魔王軍との戦い 嵐の5年間(1 / 2)
魔王軍との戦争のため、帝国から徴兵を受けたのは、俺がこの異世界に転生してから5年目、21歳の時のことだった。
「冒険者テツト……Aランクだな。貴様には遊撃を任せることになっている」
「ん、あれ? 一般兵じゃないのか?」
「一般兵だ。しかしながら冒険者は兵科の定まらないことが多いからな。隊には属さない」
「……それはつまり、自由に動いていいってことか?」
「ああ。軍から細々とした指示が飛ぶことは無い。やるべきことはただひとつ、迫り来る魔王軍を殲滅するというそれだけだ」
「なるほど。了解」
どうやら戦場に来てもなお、俺は1人での行動になるらしい。俺は戦地となる帝国最北端の地の、東方戦線への配置となった。兵士たちがひしめく間にチラホラと、AランクやBランク級の冒険者や冒険者チームの姿が見受けられた。戦争前だからか、恐れや興奮が入り混じった会話があちこちから聞こえる。
「聞いたかっ? モンスター1匹殺すごとに報酬があるそうだぜ!」
「太っ腹じゃねーか! それならどんどん来いってんだ。ぜんぶオレのエモノだぜ!」
「西方戦線ではあの帝国最強Sランク冒険者チームの【クロガネイバラ】だけに任されている防衛地点があるらしいぞ」
「かぁー! ズルい奴らだ、モンスターを狩りまくって荒稼ぎする気だぜ!?」
報酬ねぇ。そんな話は確かに聞いている。徴兵に乗じて一攫千金を狙う冒険者たちもいるのだろう。どういう理由であれ士気が高いのはいいことだが……まあいいか。水は差さないでおこう。
──そんなこんなで俺は前線となる広大な平野へと来た。野営の準備を終えて、夜。
「さて、諸君。明日には魔王軍の先陣が命知らずにもこの戦線に踏み入ってくるだろう。我々は帝国の威信を懸け、断固たる信念でもってその軍勢を叩き潰す!」
俺の所属する東方戦線の歴戦の司令官による力強い演説が始まった。司令官は必ず勝てると俺たちを鼓舞し、それに応えるように兵士たちが湧き上がる。
「者ども、勇猛果敢に突撃するがいい! 西方戦線には高名なSランク冒険者チームのクロガネイバラたちが、この東方戦線には名将の誉れを欲しいがままにしたこのオレが、そして中央戦線には個として帝国最強の【勇者ヴルバトラ嬢】が、お前たちの背中を必ずや守るだろう!」
「「「ウオオオオオッ!」」」
「帝国軍は世界最強である! ゆえに、魔王軍などひと捻りである!」
「「「ワアアアアアッ!」」」
……うへぇ、大音量の声に鼓膜が痛てぇ。正直、俺にはついていき難いノリだ。みんな本当に帝国軍が勝てると信じて疑っていないようだけど……俺だけは、その先行きが暗いものだと知っている。以前女神がほのめかしていたからな。相当な死線が待っているのだろうということは。
「……とはいえ、魔王を倒すのが転生の条件なわけだし、逃げるわけにもいかんのが歯痒いなぁ」
まあ、逃げたところで滅びの日がちょいと延びるだけなんだろうし。腹をくくるしかない。
「者ども! 我らが愛すべき帝国のために、その命を捧げよ!」
「「「帝国バンザーイッ!!!」」」
東方戦線司令官のその声に、兵士たちはそれぞれ吠え猛った。魔王軍を1匹残らず駆逐してやると息巻いた。
──そして翌日。戦場の平野に響くのは帝国軍の、打って変わっての阿鼻叫喚。誰も彼もが絶望に喘ぎながら逃げ回る地獄の光景が戦地に広がった。
「嫌だァァァっ! 死にたくない、誰か助けてくれっ!!!」
「モンスターってレベルじゃねーぞっ! なんでハイ・オークが上級装備で武装してんだァッ!?」
「終わりだ……この戦線だけで何万、いや、何十万のモンスターが居る……!?」
帝国軍は開戦直後から、大地を埋め尽くすほどの魔王軍のモンスターたちの強行に押されるがままだった。それはまるでダンプカーが通るがごとく、魔王軍が通った後にはミンチ状になった元兵士たちの肉だけが残った。
「司令はまだか! 撤退の指示はっ!?」
「司令官ならさっき死んだッ! 部隊もほとんどが壊滅状態! みんなパニックだ!」
「もうダメだっ……! このままみんな、みんな死ぬんだ……!」
開戦からたったの1時間で東方戦線の心は折れていた。
名将であったはずの司令官は死に、最強の帝国軍という幻想も砕け散り、一攫千金や武功といった夢も消えた。死を待つばかりのその戦場でメンタルブレイクしない者などどこにもいなかった。
さしもの俺も、この想像を越えてくる圧倒的な魔王軍の侵略には絶望し、膝を着くしかなかった。メンブレだ。はぁ、辛い。死んじゃうよぉ…………はいっ。落ち込み終了。
メンタル回復、完了っ!
「絶望してたってしょうがねぇー! おりゃあッ!」
押し寄せるオークやゴブリンたちの首をひと息に刎ねる。個人の力で冒険者ランクAにまで上り詰めた今の俺に、その程度の芸は容易い。
「とはいえっ、このままひとりで数万規模のモンスターを相手にするなんざ……ムリだっ!」
打開策を見つけなければ……! そこにちょうど主を喪って戦場を駆け回る馬を見つけたので、捕まえてその背に飛び乗った。そして数段階高くなった視点で遠くを見渡す。この絶望をひっくり返すには、俺ひとりの努力だけじゃ無理だ。
「……いた! 見つけた!」
俺の視線の先にいたのは、勇者だ。もちろん、数キロ先の中央戦線にいるその姿が目視できるわけじゃない。しかし勇者がいるのだろうその場所だけが、未だモンスターたちの侵攻から戦線を守っていた。
「帝国軍の兵士のみんなッ! 西へッ!」
俺は馬を走らせて、戦場を駆け回りながら「西へ! 西へ向かえ!」と叫びまくる。
まあ分かってはいたけど、みんな絶望に打ちひしがれている。目の前に迫るリアルな自らの死に、背を向けて逃げ出す奴、足がすくんで動けない奴がほとんどだ。
……こんな時、兵士たちの心に響く言葉はなんだろう。『頑張れ』とか『諦めるな』とかか? いや、違う。
「勇者の元へ行けば、生きられるッ!!!」
俺はそう叫んだ。
「西へ向かえば死なないで済む! 勇者の元へ行けば生きられる!」
俺が煽ったのは【生への執着】だ。
「──勇者……そうだ、オレたちには勇者がいる」
帝国兵たちの瞳に、わずかに希望が宿ったのを俺は見逃さない。
「みんなッ! 叫べ! 『西へ! 勇者の元へ! 生きるために!』」
「「「……西へ! 勇者の元へ! 生きるために!」」」
「繰り返し叫べ! 西へ! 勇者の元へ! 生きるために!」
「「「西へ! 勇者の元へ! 生きるために!」」」
「よぉし、俺に続けぇぇぇッ! 魔王軍を突っ切るぞぉぉぉッ!」
「「「うぉぉぉおっ! 西へ! 勇者の元へ! 生きるために!」」」
兵士たちが叫ぶたび、その声は大きくなっていく。パニックに陥っていた兵士、逃げ出していた兵士、立ちすくんでいた兵士たちを巻き込んでいく。みんな、生きるために必死で俺たちの後をついてくる。
……それでいい。カッコイイ理由なんてなくていい。ただ死にたくない、その一心だけで、俺たちは団結できるのだ。
「「「西へ! 勇者の元へ! 生きるために!」」」
「おりゃあああっ!」
モンスターの大軍の中を突き進む数キロの行軍はとても苦しいものだった。しかし、かき集められた生き残りの帝国兵たちで作られた突撃陣形は、多くの犠牲を出しながらもとうとう勇者の元へとたどり着いた。
──そしてそれは、ものすごいベストタイミングだった。
勇者ひとりだけの力では守り切れず、モンスターに囲まれて崩壊寸前の中央戦線に俺たちが駆けつける形になったのだ。
「うりゃあああッ!」
俺は馬から飛び降りて、苦しげな表情でひとり剣を振るう美少女へと迫るモンスターたちを切り刻み、その隣へと着地した。
「きっ、貴君はっ!?」
「勇者ヴルバトラ嬢! 俺たちは東方戦線の兵士だ!」
「とてもありがたい! 増援感謝するっ!」
「えっ? 増援?」
「貴君の名はっ!?」
「テ、テツトだけど、増援に来たというよりかは……」
それと同じタイミングで西方戦線からも冒険者風の女戦士たちを筆頭にして、兵士たちが駆けつけていた。
「勇者ヴルバトラ嬢! 我々はクロガネイバラ! 西方戦線の生き残りを連れてきた。助太刀いたす!」
「Sランクの……! 助かる!」
勇者ヴルバトラ嬢が剣を振りかぶって大技を繰り出すと、目の前のモンスターたちがあらかた吹き飛んで、戦場に一瞬の余白が生まれた。
「今のうちだ、聞けっ! 東方戦線司令テツト! 西方戦線司令クロガネイバラ! 我々はこの戦線を放棄して、最終防衛ラインまで撤退をするぞ!」
恐らくは生き残りの兵士たちを1箇所へとかき集めて分厚い防衛陣形を築こうという作戦だろう。悪くないと思う。このまま戦っても全滅するだけだしな。
……ていうか、あれ? 『東方戦線司令テツト』? 司令? 俺が?
しかし、それを問い返すヒマなどどこにもなかった。
──勇者ヴルバトラ嬢、Sランク冒険者チームのクロガネイバラたち、そして俺は、それぞれが率いる兵士たちをひと塊にして撤退戦を繰り広げる。
そして俺が生き残りの東方戦線の兵士たちを率いて、ヘトヘトになりながら最終防衛ラインまで下がった頃には日が暮れて、モンスターたちの侵攻もいったんは収まった。
「酷い戦果だ……」
後から聞くところによれば、開戦初日の帝国軍の被害は推定7万人らしい。総勢20万だった帝国軍は、初日にしてその1/3の戦力を失ったのだ。
そしてこの戦争はただひたすらに帝国側の防衛戦の様相となり、5年もの間続くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます