れしたことできるはずが……」と信じてもらえなかった。数人の冒険者を連れて戦闘を行った場所とオークたちの死骸を見せてようやく納得してもらえた。
「テ、テツトさん……ちょ、ちょっと待ってくださいねっ!? これから急きょSランクの申請準備をするのでっ!」
「あ、はい、ありがとうございます……でもそんな急がないでいいので。今はまだ深夜ですよ、まずはゆっくり休みましょう? 今日からは何にも怯えずに眠れるんですから」
実際に戦闘を行った俺たち以上に興奮冷めやらぬ受付嬢と冒険者たちを何とか家に帰してから、その日は俺もシバも小屋へと帰った。
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