チェスボード 前編(1 / 10)


1カ月ぶりに俺たちは帝国、その最北端の街であるオグロームまで帰ってきた。


「テツト~~~!」


懐かしい声が聞こえる。砦の門が開き、その内側から俺たちに大きく手を振るっていたのは勇者ヴルバトラだった。


「ただいま、ヴルバトラ」


「おかえり、テツト。国外での活動お疲れ様」


ヴルバトラがさっそく俺の背負う荷物を持ってくれようと手を伸ばしてくる。いや、さすがに女の子に荷物を持たせるのはと遠慮したのだが、いやいや持たせてくれと引き下がらないヴルバトラに最終的に取り上げられてしまう。


シバたち他のみんなの荷物については砦に詰めていた衛兵たちが運んでくれているようだ。俺のもそうしてもらえばいいのでは……と言ったのだが、


「いいから。テツトのは私が持つんだ」


10キロにはなるだろう俺の荷物を片手で軽々と持ち上げたヴルバトラは満足げだ。


「さて、手紙で貰った活動報告に関しては全て情報部へと伝えてある。みんなテツトたち【イッキトウセン】の活躍に目を丸くしているよ」


「そっか。それならよかった。自分たちのことながら、結構頑張ったなーとは思ってたんだ」


「ふふ、そうだな」


ちょっとふざけて大げさに胸を張って見せた俺に、ヴルバトラは柔らかに微笑んだ。


「テツトたちのおかげで獣王国を始めとする使者も続々と帝国にやってきているよ。それで、今日は護衛を兼ねてルール法国の使者を連れてきてくれたんだったな?」


「ああ、あちらに居るよ」


俺が振り返った先、白を基調とした礼服に身を包んだ2人の男女がうやうやしく頭を下げていた。ヴルバトラもまた使者に礼をし、改めて俺の横に並ぶ。


「魔王軍が世界に跋扈ばっこし始めたこの10年でここまで同盟関係を拡げられたのは帝国にとって初めてのことだ。テツトの功績は並々ならん」


「キッカケを作れたのは誇らしいけど、条約の締結はヴルバトラや帝国内の文官たちの功績だろ? 丸々俺の功績ってわけじゃない」


「キッカケを作るのが一番難しいんだよ、テツト。私は貴君という友を持てて誇らしい」


「……それは、うん。どうも」


……目を真っすぐに見つめてそんなことを言われてしまうと、さすがに照れる。


俺たちはそのまま互いの近況を報告し合いつつオグロームの街を歩く。ついこの間まで魔王軍幹部ワーモング・デュラハンに支配されていたこの街だが、どうやら街としての機能は順調に回復しつつあるらしい。兵士以外の人々もチラホラと見かけるし、馬車も通り始めていた。


「……ところでテツト。その、例の供給の話なのだが……」


ボソリ。ヴルバトラが少し顔を赤らめながら俺に耳打ちしてきた。


……供給?


「えっと、なんだっけ……?」


「なっ……! や、約束していただろうっ? 『足りなくなったらまたいつでも』って!」


「──あっ」


例のって……生命エネルギーのことか! それを供給ってことは、つまり……


「また【アレ】をすればいいんだよな……?」


「あ、ああ。申し訳ないが……」


「いや、謝られることなんて何も。俺としてはむしろありがとうございますって感じなんだけど」


「ばっ……ばか……変なことを言うな……」


ヴルバトラが恥ずかしがりながら軽く小突いて、再び耳元に口を寄せてくる。


「……今夜でもいいだろうか?」


「もちろん。えっと、どこでにしよう……?」


「宮廷の私の部屋への出入りは人目につく。だからその、オグロームの裏にまだ再開していない宿屋があるから、そこで──」


そんな風に、俺たちが真夜中の逢瀬の段取りを決めていたところに、




「──冒険者テツト! 貴様はまた、ヴルバトラ様とッ!!!」




響いたのはどこか懐かしいとさえ思える声……ヴルバトラ親衛隊隊長のフェルマックが砦の方から、ガチャガチャと身に着ける鎧を揺らしながら走ってやってきた。


「お、久しぶりだな」


「気安く応じるなッ!」


「その後の体調はどうだ?」


「くっ……!」


俺の問いに、フェルマックが悔しそうに息をのんだ。


……別に他意は無いんだけども。1か月前のオグローム奪還作戦の直後は精神的に参っていそうだったから聞いただけで。


どうやらその作戦で一度死んでジャンヌの【聖女の回復セイントヒール】で復活させてもらったことに、フェルマックは煮え湯でも飲まされた気分なようだ。


「一度死ぬっていう壮絶な体験をしたわけだし、多少ふさぎ込むのも仕方ないと思うぞ?」


「うるさいッ! 私はふさぎ込んでなどいない! そしてさっさとヴルバトラ様から離れろ平民!」


フェルマックはそう怒鳴るやいなや、俺とヴルバトラとの間に入ってくる。


「冒険者テツト、貴様の活躍は確かに耳に入っている……だがな! だからといって分を弁えぬ振る舞いが許されるわけではない!」


「分を弁えぬ振る舞い……?」


「貴様は平民、そしてヴルバトラ様や私は貴族! その間には決して越えられぬ壁があるということだ。親衛隊の目を盗んでヴルバトラ様の懐の深さに甘えようとするのはよしてもらおうか」


フェルマックが俺の肩を押しやって、ヴルバトラの手を引こうとする。が、それは軽く払われた。


「フェルマック……貴様はいまさらな事ばかり並べ立てて、いったい何だというのだ」


「ヴ、ヴルバトラ様……?」


「だいいち何が親衛隊だ。貴様らはこの1か月間、私が帝国内を巡っている間にも何もしていないではないか」


「そ、それは……親衛隊の鋭気の回復に努めておりまして……! ですが、本日より完全復帰とさせていただきたい心積もりでございますゆえ──」


「別に要らん。今は……テツトがいるからな」


チラリとヴルバトラがこちらに目配せしたのに応じると、ヴルバトラは歳相応な柔らかさで俺に微笑んだ。


「~~~ッ!!! ヴルバトラ様! なりませんぞッ!!!」


フェルマックが叫ぶ。


「貴女様が背負っているのは決して自らの立場だけではないのですよっ? 我々は貴族! いいですか、貴女はヴルバトラ・トーカー様であられます! 由緒正しきトーカー家のご息女! その振る舞いひとつがトーカー家ご当主の評価にもなるのです!」


「ほう? そうなのかね?」


「そうですとも! 当たり前のこと──え?」


返事は、フェルマックの背後──威厳漂う筋肉質な男から聞こえていた。その豊かな口髭がニヤリとした口角に合わせて持ち上がり、その視線がヴルバトラへと向けられた。


──ヴルバトラの表情が輝いた。


「お父様! お久しゅうございますっ!」


「──はへ? お、【お父さま】……?」


一方のフェルマックはポカンと口を開けていた。そしてしばらくその男とヴルバトラの間、視線を交互に向けて、


「えぇッ!?!?!? トーカー伯爵ぅぅぅっ!?」


フェルマックのその目は飛び出さんばかりにまん丸に見開いていた。

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