精霊の森 "魔王国横断"編(8 / 12)
──エリムの顔に、風が強く吹き付ける。
「くぅっ……!!!」
"シバ"と呼ばれていた小麦の毛並みの大オオカミの背に乗ったエリムは、真正面から押し寄せる風圧に目を細めるしかなかった。
……速すぎるっ! 顔がまともに上げられない。こんなんじゃ道案内することもできない。
がんばって頭を上げようものならば、
「うわっ!?」
「おい、気をつけろ? 身をしっかり屈めておかないと振り落とされるぞ」
エリムは後ろに転げ落ちそうになる。
その背中をテツトが支えた。
「も、申し訳ありません……!」
なんたることだ。
あれだけ息巻いて同行を願い出たというのに、【救世主】に迷惑をかけていては仕方がない。
〔大丈夫ー?〕
その時、エリムに向けた温かな女性の声が聞こえた。
どうやらテツトの後ろに乗っている髪を後ろで1本に結った方が気遣ってくれたようだ。
確か、名前はロジャ。
まるで天女が顕現したかのような美形で、とてもクールな印象だったけど心はとても温かな方らしい。
「あ、はい。大丈夫ですっ!」
振り返りつつ答える。
しかし、
「……」シーン
「……?」
……あれ?
ロジャは答えない。
口を真一文字に結んで、腕を組んでいる。
え?
というかこの風圧をものともせず、普通に座ってる……?
いったいどんな体幹をしているの……!?
〔いま喋ったのはロジャじゃないよ、ボクの方だよっ〕
「……えっ?」
〔こっちこっち〕
声は正面から聞こえていた。
……え? いやいや、まさか。
正面に向き直る。
すると、大オオカミが走りながらこちらに首を捻って、
〔ボクだよ、シバ!〕
「オオカミが喋ったっ!?!?!?」
〔オオカミじゃないよっ、フェンリルだよっ〕
フェンリル……?
私は聞いたことがない。
人語を理解して使うのは亜人類か魔族くらいのものだと思っていたけど……
神の遣わせた神聖な動物、なのだろうか?
〔よろしくねっ。でもご主人のことは狙っちゃダメだよ?〕
「よ、よろしくお願いします……ご主人って?」
〔ご主人はご主人だよっ。テツト様! ボクたちの大事なご主人なんだからっ〕
「そんなっ、テツト様を、救世主様を狙うだなんて滅相もありませんっ!」
……なるほど。どうやらこのシバと名乗るオオカミの化身はテツト様を主人に仰いでいるらしい。ん? ボク"たち"?
おそるおそる後ろを振り返ってみると、
「……そう。もうダメ。シショーの隣、定員オーバー」
ロジャと呼ばれたその美女は真一文字に結んでいた口を解いて、そう漏らした。
シショー……師匠ってこと?
つまりこの方もテツト様に仕えているということかっ。
……人語を解する神聖なオオカミに、天女のごとき剣士を従えているとは、まさか人々が先ほどウワサしていた通り、テツト様は本当に天に遣わされた救世主だったりするのだろうか? 天上から来たる戦士は見目麗しい戦乙女を連れてくるというし。
いやいやいや、まさか。
今も謎の淡く光る粒子を体に纏ってはいるが。
だからといって……
……。
……。
……光っているし、やはり天上の戦士なのだろうか?
〔ご主人、町が見えたよ〕
シバの声が響く。
……町? 中央都市だろうか?
そんなはずはない。
なにせ先ほどの炭鉱群からその中央都市までは数十キロは離れている。
まだ10分も移動はしていないはずだった。
テツトの手がエリムの背を軽く叩く。
「エリム、ちょっと確認してもらえるか?」
「えっ、あっ……はいっ」
シバが次第に減速すると止まったので、エリムはおそるおそる顔を上げた。
視界は高い。
どうやら現在位置は小高い山の頂上の、その中でもひときわ大きな大樹の上らしい。
そして見下ろしたその景色は間違いない。
記憶から外観は変わっているものの、その町の形は中央都市だった。
「こ、ここが中央都市です……っ! まさか、こんなに早く着くだなんて……っ!」
「シバの脚は天下一だからな」
〔ウヘヘヘ……まあねーっ!〕
やはりこの世の理を越えた魔法のようにしか思えない。
テツトたちに、実は自分らは天の遣いだと正体を明かされてもまったく驚かないだろう。
「しかし要塞か……なるほど、確かにあちこちで地面が隆起しているな。外壁も高い」
テツトがアゴに手をやった。
目の前の光景を見てのことだ。
その都市のところどころで蟻塚のように土が高く盛られている。
さらに目を見張るのは都市をグルリと囲む圧巻の外壁だ。
高さ100メートル近く、縦幅は数十メートルの土のソレは一見して難攻不落。
モグラの能力が使われた証でもある。
……間違いない。ヤツはこの都市にいる。
「モグラが操った地面を砕くのは至難の業……だそうです。S級ですらなかなか歯が立たなかったと聞き及んでいます」
「なるほど」
「恐らくモグラの居場所は……都市の中心、あのひと際大きな蟻塚のような地面の隆起がある場所が見えますか?」
「ああ、見える」
「そこは元々公爵家が所有していた広い土地があった場所です。モグラはそこにいるかと。ただし、近づくのは困難です」
「困難?」
「都市にところどころそびえるあの塚はモンスターたちの寝床であり、監視塔の役割を果たしているというウワサです。誰にも見つからずたどり着くのは難しいかと……」
「そっか。分かった。解説ありがとう。公爵家の大体の位置は覚えたし……それじゃあ行こうか」
「えっ……?」
再び、視界が揺れる。
シバさんがまた走り始めたのだ。
山の中の草木を掻き分け踏みしめる音はすぐに止み、そして、
「──何者だッ! オオカミ……新種のモンスターかっ!?」
手前からそんな
顔を上げれば目の前には反り立つ地面の壁……
中央都市の外壁の目前だった。
そしてこちらに問いを投げてきているのは、恐らくはその中央都市への出入りを管理している魔族だろう。
「さて、試そうか……"コガネ"」
なにかを呟いて、テツトはシバから降りた。
魔族たちがその姿を見て、駆け寄ってくる。
「貴様……人間だなっ! 大人しくしろ、さすれば命までは奪わ──」
テツトは背中の黄金の剣を抜く。
そしてひと振り。
……ん?
エリムが辺りを見渡した。どこか、空気が変わった気がして。
「……くる。伏せて」
「えっ……わっ!?」
シバは体を伏せ、その上のエリムもまたロジャに頭を押さえつけられるように無理やり伏せさせられた。
その直後のことだった。
暴風が吹き荒れたのは。
「っ!?」
エリムは僅かに上げていた視界で確かに目撃していた。
テツトの二度目に振るった黄金の剣から、雷にも似た一閃が放たれたことを。
それが駆け寄ってきた魔族もろとも、その後ろの堅牢堅固のハズの壁にも亀裂を入れ、幾重にも斬り裂いた。
その斬り裂かれたものたちはみな嵐に揉まれて粉々に砕け散って行く。
まるでそれは神の怒りそのもの。
……これが、人の力っ!? いや、これほどのもの見たことがないっ!
「……
「えっ?」
エリムの後ろでロジャが何かを呟いていた。
「……私が作った、私とシショーの、お揃いの技……シショー、気に入ってくれてる……フフフ……」ボソボソ
呟いている内容は嵐にかき消され、エリムの耳には届かない。
しかし、ロジャの恋する乙女のような表情だけはその目に映る。
……テツト様の起こした天災のごとき一撃に見惚れているのか? なんと人間離れした感性なんだ……っ。やはり、ただの人間ではない。それだけにテツト様に仕えるに十分相応しい戦乙女ということか……。
「よし。終わったぞー」
嵐が吹き止み、テツトの声に顔を上げる。
まるで竜巻が通り過ぎた後のように、私たちの正面の壁が横幅にして数十メートル分は完全消滅し、ポッカリと更地になっていた。
……凄まじい。人智を越えている。こんなことをできるのは悪魔か天使のいずれかだろう。となれば、テツト様は……やはり天の遣わした救世主っ?
エリムは答えの出ないその問いを頭に巡らせ、目を回す他なかった。
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