チェスボード 後編(15 / 15)

【魔導結界・白黒決す舞台チェスボード】、モーフィーの展開したその世界に黄金の亀裂が走る。


「ぬぉぉぉおっ!?!?!?」


蛍のように光輝く風が渦巻き吹き荒れて、同じチェス盤に立っていたイオリテたちも吹き飛ばされそうになっていた。攻撃に巻き込まれて粉々になった黒駒やチェス盤も舞い上がり、狭い結界内に土煙が立ち込める。


……周りに被害が出ないように威力を集約させていたはずだったけど、思った以上に余波が出たな……。


「みんなっ、大丈夫かっ!?」


「──ええっ、こっちは何とか!」


ベルーナの声が後ろから響く。


「それよりも……見て! 空をっ!」


「空……?」


ベルーナの言葉に従って見上げると、その先にあったのはこれまでの白い天井ではなく──見渡す限り一面に続く青空だった。


「結界が壊れてる……? ってことは」


「──そうだ、テツト。君の勝ち、そういうコトさ……」


「っ!」


しばらくして風が吹き止むと、もうそこは白い世界では無くなっていた。そして目の前にいたのは、胸から下が塵のようになって消えていくモーフィーの姿だった。


「……モーフィー」


「まさか、僕が敗けるとはね」


モーフィーは笑うと、静かに目をつむった。


「最期にテツト……君がくれた水のお返しがまだだったし、忠告をひとつ授けよう」


「忠告?」


「ああ。僕が敗けたことにより、魔王軍はより強硬策に移るようになるだろう……ファシリには申し訳ないことをした……」


「強硬策? ファシリって誰だよ、モーフィー?」


「……【瘴延弾ボム】に気をつけろ、テツト。この表の世界を死の世界にしたくなければ──」


そこまで口にすると、モーフィーは完全に塵と化して消え去った。


「……【ボム】、だって?」


ボム、爆弾……火薬もニトログリセリンも無いこの世界においては聞き慣れない単語だった。




「──テツトくんっ!」




俺が首を捻っているところに、真横から突然の衝撃。ベルーナが、飛びかかるようにして俺に抱き着いて来ていた。


「テツトくんっ! ケガはないっ!?」


「えっ、あっ……はいっ!」


「そう……良かった、無事で……!」


ホロリ、と。ベルーナの目の端から涙がこぼれていた。


「ベ、ベルーナさんこそ大丈夫ですかっ? さっきの嵐に巻き込まれて、ケガとか……」


「大丈夫よ。イオリテちゃんがとっさに【ゴッド・バリア】? を張ってくれたから」


ベルーナの後ろを見れば、イオリテやナーベたちがこちらに歩いてくるところだ。その中で、ナーベとマリアはニヤニヤとしてこちらを見ていた。


「ねぇ、マリア。見てごらんよ……天下のクロガネイバラのリーダーが、あんなにも乙女な顔をしているよ?」


「本当ですねぇ……それにテツトさんが戦っている間、ずっと指を組んでキラキラした目でヒロインムーヴしていましたねぇ……」


「んなッ!?」


ベルーナが顔を真っ赤にしてサッと俺から離れた。


「ちょ……ちょっとふたりとも! 何変なこと言ってんのよっ!」


「いやぁ、とうとう我らがリーダーにも春が来たかと思ってねぇ」


「長い男日照りでしたね、リーダー。私は嬉しいですよ」


「黙りなさいナーベ! マリア!」


そんな風に、結界からの脱出だったりベルーナのアレコレだったりでみんな喜んでいたときだった。




「──あのぅ」




困ったような男の声が聞こえてくる。声の元を振り返れば、そこに居たのはコウランの町の冒険者組合の受付の男。そして、チラホラと屈強な冒険者らしき男たち。呆気にとられた表情で俺たちを囲んでいた。


「お取込み中で申し訳ないんですが……クロガネイバラのみなさまと、イッキトウセンのテツト様? その、事態の説明をしていただけないでしょうか……?」


……そういえば、完全に忘れていたのだが、俺たちがモーフィーの結界に閉じ込められたのは冒険者組合の中だった。となると、当然、【テンペスト】で結界をこじ開けた先は冒険者組合だ。しかし、辺りにはその面影もない。それも当然だった。




なにせ、俺たちは冒険者組合を粉々にし下敷きにして帰還していたのだから。

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