魔王軍との戦い 嵐の5年間(2 / 2)
開戦から約5年の月日が流れた。俺は26歳になったが、やはり前線に立って戦い続ける毎日だった。
──しかし、それも今日で終わりだ。
「勇者ヴルバトラ嬢がクリムゾン・タイタンを討ち取ったぞーッ!!!」
戦場に帝国兵の声が響き渡る。長い長い戦いを経て、とうとう敵の大将である魔王軍幹部が倒れたのだ。魔王軍の陣形は崩れ、モンスターたちは戦線から散り散りになって逃げていった。
しかし、それは決して完勝などではない。最終的に帝国は40万人の兵士を導入し、結果は死者15万4千人。そして帝国領だった街をひとつ奪われての決着だ。
人や街、財を失い、帝国がこれから苦難の道を歩くことになるだろうということは、誰の目にも明らかだった。
※
ひとつの戦争の区切りとして、叙勲式が執り行われた。俺は帝国の宮廷へと招かれて、軍最高幹部より【
「……でもまあ、それだけだよな」
ぶっちゃけ今回の戦争は敗戦みたいなものだ。財源に余裕もないため、報酬は金銭や領地ではなく、勲章でやり過ごす他ないってことだろう。
「俺は別にいいけどね。いったんは生き延びることができたわけだし」
俺が勲章を胸につけて宮廷から出ると、
「待て、テツト!」
入り口付近で呼び止められた。
「ん? ああ、ヴルバトラか」
振り返った先にいたのは、かつては美少女と呼ばれ、今では美女と呼ばれることが多くなった勇者ヴルバトラ嬢(21)だ。開戦当初は16歳だった彼女も今や立派なレディである。
「……テツト、今なにか変なこと考えていなかったか?」
「えっ、歳のことなんて考えてないよ?」
「考えてるではないかっ!」
スパンっ! と軽く肩を叩かれる。この5年の戦争で勇者ともすっかり仲良くなったものだ。最初はまったくの雲の上の存在って感じがしたものだけど。まあ、それだけの数、共に死線をくぐったということだな。
「で、どうしたんだ?」
「ん? ああ、そうだな。まずは受勲おめでとう。テツトならば確実に貰えるものだとは思っていたよ」
「ありがとう。それと、ヴルバトラもおめでとう。そっちは国を救った英雄にしか贈られないっていう黄金騎士帝国十字章なんだから凄いよな」
勲章の種類はいくつもあるが、取り立てて大きな戦果を挙げた者に贈られる有名なものは黄金、白銀、赤胴の色を冠する3種類の十字勲章だ。今回、その黄金の勲章を授けられたのはヴルバトラとSランク冒険者チーム【クロガネイバラ】のリーダーの2人だけだった。
「ありがとう。やり過ぎだとは思うがな」
ヴルバトラは納得いかなそうな目で宮廷へと視線をやる。
「いくら【次の戦い】に弾みをつけるためとはいえ、まだ一度の勝利もできていない戦争で黄金の勲章など……」
「次の戦い?」
「……ああ、そうだ」
ヴルバトラは近くに人が居ないことを確認しつつ、俺に顔を寄せて耳打ちしてくる。
「ここだけの話にしろ。帝国は今回の戦いで魔王軍に奪われた最北端の街──【オグローム】を奪還するための作戦を計画中なんだ」
「……本気か? 国も兵士も、めちゃくちゃ消耗してるんだぞ?」
「ああ。だからこそ次の作戦は少数精鋭の部隊で臨む。作戦の概要はいたってシンプル。オグロームを支配する魔王軍幹部、【ワーモング・デュラハン】の暗殺だ」
ワーモング・デュラハン。6本の腕を持ち、宙に浮かぶ3つの頭を持つモンスターだ。その剣技はSランク冒険者2人を一瞬で葬るほどのもので、かつ、司令塔となる優秀な頭の1つが常に戦場のモンスターたちを指揮するため、この5年でまったく攻撃の手が及ばなかった相手だ。
「……その作戦は前に一度棄却されたはずだろ? 確か今のヴルバトラじゃ、ワーモング・デュラハンには……」
「勝てない、か。しかし、それは敵味方が入り乱れる戦場でならという話だ。1対1ならば魔王軍幹部ごときに遅れを取るつもりはない」
「だからこその少数精鋭での隠密作戦か。オグロームへと忍び込んで、俺たちが周囲のモンスターたちを足止めしている間にヴルバトラが孤立無援のデュラハンを倒すってことだな?」
ヴルバトラは静かに頷いた。その瞳には絶対の自信と信念が垣間見える。
「テツト、貴君は私が信頼できる数少ない戦友だ。負担をかけることになるが、貴君にもぜひこの作戦に参加してもらいたい」
「ああ、俺の力でよければ。俺も魔王を倒すことが大きな目的のひとつだからな」
「ありがとう。とても助かる」
ヴルバトラとふたり、拳を突き合わせる。そこに、
「──ああ、こちらにいらっしゃいましたか! ヴルバトラ様っ!」
宮廷から出てきてこちらに歩み寄ってくるのは、とても貴族然とした服装に身を包む男と、その後ろについてくる立派な鎧を身に着けた騎士たちだ。
「捜しましたよ、ヴルバトラ様。我々ヴルバトラ様親衛隊は参謀司令官より貴女様をお守りするようにと命を受けているのですよ? それを置いて忽然と消えてしまうのは困ります」
「……ああ、すまないな」
「さあ、今後のことについて総司令がお呼びです。行きましょう」
「わかった」
ヴルバトラは少し億劫そうにしながら返事をした。
「テツト、それではな。またその時に」
「ん。がんばれよ、勇者様」
「ああ、せいぜい気張るとするよ」
ヴルバトラはそう言って宮廷の中へと消えていった。しかし、なんとも窮屈そうだ。ヴルバトラは貴族家の長女であり帝国唯一の勇者でもあり、さらにはとびきりの美形なのだから、みんなから大事がられるのは分かるけど……話してみれば、本人が気さくで自由を好む人間だということが分かる。護衛なんて付けられたって面倒なだけだろうに。
「……ん?」
宮廷の入り口前で、自らを親衛隊だと名乗った貴族風の男だけはヴルバトラの後を追わず、俺の方を見ていた。軽蔑と優越感の含まれた、そんな目で。
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