【閑話】ネオンの復活
──テツトが魔王軍幹部モーフィーを倒し、そして再び帝国を旅立ってから2週間後のこと。
帝都内の広い土地にどっしりと構えられたその建物は帝国軍本部。近日スパイの存在が明らかになったことから、潔白の証明ができる者以外は関係者であろうと完全立ち入り禁止となっているその本部へと、しかしほとんどフリーパスで検問を通る者がいた。
「……フン。復活してそうそう、来る場所がココか」
帝国一の冒険者チーム、クロガネイバラ。その中でも最強の魔術師であるネオンは3色のパステルカラーな髪を揺らして廊下を歩く。
「私はあまり好きじゃないんだがな、ココ」
「そう邪険にしないでください、ネオン殿」
軍服に身を包んだ初老の男性がネオンを迎え出る。その男の名はレイヴン。帝国軍部の情報部に所属する将校だった。その胸に光るバッジはかなり高位のものだ。
「この度はご復活、おめでとうございます」
「ありがとう、レイヴン」
ネオンはその10台前半の少女の見た目からはまるで想像もつかないが、しかしその実200年近くも生きている。80年前のエルフとの戦争の際に活躍したこともあり帝国軍との付き合いも長く、古い知り合いも多かった。
「にしてもなんだ、レイヴン。とうとう将校にまで上り詰めたのか」
「この歳にもなってまだ叩き上げられてしまいましてな。未来を担う若手に道を譲りたかったのですが……」
「クロットか。彼は残念だったな。ドッペルゲンガーに成り代わられるとは」
「ええ、本当に」
レイヴンは悔しそうに目をつむった。クロット……優秀な情報部佐官の男だったが、独り身であったことが災いし、第二魔王国チェスボードからのスパイであるドッペルゲンガーに目をつけられ殺害された。なお、ドッペルゲンガーは冒険者チーム【イッキトウセン】に所属するロジャ、マヌゥの両名によって捕らえられており、この本部地下室で依然として取り調べが続いているところだ。
「ただ、彼の死は残念ですが、軍務に携わる者として一憂に浸る暇はありません」
「そうか……立派なことだな。まったく、時の流れは早いものだな。前線指揮で泣き言ばかり言っていたヒヨっ子が、ずいぶんと成長したものだ」
「はは、何十年も昔の話です。どうかお忘れに」
「私にとってはつい最近のことのような気がするよ……さて、用件に入ろうか」
「部屋を取っておりますので、ご案内します」
ネオンはとある一室へと案内される。窓はなく、分厚い壁に四方を覆われる機密性の高い部屋だった。
「では、ネオン殿。傷も癒えて浅い内に申し訳ないのですが……」
「ああ、【ジルアラド】のことだろう?」
そう、ネオンが今日帝国軍本部に呼び出された理由……それは1カ月と少し前にクロガネイバラを襲撃し、そのまま行方知れずとなっている
「はい。我々帝国軍では今もその足跡を追っているところです。しかし、影も形も掴むことができず……そこで、あのバケモノと最後まで相対したネオン殿に何か手がかりが無いか、と」
「……」
ネオンは腕を組む。
──実のところ、ネオンの中に手がかりどころか、答えが有った。
『【ジャンヌ】というエルフの聖女と、【冒険者テツト】とかいう
ジルアラドは確かにネオンへそう訊いた。そして、ジャンヌを奪還した後はこの帝国を再び攻めよう、とも。
……しかし、依然としてテツトもジャンヌも無事である。それどころかネオンが不在の間にクロガネイバラの訓練に付き合ってくれ、魔王軍幹部を屠る大立ち回りを演じたとさえ聞いている。
そこから導き出される結論はひとつ──
「──クククッ。本当に早いものだ。時の流れ、そして人の成長というものは。つい先日まで庇護すべき対象だった者が、明日には国の未来を担う者となる」
「……ネオン殿?」
「なんでもない。私に言えることはただひとつ──私は何も知らなかった、手がかりはなかった、そういうことにしておけ」
「はっ……は?」
「ジルアラドへの警戒は引き続き緩めなくていい。魔王軍のヤツらには、いまだ帝国が魔王軍とジルアラドの二正面に怯えていると誤認させておくんだ。ただ、ヴルバトラはジルアラド調査の任から外して、魔王軍との戦いに備えその牙を研がせてやれ」
ネオンはすでに確信していた。
──ジルアラドは死んだのだ、と。
復活を果たし3日、ネオンはジルアラドに支配されていない帝国の現状に胸を撫でおろしつつ、自らの不在時の情報を集めて回った。特に、城塞都市イースへと向かったハズのジルアラドの足跡を徹底的に。
その街では、80年前の人類とエルフの戦いでジルアラドが仕向けてきたのと同じ、【魔術の効かないゴーレム】が多数出現したのだとか。
……間違いなく、ジルアラドはイースへと攻撃を仕掛けたのだ。しかし、退けられた。誰に……? そんなの、決まっている。
「……テツトめ。生意気なヤツ。私の200年の研鑽を軽々と飛び越えやがって」
「? テツト殿が、なにか?」
「ん? いや……そうだな、あとは魔王軍幹部をテツトが単独で倒してみせたという事実はあまり公に広めるな。オグローム奪還のときは主にヴルバトラに話題が集中したんだったな? 今度はクロガネイバラを矢面にさせておけ」
「……テツト殿の活躍を隠匿せよと? 魔王軍に対してのひとつの切り札とするため……だけではありませんね? まさか、ジルアラドは……」
「お前の考えは当たっているだろう。だが追及するな。国内の緊張感は適度に保たせておく方がいい。それに他にもスパイがいないとも限らんからな」
きっぱりとした言葉にレイヴンは息を飲んだ。
「そう気負うな。実際、スパイが居ようと居まいとどちらでもいいのさ。仲間にも真実を知る者がいないのであれば、な」
「……敵を騙すにはまず味方を、ですか」
「ははっ、まあそんなところだ」
ネオンは話は済んだとばかりに立ち上がる。
「まあ、案ずるな。新時代はきた。帝国の夜明けは近い」
「は、はぁ……」
「じゃ、私は作戦の準備があるんでな」
ネオンはそう言うと、早々に部屋を後にした。
* * *
「おかえり、ネオン」
帝国軍本部の前でネオンを待っていたのはクロガネイバラの面々。ベルーナ、ナーベ、そしてマリアだった。
「なんだ、揃いも揃って」
「なんだじゃないわよ、第二魔王国チェスボード攻略作戦よ。私たちで軍の先陣を切るってことになってたじゃない」
「それは分かってるが、宿で待ってればよかっただろ?」
「だって、少しでも早く行きたいじゃない」
ベルーナは笑みを浮かべる。
「テツトくんが領主モーフィーを倒して作ってくれた最大のチャンスよ。これを活かさない手はないわ」
「そうだな……だが、大丈夫か? 領主が不在とはいえ、相手は広大な大地を持つチェスボード。きっと敵の中にはまだ
「大丈夫よ」
間髪入れずにベルーナはそう答えた。ナーベもマリアも頷いた。
「どんな敵が相手だろうと私たちクロガネイバラが挫けることはないわ。やってやりましょう、私たち4人で」
「……そうか」
3人の不動の覚悟に、ネオンは口元を緩める。
「……成長したのはお前たちもか。まったく、テツトには感謝してもしきれんな。ヤツが帰ってきたときにしてやる礼を何か考えておくか」
ネオンは思案を巡らせた。テツトは何が好きだったろう? ひたすら戦ってるイメージしかない。剣か、それとも防具だろうか?
「ところでベルーナ、お前たちはちゃんとテツトに礼はしたんだろうな?」
「……えっ!?」
「『えっ!?』じゃないだろ。散々世話になったんだから、然るべき礼のひとつやふたつあって当然じゃないか」
何故だか顔を真っ赤にするベルーナと、その後ろでニヤニヤとするナーベとマリア。
……いったい何だというのだろう?
「お礼なら誠心誠意いたしましたよね、リーダー?」
「そうだな。我々で尽くしに尽くして
「……マリア! ナーベ! 言っちゃダメだから!!!」
慌てた様子のベルーナをからかうようなふたり。そんな様子を眺めてネオンは首を傾げる。
「なんだ? つまり礼は済んでいるのか」
「えっ、えっと、それは……」
「なら教えてくれ。何をしたら喜んでくれたんだ? 私もソレをしてやることにしよう」
「ネ、ネオンっ?! それは──」
──その後ネオンもまた、何だかんだでナーベとマリアたちの口八丁に丸め込まれテツトの前に放り出されることになるのだが、それはまだ先の別の話である。
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お読みいただきありがとうございました。
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