魔王軍の苦難と希望

大陸の北の果てのどこかにそびえる魔王城、その会議室にて。




「──それでは、魔王軍本部臨時会議を行う」


進行役を務める魔族の男のひと言で、各戦線から集まった魔王軍幹部・幹部補佐たちによる臨時会議が始まった。しかし、その席はチラホラと空きがある。


「ちょっとちょっと、どういうことよ?」


開始早々、精霊の森の戦線を取り仕切る女幹部が声を上げる。


「この前に招集を受けてからまだ1カ月よっ? こちとら手が足りない中での戦争の真っ最中なんだから、こう何度も呼び出されてちゃたまったもんじゃないわ!」


「ああ……諸君には何度も足労をかけすまないと思っている」


「そう思うならせめてしっかり全員集めなさいよ。見なさいこのスカスカの会議室を。幹部の半分も欠席してるじゃない。これじゃ律儀に招集に応じた私たちがバカみたいだわ」


他の幹部たちも賛同するように、進行役へと睨みを利かせる。しかし、進行役は集まるその視線に重たいため息で返した。


「その空いてる席は欠席者のものではない……戦死者のものだ」


「え……戦死者?」


「獣王国担当の幹部メイス・ガーキー、ドドスコスコ小皇国担当の幹部スコラ・ブチューニュ、ジャスティス共和国担当の幹部アークマ・ルダーシ、そしてルール法国担当のふたりの幹部、アウ・トローとバンデッド……全員すでに殺られているのだよ」


「なっ……!?」


進行役以外の幹部たちは全員息を飲んで互いの顔を見合わせた。進行役の男は、痛むのか、胃の辺りを押さえながら言葉を続ける。


「それはつまり、諸君に集まってもらった帝国領オグローム陥落の際の会議の後、立て続けにそれだけの国の戦線が打ち破られてしまったということでもある……」


「いったいなんで──まさか……!」


「ああ。前回諸君らに伝えたあの大剣を持つ女剣士──【災害人形マドネス・オートマタ】、並びに神獣フェンリルとその主の女エルフによる被害だと思われる」


「そんな……我ら魔王軍が、たったの1カ月で4度も敗北したというの……!」


女幹部は怒りにまかせて机を殴りつける。


「ちょっと、作戦本部は何をやってるの!? 前回聞いた時は魔力偵察部隊で災害人形を監視して、突破口となる作戦を立案するハズだったでしょっ!?」


「ああ、その通りだ。偵察隊はこの1カ月、ずっと働いていたさ」


「それで何の成果もなし? ちょっと、偵察隊隊長のエルデンを呼んできなさいよ! 結果を出せなくて【魔王軍元帥議会】のお歴々に責められるのは現場の私たちなのよ……!?」


「魔力偵察隊隊長エルデンは──死んだよ」


「……は?」


再び、女幹部は間抜けな顔で口をポカンと開けた。


「死……? え? なんで? エルデンは……観察に徹してたんじゃないの……?」


「ああ。そのはずだ。だがな、災害人形が獣王国の次に向かったドドスコスコ小皇国……そこから100キロ離れた観測地点に、エルデンを始め観測部隊全員の死体が転がっていた。全員が鋭いひとつの斬撃で、首を刎ねられていたそうだ」


「そんな距離、いったいどうやって……」


「不明だ。しかし……災害人形なら、やってのけて不思議ではないことは確かだ」


進行役の男は相当胃が痛むのか、少し前屈みになって椅子の背を掴みながら、苦しそうに言葉を続けた。


「その後もジャスティス共和国、そしてルール法国に偵察部隊を派遣したが、いずれも観測地点から帰って来た者はいない……。なあ諸君、この意味が分かるか……?」


「……災害人形は、私たちがヤツに狙いを絞っていることに、すでに気が付いているということね……?」


女幹部のその答えに、進行役は頷いた。


「そうだ。災害人形は武力だけじゃない、頭も回るということだ……ゆえに、我々はより慎重に行動をしなければならない。作戦実行に時間がかかっている事情をどうか理解してもらいたい」


「……それは分かったわ。でも、どうするのよ? 偵察部隊がことごとく観察に失敗している災害人形を倒す作戦なんて、いったい何があるっていうの……?」


「それについては我々にも希望がある」


進行役はそこで資料を配った。【機密情報】と書かれた数ページに及ぶものだった。


「これはなに……?」


「生前、エルデンが立案した災害人形打倒作戦の草案を実現レベルにまで落とし込んだものだ。この作戦が上手く運べば……災害人形は討ち取れる。少し目を通してくれ」


「……なるほど、舞台は【第二魔王国チェスボード】なのね? ということは──」


進行役、幹部たちの視線がひとりの元へと集まった。それは、いかにも高価そうなタキシードを身にまとった金髪ブロンドの長髪男。第二魔王国チェスボードを支配する真祖・吸血鬼ヴァンパイア・ロード──モーフィー。


「ハハハ、みんなそんな熱烈に見つめないでくれよ」


モーフィーは前髪をかき上げてウインクをする。


「作戦の準備は着実に進めているよ。確かに災害人形たちは恐ろしい存在だ、でも──向こうが僕の舞台に上がって来てくれるというのなら、僕の勝ちは揺るがない」


「ああ、期待しているぞ……モーフィー」


「まあ大船に乗ったつもりで任せてくれよ」


胸を叩くモーフィーへと進行役は頷く。


「ではもうひとつ、作戦詳細とは別に報告だ。帝国へと忍ばせている【スパイ】から送られてきた新情報を諸君に共有する」


「新情報?」


「ああ。どうやら災害人形だが……冒険者チームに所属しているらしい。【テツト】、とか呼ばれる男の人間の下についているようだ」


「災害人形が、下についている……!?」


女幹部が素っ頓狂な声を上げた。


「災害をたかだが人間が御せるとでも言うのっ? そのテツトとやら……もしかして、相当な強者……?」


「最近Sランクに上がった冒険者らしい。この前のオグロームの作戦で最上位の勲章をもらったとか」


「つまり危険、ってことよね……?」


背筋を震わせたような女幹部の言葉に、しかし進行役の男は首を横に振った。


「いや、先の帝国との5年戦争に参加した者から集めた情報によると、冒険者テツト自体には突出する力はないようだ。しかし、部隊をまとめる力は比較的あった方なのだろう、一介の冒険者にしては帝国に重用されている」


「そう……そうよね? これまでも今も、強者という情報は入ってきていないわけだし……」


「ああ。それに、仮に直近で逸脱者アウトサイダーとなって実力を上げていたとしたら、その時は相当規模の魔力波を我々の偵察部隊が観測しているはずだ。そんな報告は上がってきていないがな」


「なら……冒険者テツトは災害人形や女エルフたちのお付きで橋渡し役、ってことかしら?」


女幹部はホッとひと息をつく。


「とすると、テツトを筆頭にする冒険者チームというのもきっと帝国内外に対する名目上のものね。【あくまで、災害人形たちは帝国の管理下にある】としたいがための……広告男ってところかしら」


「ああ。司令部の認識もそのようだ。だからそれほど注視する必要はない。ちなみにその冒険者チームの名前は【イッキトウセン】。頭の片隅にでも置いておいてくれ」


「わかったわ。それで、今回は似顔絵……人相書きはないの?」


「ああ。偵察隊がことごとく災害人形に葬られていることもあり、とてもじゃないが端役の人間にまで気は回らない。スパイによれば【平凡な男】だそうだ」


「そ。なら似顔絵があったところで識別は難しそうね」


「そうだな。とにかく今は災害人形を第二魔王国チェスボードへと誘導する作戦を急がねば……」


そうして議題はチェスボードでの作戦に移る。そこから派生して各戦線における戦果報告、ナレッジの共有などが行われ、魔王軍幹部会議は閉会した。

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