逸脱者たち 後編(3 / 5)
俺とロジャが剣を交わして30分、いや1時間は経ったろうか。フェデラ高原の真上の空に輝く日の照りつきは熱いまでになっていた。シバとジャンヌは後ろの方で暑そうにパタパタと手
「──はぁっ、はぁっ……」
さすがに、ロジャの息は荒い。それも当然だ。俺はこれまでロジャが編み出したらしい、100を越える剣技を受け止めてきたのだから。その全てが、恐らくはこの世界の9割9分9厘の戦士に対して一撃必殺となるレベルのものだった。
……やっぱりロジャはセンスの塊だ。体力が無限に続くとしたら、おそらくたったひとりでこの帝国を落としてしまえるだろうな……。
そんな風に冷静に考えることのできる俺の方は、対照的にまだまだ余力があった。
……というより、いくら体力を消耗してもすぐに活力が戻ってくるんだよな。
さながら充電器に繋がれたまま動いているパソコンのように、いつまでだって動けそうなほどである。これもきっとマヌゥの力の恩恵だ。
「ロジャ、そろそろ終わるか……?」
俺の問いに、ロジャはフルフルと首を横に振った。
「シショー、もうひとつ……もうひとつだけ、見てほしい……カモシレナイ……」
「ん? ああ、いいぞ。いくらでも付き合うさ」
「……うん!」キラキラッ!
ロジャの目が嬉しそうに輝いた。ロジャは普段は無口で無表情だけど、でもぜんぜん無感情ってわけじゃない。むしろ、目は口ほどに語るというか……俺はロジャの瞳を見ればだいたい何を考えてるのか分かるくらいに、如実にロジャの思考を映している。
「……初めて出す技だから、上手くできない、かも……」
「そうか。でも別に失敗したっていいさ。やりたいことは全部やっておきなさい」
「……んっ!」
ロジャはとても嬉しそうに大きく頷いた。
……今のは俺、なかなかに師匠っぽい受け答えだったんじゃないか? なんかちょっと自分に満足だ。さて、どんな技が来るのやら。
「──ハァッ!」
ロジャが大剣を振るった。風が巻き起こる。ロジャから立ち上る魔力が風にのり、高原に凄まじい剣圧が吹きすさび始める……。
「……あれれ?」
俺はこの期に及んで、弟子の力を見誤っていたらしい。
──結論から言うと、俺たちみんな、間一髪のところで死にそうになった。
* * *
大陸の北の果てにそびえる魔王の居城にて。
その日、魔王軍総司令官を務める最重要幹部の魔族の元に一報が届いた。
【帝国内で魔力波警戒レベル超級の要注意指定人物発生の
「……おい! これはどういうことだっ!?」
「ちょ、調査中ですッ! ですが、検知係の術師たちの何人もが確認しています!」
こわばった顔のその総司令官の問いに、その報せを持ってきた魔王軍魔力偵察部隊隊長もまた、焦るように言葉を重ねる。
「
「魔力災害ならば突発的にではなく、持続的な魔力の上振れの維持が観測されるから……今回のソレは要注意指定人物が発生したことによるもの、ということか?」
「ええ、その通りでございます。しかも【魔力波警戒レベル超級】なのです……!」
魔王軍では、帝国やそのほかの国で強力な敵になりそうな人間を【魔力波警戒レベル】という概念で段階分けしていた。
1段階目、警戒レベル小級。魔王軍幹部と同格か少し劣る程度の実力で、戦略的対応が必要な敵。帝国においてはクロガネイバラに所属する
2段階目、警戒レベル中級。魔王軍幹部を上回るが、魔王軍最高幹部たちよりも劣る実力で、特別の戦略的対応が必須な敵。帝国においては山深くに潜伏していると思われる【この世全てのエルフを束ねる者】、ジルアラドのみが当てはまる。
3段階目、警戒レベル上級。魔王軍最高幹部たちと同格。魔王軍全軍での戦略的対応が必要な敵。帝国に該当者は居ない。
そして4段階目、警戒レベル超級。魔王に届き得る存在。魔王軍全軍を使い潰してでも対処が必要な敵。この世に該当者は居ない──居ないハズだった。
「帝国内で、慎重を期するべき人類は居たか?」
「いえ……40年ほど前までなら上級の
「だろうな、俺にもまったく心当たりが無い」
ふたりはしばらく黙り込んで考えていたが、思い当たるフシなどどこにもない。
「十中八九、観測間違いではあろう。だが万が一、新たな要注意指定人物が生まれたとすればそれは我々魔王軍にとって障害になりうるものだ。今後の対帝国戦線の考慮すべき課題として、作戦本部に報せておこう──」
──それがロジャという、今後魔王にとっての最重要攻略課題になる人物の力の片鱗に過ぎないことを魔王軍が知るのは、もう少し先のことだった──。
* * *
「はぁっ、はぁっ……!」
「……シショー、だいじょうぶ?」
「なっ、なんとかっ!」
本当に、命からがらだった。未だに俺の心臓はバクバクと音を立てている。戦いの舞台となった高原には【その攻撃】が通った後がくっきりと、半径数百メートル規模のクレーターとなって残っている。
〔ごっ、ご主人~~~! 無事ッ!?!?!?〕
「テツト様ぁ~~~!」
フェンリル姿になったシバと、その背に乗ったジャンヌが風のような速さで戻ってきた。どうやらふたり共ちゃんと遠くまで逃げていてくれたらしい。
「俺は無事だよ、なんとかね……」
……正直、本当に死ぬかと思った。マヌゥの力を最大限に発揮してもらってなんとかくぐり抜けられたが、それでも気を抜いていたら今ごろこの世に跡形も残さない結果となっていただろう。
「ロジャ、大変言いにくいんだが……この技は封印しろ」
「……ッ!」ガーン!
「本当に自分が危なくなって、周りに仲間が居ないって状況だったら使ってもいいがな……マジで危険だから。たぶんこの世にこの技をまともに受けられるヤツなんていないから。ヴルバトラだって無理だよ、絶対」
「……ん」ションボリ
肩を落とすロジャの頭をヨシヨシと撫でる。
「でもすごいな。こんな人間離れした技まで使えるようになってるなんて……ロジャは本当にすごい。俺は師匠として鼻が高いよ、ロジャ」
「……~~~ッ!」キラキラッ
その瞳を嬉しそうに輝かせて、ロジャは俺の胴体にむぎゅっと抱き着いてきた。フンスフンスと、俺の胸に当たる鼻息はちょっと荒い。たぶん、尻尾があればブンブン振り回してるくらいには喜んでいるみたいだ。
「ヨシヨシ。がんばったなぁ、ロジャ」
「……~~~っ!!!」ムギュゥ
「ロジャ……」
再会をここまで嬉しがってくれると、師匠としては本当に感無量だ。純粋に感動する。純粋に感動はするんだけども……それにしても、めっちゃ俺のお腹にロジャの大きなおっぱいが当たってる。感動の再会だけれども、非常にやましい雑念が頭に湧いてくる。本当に成長したなぁ。昔はぺったんこだったのに。
『……あのぉ、テツトさん? いろいろと感じ入っていらっしゃるところ申し訳ないのですがぁ、そのぉ……そろそろ当初の目的を果たした方がよいのではぁ……?』
「あっ、そうだ、そうだった!」
危うく忘れかけてしまっていたが、そうだ。頭の中のマヌゥの声で思い出す。俺たちの目的はもうひとつあったのだった。
「ロジャ、あのさ……ヴルバトラはどこなんだ?」
グイッと、未だにくっついて離れないロジャをちょっと無理やり引きはがして問う。
「実はロジャがヴルバトラを連れ去ったって、結構な問題になっててさ……。ロジャといっしょに居るんだろ?」
「……」コクリ
ロジャはまだ抱き着きたがっていた様子ではあったが、俺の手を引いて森の方へと歩き始めた。
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