どこか見覚えのある魔女っ子(7 / 9)
城塞都市イース、その街の中で最も高い建物の屋上。ひとりの男があぐらをかき、冷めた目で眼下の景色を眺めていた。
「フン……やはりゴーレム程度では相手にならんか」
「……まあいい。これでゴーレムを倒した者は明らかになった……ヤツが冒険者テツトで間違いあるまい」
ジルアラドは立ち上がり、そして何もない宙の空間から
──シュゥゥゥ! と音を立てて、黒いエネルギーが杖の先に集約されていく。それはこの世界においては未だ誰も到達していない重力魔術の奥義。指向性のある小さなブラックホールとも呼べるものだった。
「さて……どう対応するか見ものだな。あるいはこの一撃で死ぬか……? だとすれば興醒めも
ジルアラドがバッと振り返る。いつの間にか、背後に人が立っていた。
「なんだ、キサマは……!?」
「……ロジャ。オマエは誰? シショーに、何するつもり?」
その女──ロジャは身の丈を越える大剣を担ぎ、ジルアラドに敵意を向けていた。それがなければ、ジルアラドはその存在に気づかないままだったかもしれない。
……だが、今のひと言でその正体も割れた。背後を取られた時は一瞬なにごとかと思ったが、ジルアラドは余裕の笑みを浮かべる。
「ほぅ、師匠? なるほど、貴様は冒険者テツトの弟子ということか」
「……」コクリ
「何をするつもり、か。簡単なこと。俺の所有物である聖女ジャンヌを取り返し、その盗人であるキサマの師匠をいたぶる。それだけだ」
ジルアラドは杖の先端をロジャへと向けた。
「目的を聞けて満足か? ならば
直後、黒いエネルギーがロジャへと向けて放射された。
……まったく、バカな
心の中で嘲笑する。恐らくまともな魔術師と対した経験が無いのだろう、と。
「俺の魔力量、術式を前にして怯えもせぬなど……魔導の神秘を解さぬ生ゴミめが。これだから剣士は粗野で醜い。少し会話してやっただけで、喉が汚れた気分だ」
……まあ、
ジルアラドは黒いエネルギーに飲み込まれるロジャに軽蔑の視線を向ける。今にも、多方向から無作為に襲い掛かる強力な重力にロジャの体はグチャグチャになる──ハズだった。
──黒いエネルギーの塊は音もせず斜めにふたつに裂けて消えた。無傷のロジャを残して。
「……?」
ロジャは大剣を振り下ろした格好で、『今自分は何を斬ったのだろう?』とでも言いたげな表情で首を傾げていた。
「……は?」
ジルアラドはポカンと口を開けているしかなかった。間違いなく、目の前のロジャは強力な重力エネルギー飲み込まれ、死ぬ以外の道など無かったはずだった。それなのに……
「チッ!」
再び、ジルアラドは別系統の魔術を放つ。無詠唱での氷魔術だ。ロジャの周囲の空間をマイナス273.15 ℃……つまり【絶対零度】にする絶死の攻撃である。だが、
「……」ブオン!
ロジャが大剣を目にも止まらぬ速さで横なぎにすると、ジルアラドの構築した魔術術式が両断された。効力を失い、魔力が霧散する。それだけではない。
「グ、ハッ……!?」
ジルアラドの胸の中心に、真一文字の深い傷がつけられていた。決して少量ではない血液がその体を濡らした。ジルアラドはその目を白黒させて驚愕する。
「カマ、イタチ……!? いや、違う……!」
……決してそんなカマイタチなんてチャチなものであるものか。俺は、あらゆる物理攻撃を無効化する耐性魔術を付与してたんだぞ……!?
「なんだ!? いったい、なにをした……!?」
「……【フォアハンドストローク】」
「は──はっ? ふぉあ……?」
それが、テツトが自身の技に気まぐれに付けた、特に説明もしないままロジャにも教えたテニス用語であることなど、ジルアラドは知る
「……よく分からない、ケド、オマエは敵……」
「──ッ!?」
ロジャが駆け出したかと思うと、ジルアラドが認識するよりも速く、その懐へと潜り込んで大剣を振るっていた。
「ガァァァッ!?」
ジルアラドの胴体が真っ二つに斬り裂かれる。しかし、直後に再生。慌てふためきながら後退する。
──
ジルアラドがこの世界に生まれ落ちて150年あまり。彼の上に立つ者など皆無だった。だから彼は、個体数も少なく、保持する魔力量は魔族以下、使える系統魔術も回復ばかりの弱小種族のエルフ族に自分が生まれたのは運命だと信じて疑わなかった。
『この世を
全ての種族は自分以下、人間に至っては森を侵蝕する生ゴミ……とはいえ、
しかし、その戦士はもうこの世にいない。しかもジルアラドはこの80年でさらに多くの新魔術の発明にも勤しみ万全を期していた。もはや人類に敵などいない……ハズだった。なのに、
「グガッ……アァァァッ!!!」
ジルアラドの体からは血しぶきが上がる。イースの街を一望できるその建物の屋上で、響くのはジルアラドの悲鳴ばかりだった。
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