どこか見覚えのある魔女っ子(8 / 9)
──それは、あまりに一方的だった。
ジルアラドの体が何度目かの細切りにされる。ロジャの、速すぎてその軌跡さえ見えない剣技によって。ジルアラドの【不死】の力によって直後にその傷は再生するものの、しかし、その劣勢に心が折れていく。
……痛いッ……痛いッ……痛いッ……!
……あり得んッ……あり得んッ……!
ジルアラドはこれまでロジャに対し、いくつもいくつも魔術攻撃を重ねていた。
炎、水、雷、風、土、光、闇の基本の7元素魔術──
氷、鉄、蒸気、砂嵐などの応用魔術──
呪い、暗黒物質、重力などなど、ジルアラドが発明し体系化した魔術の数々──
しかし、そのすべてが、ロジャの一刀の元に葬り去られていった。
「やめろっ、来るなッ! こっちに来ッ……!」
「……」グシャッ!
「ンムッ──ギャァァァッ!!!」
ジルアラドがとっさに展開した物理攻撃・魔術攻撃無効の【
「な、ぜ……なぜ何も、効かん……!?」
「……この世に、斬れないものはない。シショーが言ってた」
「ぐぎゃぁッ!?」
ミシィッ! と、仰向けに転がるジルアラドの胸板を踏みつけにして、ロジャはつまらなそうな表情を向ける。
「……固体も液体も気体も斬れて、魔力も斬れる。オマエが攻撃するとき、変な魔力の気配がするから……ワタシはそれを、斬ってるだけ」
「じゅ、術式それ自体を斬っているとでも言うのか……!? この、バケモノめ……! だが、クハハッ! ここにきて俺に触れるとは油断したな……!」
ジルアラドは吐血しながらも、ロジャの足首を掴んで大きく口角を歪めて笑った。
「俺が体系化した魔術は、まだあるぞ……!」
ロジャの足首を掴んだジルアラドの手元が赤く光った。
──概念魔術、【
これは、ジルアラドがいつか再び帝国の戦士の
「クハッ! クハハハッ!
──ザシュッ!
ジルアラドの愉快げな言葉が遮られる。ジルアラドの、ロジャの足首を掴んでいた方の腕が切断されていた。
「……ッ!? な──グヘェッ!?」
ロジャがジルアラドのみぞおちを蹴り上げ、地面を転がした。
「グゥッ……なっ、なぜだッ!? なぜ、死なない……!?」
「……?」
ロジャは問われている意味がまるで分からないかのように首を傾げる。実際、ロジャは分かっていなかった。なぜならロジャはただ剣の鍛錬に励み、【ものすごいスピードで順調に】強くなっていっただけだったから。
「……あうとさいだぁ? って、なに」
「……はっ? はっ? はぁっ?」
ジルアラドの目が……点になる。そして数秒の思考の後、ようやく思い至った。
……まさか、コイツ──これだけの強さを持っていてなお、未だ
ジルアラドの背をゾッとしたものが奔る。それは、ジルアラドが生まれて初めて感じる【
「……まあ、いいや。もう殺せる、から……」
「……ッ!?」
ジルアラドはそこで自らの異変に気が付いた。先ほど斬られた腕がそのままだ。【不死】の能力ゆえに回復するはずのその傷が再生していないのだ。
「な、なん、で……っ」
「……剣は、なんでも斬れる、から。……すぐ治るなら、これから
「意味が……意味が、分からない……!」
それはつまり4次元的な、時間を超越した斬撃を繰り出しているということだが……ロジャ自身にその自覚は無かった。【斬れそうだったから斬ったら上手くできた】だけ。天才ゆえに生まれた技だ。
「なんだっ、なんなのだっ、なんなのだコレはぁ……っ!」
ロジャ自身にも難しい理屈などサッパリわかっていない一撃ゆえに、当然、ジルアラドにとっても訳が分からない攻撃だった。
唯一分かるのは……それが確実にジルアラドの【不死】を超越してきているということ。ゆえに──ジルアラドの心は完全に折れた。その表情は引きつり、今にも泣きだしそうだった。
……分からん、何も分からんッ! ただ、恐いッ!!!
「あ──アァァァァァッ!!!」
ロジャに背を向け、ジルアラドは駆け出した。ジルアラドの頭の中からはすでに【冒険者テツトを殺す】などという目的は消えていた。ただ、生まれて初めて眼前に突き付けられた【死】の恐怖だけがその体を支配していた。
……そうだ、転移ッ! 瞬間転移を使って……!
「……」ブオン!
しかし、ロジャが術式を大剣で断ち切った。転移はできない。
「あわっ、あわわわぁぁぁぁわぁぁぁッ!!!」
「……」ハァ
ロジャが心底面倒くさそうに大剣を振る。ジルアラドの両脚が斬られ、その体が地面に落ちた。
「いっ──ぎゃぁぁぁぁぁ──ッ!」
「……オマエ、弱い……」
「弱い……!? お、俺が……弱いぃッ!?」
誰にも言われたことのない、ジルアラドにはまるで縁のない言葉。それがしかし、実体験と共に今、突きつけられている。
「こんなハズではっ、こんなハズでは……! なんでっ、なんでっ……!?」
ジルアラドは残された片腕を使って、地面を這い進む。ロジャから少しでも距離を取るように。
……おかしい。こんなのは絶対におかしい! 俺は、この世界を導く者、
「俺はっ、俺はッ……いったい……」
ジルアラドの、150年間の自らを構築していたアイデンティティが崩壊していく。
「なんなんだ……なんなんだ……? 俺は、なんだぁ……?」
「……? シショーと、ジャンヌの……ストーカー?」
「ストー、カー……? そんなっ、そんなわけ──」
「……ストーカー、犯罪」
ロジャが音速をはるかに超える速度で大剣の腹をぶつけ、ジルアラドの体は粉々に砕け散った。ペンキで塗りたくられたような血の跡だけが、建物の壁や床のシミとなって残る。
「……変な、ストーカーだった……」
ロジャは、自らが殺した者が何者だったかすら知ることなく、その場を立ち去った。
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