逸脱者たち 後編(4 / 5)

高原の南を囲むように存在する森、その奥に簡素な小屋があった。


「──ああ、帰ってきたのかロジャ、昼の食事がちょうどできたところだ……っと、ん? 貴君、テツトではないか……!」


勇者ヴルバトラは、その小屋の前でなんとも元気そうな様子で昼餉ひるげの準備を行っていた。


「いったいどうして貴君が……?」


「どうしてもなにも、ヴルバトラはさ、もうちょっと自分の影響力を考えた方がいいと思うよ……?」


「む?」


ヴルバトラがアゴに手をやって首を傾げた。


……まさか本当に考えが及んでなかったわけじゃないよな?


とりあえず、俺は全部の経緯を話すことにする。つまるところ、みんなヴルバトラの捜索に駆り出されててたんだよ、と。


「──なるほど、そうだったのか……。いや、もちろん私だってそこまでマヌケではない。自分がいなくなれば探しに来る者たちがいるだろうということは想像できたさ。おそらく、クロガネイバラが寄越されるだろうとな」


ヴルバトラは申し訳なさそうに言う。


「だから彼女たちが来たら事情を話して、少しばかりここで過ごす時間を貰おうと考えていたんだ」


「時間を貰う……? どういうことだ?」


「私には、圧倒的に自己研鑽の時間が足りない。最近は特にずっとそれを憂いていた。そんな時に私の前に現れたのがそこの彼女──ロジャだ」


ヴルバトラの視線の先で、ロジャがコクリと頷いた。


「……ヴルバトラ、すごく強い。でも周りにくっついてる男たちが……すごくジャマ」


「もしかして……フェルマックら親衛隊の男たちから引き離したくて、ヴルバトラを拉致したのかっ?」


「……」コクコク


そこで俺は何となく事の経緯が分かった気がした。きっとロジャは、出会ってすぐにヴルバトラの抱えている剣士としての悩みに深く共感したのだろう。


「高原でばったりとロジャに会ってすぐに、彼女が強い少女だと気が付いたよ。きっとロジャも、私のことを認めてくれたんだろう。ゆえに、ふたり同時に剣を手に取るのは自然なことだった」


剣士として、互いの力量を知りたくなってしまう心は俺にも少し分かる。そうして打ち合った中で、ロジャは親衛隊という邪魔な男たちがヴルバトラの成長の妨げになっていると感じたのだろう。


「私は手加減などしなかった。それでも、ロジャの方が強かった。気が付けば一瞬、意識を失くしていてロジャの肩に担がれていたんだ。私を連れ去ろうとする彼女に害意はまったく感じなかった……だから、私は今こうしてここに居る」


「それで、それからここでずっと、ロジャと剣を交わして鍛えていたのか」


「……そうだな、そういうことになる」


申し訳なさそうに、ヴルバトラは目を伏せた。


「テツト、貴君にもだいぶ迷惑をかけてしまったな……申し訳ない。それに、ロジャにも。私のせいで、ロジャにはずいぶんな汚名を被せてしまったかもしれない」


「いや、理由があるのならいいさ。ロジャの件も、俺たちでちゃんと説明すればみんな分かってくれるだろうし……ところでひとついいか?」


「ん? なんだ?」


「ヴルバトラはどうして……フェルマックたち親衛隊を側に置いているんだ? 正直、ぜんぜん役に立ってないんじゃないか?」


親衛隊が置かれるようになった理由は確か、帝国軍の参謀司令官による命令だったはずだが……それでも戦争のキーマンとなる勇者たっての願いとあれば、フェルマックたちを排することもできるはずだ。


「……ふむ、そうだな。これは……テツトには話しておいた方がいいのかもしれない。貴君もまた私と同じ、精霊に選ばれし者となったようだからな」


「精霊に選ばれし者……どういうことだ?」


「それは──こういうことだよ」


ヴルバトラが人差し指を立てると、そこがボンヤリと小さく光った。集っているのは光の粒子。それは、マヌゥが放つ輝きと同質の光だった。


「まさか、ヴルバトラも……!」


「そうだ。私も精霊と【契約】をして、その力を行使できる者だということだよ。そして、それが親衛隊を必要としてしまう理由でもある……」


「理由?」


「私が契約しているのは【退魔の精霊】ともう1体──【蠱惑こわくの精霊】なんだ。特性として男性の……その、【精気】を吸い取って力を増すことができる」


「精気、って……まさかっ?」


精気を集めるために、親衛隊たちの男たちと毎夜アレコレを……!?


「待て、テツト! 何を想像しているっ!? 断じて私はみだらな行いはしていない! 純潔そのものだ!」


「あ、そ、そうなの?」


「そうなんだっ!!!」


ヴルバトラが、頬を赤く染めて必死に言う。


「私だって不本意なのだ……だがどうやら私の体は、その……男性に好まれやすいようでな。14を過ぎた頃、蠱惑の精霊に見込まれたんだ」


……まあ、不思議じゃない。


ヴルバトラは自分の体つきがどうこうと考えているようだが、それだけじゃない。めちゃくちゃ美少女なのだ。それに性格も良いし、男勝りな面もありカッコイイ。


「力を欲していた私は、蠱惑の精霊と契約を交わした。精霊は私へと内在して周りの男たちから向けられる性的な視線と感情を光の粒子──【生命エネルギー】に変換して蓄える……そして私は自らの【血液】を対価にその生命エネルギーを使用する権利を得られるのだ」


「つまり……親衛隊を側に置いているのは、日常的に男たちから性的な視線を得るため、ってことか」


「くっ……どうかそんな風にまとめるのはやめてくれ……それではまるで私が痴女みたいではないか……っ!」


「ご、ごめん……」


どうやら本当に不本意らしいな……ヴルバトラは今まで見たことのない苦悶の表情で、めちゃくちゃ歯を食いしばってる。


「というかテツト! 私にだけこんなに喋らせてズルいぞっ!」


「えぇっ!?」


「私だって貴君に訊きたいことがたくさんある。いつの間にか精霊と契約しているなんて……戦争が一段落してからまだ2カ月弱といったところだろう、その短期間でいったいなにがあったというのだっ?」


「えーっと、その……話せば長いような、短いような……」


まあ確かに、一方的にヴルバトラの話だけ聞いてこちらの話をしないというのも良くないだろう。


──というわけで、俺は事の経緯(マヌゥとの夜のアレコレも込み)を子細に説明した。

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