精霊の森 "魔王国横断"編(1 / 12)

帝国最北端の都市、オグロームから南に数十キロ南にある帝都。

俺はシバに乗せてもらって、その宮廷へと赴いた。


「ヴルバトラに伝えたいことがあるんだ」


事前のアポはない。

しかし宮廷の衛兵はすぐに動いてくれた。

俺は宮廷内の待合室へと通されて、10分と少し。


「どうした、テツト? それにシバも。貴君らが自らここに来るとは珍しい」


いつもの装備を整えたヴルバトラではなく、キッチリとした正装に身を包んだヴルバトラが現れた。

騎士というより秘書のような文官のような恰好もまた、やはり素材が良すぎるからか非常に似合う。


……と、そんな感想は後回しにして、だ。


「悪かったな、急に呼び出しなんかしたりして。忙しくしてたんだろ?」


「まあ、同盟各国への情報連携や今後の出兵についてなど調整をしていたところだが……しかし、テツトたちの方も急ぎなのだろう? でなければ貴君が唐突に来るはずもないからな」


ヴルバトラは軽く肩を竦めて俺に本題をうながした。


……いろいろと察してくれているようでありがたい。


「ヴルバトラ、俺たちはこれから帝国を出立する」


「っ!」


びっくりしたように、そして少し寂しそうに、ヴルバトラが目を見開いた。


「今度はどこに?」


「精霊の森」


「精霊の森……?」


まあ当然、首を傾げたくなるよな。

俺は詳細を説明することにする。


精霊の森──それは精霊たちの最後の拠り所。

俗世にほとんど姿を見せなくなった精霊たちが身を寄せ合っている場所だ。

そこが今、度重なる魔王軍の侵攻によって焼き払われようとしている。


「……そんな場所があったのかっ」


「精霊の招きがない限りは入れない場所らしい。だけど、森全体を焼き払うことによって消滅させることは可能なんだってさ」


だよな? と。

俺は自らの内側に居る鍛冶の精霊、カジへと心の内で問いかける。

返答はイエスだった。


「それで、場所はどこになるんだ?」


ヴルバトラの問いに、俺はまたしてもカジに問う。

教えていいだろうか、と。

返答はまたもイエス。


『その人間の女もまた、精霊を2体連れているらしい。なら教えて問題なかろう』


それもそうだ。

そもそもヴルバトラは退魔の精霊と蠱惑こわくの精霊に見初められている精霊融合可能な数少ない1人。

ヴルバトラで招かれなければ、この世の人間で招かれるものなど皆無だろう。


「場所はどうやら、帝国の遥か北東……まだほとんど人の手の入っていない大森林の中に紛れているらしい」


「北東……東か!」


ヴルバトラは何かに気付いた顔をする。

そしてこれまでの会議で使っていたものなのか、腰に巻いていたウエストバッグから地図を取り出した。


「どうした、ヴルバトラ」


「……第一魔王国」


ヴルバトラが指さしたのは精霊の森があるという大森林と俺たちの居る帝国の間を隔てるように存在する、薄く黒塗りされた国──第一魔王国だ。


「先日、東の同盟国から情報を得た。確か2週間ほど前にこの森の方面へと行軍する第一魔王国の手の者らしき中規模隊がいたと」


「っ!!!」


それはつまり、第一魔王国が精霊の森を攻め立てている、またはこれまでの魔王軍の攻撃に加わえて第一魔王国が加勢に加わったかのどちらかだが……


「ねーねーご主人、第一魔王国ってなに? もしかして、そこに魔王が住んでるとか……!?」


難しい話などどこ吹く風で窓の外を眺めていたシバだったが、地図が広げられた辺りから俺の背中にしがみついてきていた。

まるで子供ような質問だったが、


『ワシも知らんなぁ。そこに魔王がおるのか?』


俺の中のカジも初耳なようだった。

カジも知らないということはつまり、これまで攻めてきていた相手は第一魔王国ではない魔王軍ということになるか?

だとすれば、なおのこと形勢は悪いな。


「第一魔王国っていうのはな、魔王軍がこの大陸で最初に支配した国のことであって魔王がいる国じゃないよ」


この機会に簡単に説明してしまおう。


「この前、第二魔王国からの襲撃があったろ? ロジャとマヌゥが撃退してくれたさ」


「ああっ、あったねぇ。しかもご主人がそこの領主を倒したってお話を聞いたよっ!」


「そう、第二魔王国チェスボードの領主、モーフィーな。ヤツも同じだ。帝国の南の国を支配して新しくその国を作った。そして今回の第一魔王国は第二魔王国よりも国土が広いにも関わらず、1年も早くできている。もう分かると思うけど、つまりこの国を統治してるヤツは少なくともモーフィーよりも危険度が高い」


「……モーフィーってヤツは、かなり強かったの?」


「ああ。クロガネイバラのリーダー、ベルーナがチェスをできなかったとしたら、そもそも勝負にすらならなかった」


あの戦いはたまたまベルーナがモーフィーを圧倒できる頭の良さがあったから、俺とモーフィーの直接対決に持ち込むことができたのだ。

もしそれができなければ……

モーフィーの張った魔導結界とやらのルールで、俺たちは相当厳しい戦いを迫られていたはずだ。


「テツト、ルートはどうするんだ? 第一魔王国を迂回するとしても、シバの脚ならきっと2、3日で着くとは思うが……」


「いや、第一魔王国をまっすぐ突っ切る」


「は?」


目をまん丸にして、ヴルバトラはポカンと口を開いた。


「いやいやいやっ! 何を言っているっ? そんな相手を刺激するようなマネ……下手したら第一魔王国の軍に囲まれるぞっ!?」


「第一魔王国が相手に加わっているなら精霊の森がなおのこと危ない。事は1日を争う緊急事態だ。もし精霊の森が焼かれるようなことになれば、この世から神秘が失われるようなことがあれば……マヌゥが、カジが……多くの精霊たちが危ない」


「……つまり、もう決めてしまっているワケだな」


ヴルバトラは小さくため息を吐く。


「……いいか、テツト。第一魔王国はいま南東のフェルディア王国と交戦中でもある。よって戦力が厚いのは南、そして精霊の森方面の北。テツトたちは真西の方面から侵入し、第一魔王国の中央を横断するのがむしろリスクが減るだろう」


「ありがとう、ヴルバトラ。参考にする」


「くれぐれも気を付けるんだ」


ヴルバトラと固い握手を交わす。

目指すは精霊の森。

出立はもちろん今日の内だ。

きっともう今ごろみんなオグロームで準備を済ましているハズ。


「苦労をかけるけど頼むぞ、シバ」


「もちろん任せてよっ! ボクは三日三晩くらい余裕で走れるんだからっ!」


宮廷を出てすぐ。

シバはその場で変化して俺を乗せると、高速でオグロームへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る